「とりあえず先に下級吸血鬼を始末するね」

 

 と、さらりと言ってから衣緒が吸血鬼の眉間を撃ち抜く。

 暴れていた下級吸血鬼がばたり、と倒れて大人しくなった。

 

「こ、殺したんですか?」

「対吸血鬼用崩怪弾は強力な睡眠薬なんだよ。細胞を破壊するけれど吸血鬼と人狼は再生能力が高くて、エネルギーを消費させ続けるしかない。とにかく活動を停滞させる効果が強くなっているね。まあ下級吸血鬼なら朝まで動けないから、このまま陽光で焼くしかない。中級から上級には脳や心臓などの重要器官に数発撃ち込まなければならない」

「た、大変なんですね」

 

 衣緒にそこまで教えてもらう。

 また旅館に帰ってからメモすることが増えたな、と思っていると晴虎が衣緒になにか言いたげな視線を送る。

 

「これで解決というわけではないんですよね――ねえ、相馬ご夫妻」

「え? な、なにが……他にも討伐すべき怪物が?」

「いえ? 我々怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]は怪物討伐以外にも、能力者の保護も行っています。夜凪さんも最近までレイタントとして、我が社で保護していた人なんですよ。最近無事にガイドとして開花されたんですけどね」

 

 にこり……というよりやはりにたり、と笑って夫婦を見る衣緒。

 その衣緒を「うわあ……」と引いた顔で見る晴虎と辰巳。

 詰め方がおとなげない。

 

「私たちが保護対象だと? 私たちはこの町を守ってきたんです。これからも……!」

「ここまで言ってもわかりませんか? ある程度調べはついていますよ。我々は能力者のサポートも仕事のうちなんです。ご夫妻は現状が正常な状況だと本当に思っておられるんですか? 必要だというのなら、年若いガイドを派遣しますよ。我が社のガイドはケアをビジネスとして割り切っていますから。もちろんマッチング検査はしていただきますけれど」

「や……いや……な、な……なにを、言っておられるのか……」

「衣緒」

「はあ……」

 

 晴虎が言葉を挟む。

 目を閉じて、溜息を吐く衣緒はゆっくりと目を開き夫妻を見る。

 

「未成年保護法に基づき、保護対象を我が社で保護するよう国から代行証明をもらっています。児童虐待の恐れがあるとし、調査をさせていただきます。これに関してご両親の許可は必要ないものとし、強制執行、保護を最優先としていますのでご了承ください。保護されたあとは然るべきケアののち、然るべき場所に移送となります。ご両親の協力が得られないようであれば、ご夫妻にもカウンセリングを受けていただくことになりますが――どうなさいますか? ご子息を引き渡し願えますか? それとも……」

 

 衣緒がそこまで言うと、夫婦の顔が青くなり硬直している。

 突きつけられた選択肢は、親として受け止められないような内容だったのだろうか?

 

「その、なにをおっしゃっておられるのか……うちに息子はもういません。町から出て、親戚の家から高校に通っています」

「ではその親戚の連絡先と住所、氏名、息子さんの通う高校を教えていただけますか?」

「――え、と……その……」

「タバコ吸っていい?」

「離れたところでね」

「おーす。ちょっとタバコ行ってくるわ」

 

 辰巳がポケットからタバコの箱を取り出して見せ、少し離れたところに移動していく。

 このタイミングで……? と眉尻を下げて辰巳を見るが、辰巳のスピリットアニマルが離れてどこかへと行ったのが見えた。

 

(なにか、しようとしている?)

 

 だとしたら、話を合わせるべきだ。

 いや、冬兎にできることがあるかはわからないけれど。

 衣緒は黙り込んだ夫妻をジッと見つめて目を細めた。

 

「この場で返事をいただきたい。時間も時間ですから、今、すぐに」

「親としてご子息のことを考えた答えをお聞きしたいです」

 

 悲しい声で衣緒の援護をする晴虎。

 しかし、相馬夫妻は次の瞬間武器を手に取って襲いかかってきた。

 鼓太郎の槍が冬兎の顔面に向けられた瞬間、晴虎が冬兎を抱いて後ろに五メートルも離れる。

 利沙の隠し拳銃を衣緒が避け、こちらも距離を取った。

 小さな拳銃で、すぐに弾切れとなる。

 

「うるさい! あの子は私たちのために生まれてきてくれたのよ! 他人に手渡すなんて冗談じゃないわ! あの子はあたしたちのものよ!」

「そうだ! あいつは俺たちのところにいるのが幸せなんだよ! 家族を引き離そうなんて、頭おかしいんじゃないのか!? お断りだ!」

「……はあ」

 

 拳銃を持ったまま、頭を抱える衣緒。

 一度目を閉じた衣緒は晴虎とアイコンタクトを行い、頷きあう。

 

「ご夫妻、あなた方はご子息……ガイドへ依存している。それがいいことだと、本当に思っているんですか? それを自覚していない? 本気で言ってます? これが最終通告ですよ」

「依存? そんなわけないだろう! あの子は……楓は俺たちのために生まれてきてくれたんだ! それを“使って”なにが悪い!?」

 

 ぎゅ、と冬兎の肩を掴む晴虎の手と、晴虎のトレーナーを握る冬兎の手。

 子どもを道具としてしか思わない親。

 世界にはそういう親だけではないのは知っている。

 それでも、目の前にそういう親がいると胸がどうしても苦しくなってしまう。

 親からは無条件で愛されるものだと、子どもは信じて疑わないものだ。

 少なくとも冬兎も晴虎も、愛されてなくても愛されようとしていた。

 それなりに大人にならなければ、愛されていなくとも情だけは残してしまう。

 十代後半の子どもが親に求められれば、自分を差し出してしまうのも仕方ない。

 園山の話では二年前までは普通の仲のいい家族だったようなのだから。

 

「ああ……そう。じゃあ、仕方ないですね?」

「冬兎さん、辰巳さんのところへ。現時点で相馬鼓太郎氏、相馬利沙氏を制圧対象に変更。捕縛します」

「は、はい!」

 

 走って辰巳のところへ向かう。

 木の根元でタバコを吸っていた辰巳は立ち上がり、携帯灰皿にタバコを押しつけて消す。

 

「あのっ」

「まあ、殺すことはねぇよ。この俺らは“四人”がゾーンにハマんねぇように見ててやるだけよ。ゾーンに入ったらソッコーでガイディングしてやんねーとだからな。危ねぇから夜凪は華城以外には手ぇ出すなよ。センチネル系能力者がゾーンアウトした時のガイディングは、それなりに経験が必要で素人がやると共倒れになっちまう」

「は、はい。あのでも……」

 

 まさか“怪物討伐専門家”同士が戦うことになるなんて。

 心配そうに冬兎が辰巳と晴虎たちを見比べる。

 

「ボクたちと戦って勝てると思ってるんですかぁ?」

「衣緒、煽るな」

「はぁい、先輩~。じゃ、仕方ないから始めますよ」

 

 腰の後ろのホルダーから、大型拳銃を引き抜く衣緒。

 二丁持ち、と目を見開く鼓太郎。

 口許を緩めた衣緒が銃口を二人の武器の方に向けて、遠慮なく引き金を引いた。

 鼓太郎の槍の先端が砕け、利沙の拳銃の銃口が歪む。

 すぐに利沙が予備の小型拳銃の空薬莢を飛ばし、新しい弾丸を詰めて衣緒に向ける。

 紙一重ですべて避ける衣緒。

 

「くっ……“触覚系”パーシャルか……!」

「せいかーい」

 

 センチネルは“五感”すべてが均等に常人よりも優れている。

 パーシャルは五感のうちのどれか一つから三つの感覚が、センチネルよりも優れている。

 触覚が特化しているパーシャルは予感に等しい察知力で、自分に向かってくる攻撃を察知して避けるらしい。

 また猪俣親子はスピリットアニマル“猪”により、記憶を読み取るサイコメトリーの能力も有する。

 “触れる”ことで人や物、動物などの過去の記憶を見ることができるのだ。

 相手からの攻撃は触覚により避け、触れれば過去を丸裸にする。

 晴虎のように高い身体能力があるわけではないが、攻撃は当たらなければどうということもないという派。

 

「っていうか、ボクにばっかり構ってる余裕ないでしょ。[花ノ宮うち]のエースが目の前にいるのに」

「「はっ」」

 

 杭が奥へと差し込まれた状態のパイルバンカーが、夫婦の足下に打ち込まれる。

 いつの間に距離をそこまで詰めていたのか。

 身体強化の念能力者である晴虎にとって、一瞬で間合いに入るのは造作もないこと。

 

「くっそ!」

「きゃあああ!」

 

 地面が抉られる。

 砂や石が夫婦を吹き飛ばし、鼓太郎が妻を抱き締め庇いながら倒れ込んだ。

 お互いへの愛や思いやりはあるのに、どうして息子への愛や配慮はないのだろうか。

 本当に自分たちだけが大事なのか。

 胸が苦しくて、服を握ってしまう。

 

「衣緒」

「二十時三十八分、確保、拘束します」

「く、そ、そうは……いくか! 俺たちは“三人”で今まで通りに暮らすんだ!」

「そ、そうよ! あたしたちは変わらない。ずっと家族三人で生きていく! それが幸せなの! 一番なのよー!」

「っ……!」

「まずい」

 

 あまりまずそうにない晴虎の呟きだが、辰巳が「ここにいて」と冬兎に指示を出して走り出す。

 夫婦のスピリットアニマル、猫とイタチが赤いオーラを放ちながら、ギャアギャアと叫び出す。

 目まで赤くなり、悶絶しながら主の体にまとわりつき、主の体が変化し始めた。

 

「野生化……!?」

 

 母の時を思い出す。

 センチネルとパーシャルがゾーンに入り、暴走状態になりつつある。

 それでも変化は途中で止まり、夫婦は頭を抱えて「ああああ!」と叫ぶのみ。

 母の時とはなにかが違う。

 

「衣緒!」

「はいよ!」

「奥さんの方がゾーンアウトに近い。先にこっちをなんとかする。集中するから周りの警備よろしくな」

「ん」

 

 サクサクと話し合いをして、辰巳が利沙の方に手を繋ぐ。

 蛇のスピリットアニマルがいつの間にか辰巳の下へ戻っており、そのまま利沙の体に入って行った。

 その間、衣緒と晴虎が夫婦の腕を後ろ手に手錠で拘束。

 苦しむ夫は放置。

 

「は、晴虎さん、あの、鼓太郎さんは……」

「この人はあと。ゾーンに入ってる能力者のガイディングは危険だから、同時にはできない」

「って言っても辰巳だけで二人やるのは無理じゃない? 園山さん、早く来ないかなー」

「辰巳に呼んでもらったけど……遅いね」

「え?」

 

 聞き返すと、先程辰巳がタバコに離れた時にスピリットアニマルで町の集会所にいる園山に応援を呼んだという。

 やはりあれはなにかの合図だったのか、と町の方を振り返った。

 人が来る気配がまだない。

 

「思いの外早くゾーンアウトに入ってしまった。このままだとちょっとまずい。ガイドが傷つけられてなくても野生化しちゃう」

「仕方ない、緊急避難的処置。冬兎、ガイディングを頼めない?」

「ダメ」

 

 衣緒が冬兎を振り返る。

 冬兎もすぐに「はい」と返事をしそうになったが、それよりも早く晴虎が拒否。

 

「危ない」

「それはまあ、そうだけどそんなこと言ってる場合……」

「ダメ。危ない。ゾーンアウト中のガイディングは、ガイドにも心身の危険が伴う。経験のない冬兎さんには、任せられない。ダメ」

「うーん。先輩がそう言うなら仕方ないね。園山さんを待とう」

 

 冬兎が「あの」と晴虎に声をかけるが問答無用で「ダメ」と言い放つ。

 それはなにも冬兎が晴虎のパーフェクトマッチ相手だからではなく、純粋にこの場の指揮官としての判断。

 そのくらい、ゾーンアウト中のガイディングは危険。

 経験者にしか任せられない。

 

「ああ、あ、あァ、ア……ァァァァァ! ぁぁぁぁあ! ぐああぁ!」

「でも……」

 

 鼓太郎の獣じみた悲鳴に胸が痛む。

 単純に苦しむ人が目の前にいてなにもできないのが、良心にくる。

 

「……!? 離れて!」

「イッ!?」

 

 晴虎が、突然冬兎の肩を抱いて引く。

 しかし、ふくらはぎに強い痛み。

 見ると血が周囲に飛び散っていた。

 なんだ、と驚いてみると、下級吸血鬼が鼓太郎の体に侵蝕している。

 

「な、なにこれ!?」

「このクソ吸血鬼……! 血分けだと!?」

「血分け……?」

「普通中級と上級と始祖が眷属を作る時にやる行為。それで劣化や下級が生まれる。下級が血分けなんて初めて見た」

「っそ、それって鼓太郎さんが……!」

 

 鼓太郎が吸血鬼にさせられる、ということか。

 衣緒がすぐに崩怪弾を銃に詰め直し、下級吸血鬼の頭や心臓に撃ち込む。

 だが、侵蝕は止まらない。

 杭は打ち込まれたまま、腕だけを伸ばして鼓太郎に入り込んで萎んでいく本体。

 

「ぎゃあああ! ああああ! いやだぁ! 怪物になんてなりたくないイィ! 殺して、殺してくれえええ!」

「華城先輩!」

「…………」

 

 目を閉じた晴虎が、パイルバンカーの杭を押し込んでいく。

 完全に、吸血鬼になり切る前に――

 

「晴虎さん」

「下がって。衣緒、冬兎さんを」

「冬兎、こっち! 辰巳たちを移動させるの手伝って!」

 

 見れば、辰巳が利沙から手を離してグッタリとしている。

 ゾーンアウトのケアは終わったらしいが、ケアによる疲弊が凄まじい。

 辰巳に肩を貸し、衣緒が利沙を横抱きにして運ぶ。

 木の根元に辰巳を下ろして、冬兎が振り返った瞬間晴虎のパイルバンカーが鼓太郎の体へと叩き込まれた。

 轟音と共に、飛び散る飛沫。

 一撃必中の高威力。

 ビルすら倒壊させたことのある、華城晴虎のパイルバンカーを食らって生き延びられる生き物はまずいない。

 人など形を保っていられるわけもないのだ。

 

「晴虎さん……!」



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