命拾いした朝

 

 この世界――惑星『六照球ろくてるきゅう』。

 人間、妖族、竜族、吸血鬼族、人狼族、亜人族の六種が存在する世界。

 半永久の寿命を持つ始祖吸血鬼と竜族と亜神。

 不老の妖族と王級吸血鬼一族と人狼族。

 そんな怪物に囲まれた弱い種、人間。

 彼らに対抗すべく人間は超能力者を手に入れた。

 それが五感すべてが強化されたセンチネル、五感のうち一つから三つが常人離れしたパーシャル、センチネルとパーシャルのケアができる

 ガイド。

 彼らがさらにスピリットアニマルの力を解放して進化したのが、精神具現化能力者エンボディメント

 その名の通り精神の武具を具現化できる能力者のこと。

 スピリットアニマルを武具という形で具現化させて使用して戦うため、五感の能力を使うよりも強靭な精神力が必要。

 彼らがいるから、人間は脅かされながらも国を築き繁栄してこれた。

 それになにより古より――世界創造の時代から生きる“始祖”たちの中には、人間を餌として絶やさず育てるという思想を持つ。

 彼らの思想のおかげで、人間は文明を築き、科学を進歩させて今のような便利な生活を送れるようになった。

 それでも、餌として他の種族たちからは狙われ狩られ続ける。

 自分たちの身を守るために進化した人々――センチネル、パーシャル、ガイドに縋るしかないのだ。

 

 

 

 

「体調は大丈夫ですか?」

「ふえ……あああぁ!? おはようございます!?」

 

 ベッドの脇にあった眼鏡をかける。

 カーテンが開く音で半覚醒はしていたけれど、声をかけられてようやく自分の置かれた状況を思い出した。

 目の前に優しい笑顔の烏丸がおり、その奥のソファーにフードを被った華城が座っている。

 ビジネスホテルと聞いていたが、十六畳もある広い部屋。

 華城がいると狭く感じるが、彼らは別室で寝たらしい。

 慌ててスマートフォンで時間を確認するが、画面が真っ黒。

 

「充電死んでる……」

「充電器使います?」

「今何時ですか!?」

「九時ですね」

「うわあああああ! 遅刻!」

「今頃警察と厚労省の調査が入っているから行っても無駄だと思いますよ」

 

 固まった。

 つまり冬兎の職場は……。

 

「どうしよう……」

「まあ精査次第ですけど、無駄でしょうね。荷物を取りに行って、そのあと本部に直行したいんですけど……そういえばお名前伺って無かったですね」

「あ、す、すみません。夜凪冬兎と申します」

「夜凪さんですね。改めまして、俺は怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]所属の烏丸多喜からすまたき。あっちは華城晴虎です。俺はガイド、彼はセンチネルです」

「……っ」

 

 人類を守る盾。

 本物、と息を呑む。

 しかも怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]の実働部隊。

 日本最強の討伐専門会社だ。

 二年前、創立者であり“最強異端のガイド”花ノ宮明人が死亡してからもその地位を確立したままの、日本人類の守護者。

 

「それで、これからの予定なのですが」

「は、はい」

「……夜凪さん、俺のスピリットアニマルが見えるんですよね? 華城のも?」

「――はい」

 

 烏丸の肩には白い鳥。

 華城の足元には中型犬ぐらいある虎。

 

「うーん。普通レイタントはスピリットアニマルが見えないけれど、すでに覚醒済みのセンチネルやガイドからはレイタントのスピリットアニマルが見えるモンだけど……夜凪さんはスピリットアニマルが……いない、んだよなぁ……」

「スピリットアニマルって、えっと……センチネルとパーシャルとガイドの精神、ですよね」

「そう。まあ、精神と魂が動物の姿に見えるっていうやつね」

 

 センチネル、パーシャル、ガイドにはスピリットアニマルという精神と魂が動物の姿を模して傍に浮いているもの。

 普通の人間“ミュート”には見えず、同じセンチネル、パーシャル、ガイドには見える。

 センチネル、パーシャル、ガイドに覚醒していない、半覚醒状態のままなんらかのきっかけを待つレイタントにはスピリットアニマルが出現しているが本人には見えない。

 だが、冬兎はスピリットアニマルが――見える。

 冬兎自身の周りにスピリットアニマルはいないのにも関わらず。

 

「逆のパターンは初めての事例だと思うんですよ。なので、本部で夜凪さんのことをもう少し調べたいといいますか」

「ぼ、僕がレイタント――ということなんですか?」

「その可能性が高いと思います。レイタントはガイドの場合が多いので、ガイド不足の我が社としては是が非でも能力を開花していただきたいといいますか」

「ガイド……」

 

 怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]は、“異端のガイド”花ノ宮明人が創設した。

 彼が“異端のガイド”と呼ばれるのは、センチネル系能力者を触れるだけでケアしてしまうから。

 センチネル系能力者は常人の数倍の五感を持つ。

 その能力は使い過ぎれば心身にダメージが蓄積される。

 それらのダメージはスピリットアニマルに如実に反映され、ガイドの共感覚ケアを受けなければ回復できない。

 共感覚によるケアは肌接触から粘液接触――キスや、粘膜接触――セックス。

 接触が濃密、濃厚になればなるほどダメージの回復も速く、安定する。

 しかし、悲しいことにセンチネル系能力者とガイドにはマッチング数値が存在するという。

 マッチング数値が低ければ濃密濃厚な接触と長時間のが必要となり、逆にマッチング数値が高ければ短時間の浅い接触で済む。

 花ノ宮明人が“異端”と呼ばれるのは、あらゆるセンチネル系能力者へのケアが肌接触と言葉のみで全回復させ、安定させることができたから。

 マッチング数値はほとんどのセンチネル系能力者に対し60%前後と高く、ゾーニングという暴走状態のセンチネルすら肌接触で沈静化させる。

 まさにセンチネル系能力者にとって万能の癒し手。

 センチネル系能力者が安定すれば、攻勢に転じることもできる。

 彼が存命中、日本は吸血鬼族と人狼族に奪われ、支配されていた土地を五割も取り戻した。

 さらに花ノ宮明人という人間の快進撃は止まらず、なんと吸血鬼の子孫ノアと、竜族の始祖エリシュオンとの間に生まれた“竜血鬼”ロッカと対話。

 吸血鬼と竜の子孫の血を継ぐロッカを、人間族の味方に引き入れることに成功したのだ。

 これにより、少なくとも日本ではこれ以上支配領域を増やせないと悟った吸血鬼の王族と人狼の王族は日本から手を引いた。

 日本は竜血鬼ロッカの支配下という絶対的な保護を手に入れたのだ。

 それでも、日本に古来から棲まう妖族は現在。

 とはいえ彼らもロッカと敵対は避けたいらしく、わかりやすく町を襲うなどのことはしなくなった。

 理性も知性も失った怪物は今も人を襲うけれど、少なくとも人間が勝つことのできないレベルの怪物たちに侵攻を受ける心配はもうない。

 ロッカは花ノ宮明人をよほど気に入ったのか、彼の名前を名字と名前で一文字ずつ抜いて、今は日本人のような『折宮六花』という名でこの国に暮らしている。

 彼の功績はそれほどまでに大きい。

 まさしく、“異端のガイド”。

 彼と同じ――ガイドかもしれない。

 

(僕が……)

 

 あの石竹色の髪の穏やかな笑顔を浮かべた少年と、同じガイド。

 

「わ、わかりました。僕も気になるので……調べていただければと思います」

「よかった。じゃあ、今から行けますか? ご自宅に寄るのでしたら護衛も兼ねて同行させていただきたいのですが」

「え、えーと……あ、でもあの、鞄を会社に置きっぱなしなので……それは取りに行きたい……かも……」

「わかりました。じゃあ、夜凪さんの会社に行ってから本部に行きましょう」

「ありがとうございます――」

 

 ソファーにいる華城を見る。

 フードを被ったまま微動だにしない。

 冬兎の視線に気がついた烏丸が、深く溜息を吐く。

 

「ほら、華城。めちゃくちゃ心配されてるじゃんか。少しでもいいからケアを受けろ! 俺が一緒に行動している意味ないだろう!?」

「やだ」

「くぉいつぅううう……!」

 

 拳を握ってお怒りの烏丸。

 ぷい、と顔を背ける華城。

 

「センチネルの人は、ガイドのケアがないとダメなんじゃ……」

「そうなんですよ! でも、こいつ頑なにケアを受けないんです。俺以外のガイドはマッチング数値が10%前後で、ほとんど効果ない……」

「烏丸だって40%しかないじゃん」

「だ……だから……その……!」

「やだ。牧場と変な空気に他なるじゃん」

「うっ……」

 

 見上げると、烏丸が耳まで赤くなっている。

 それ以上なにか言うこともなく、ビジネスホテルを出て軽い朝食を摂った。

 あまり食欲のなさそうな華城が、サンドイッチを一つ食べて店の外に出るので烏丸が慌てて追いかける。

 残りは持ち帰りにして、冬兎も店から出た。

 

「ゆっくりしてきてよかったのに」

「お前すぐ迷子になるんだからダメに決まってんだろ! 夜凪さんもいるんだから、勝手な行動を取るのやめろって!」

「……あの、大丈夫ですか……?」

 

 追いついた冬兎がフードの下の気怠そうな華城に問う。

 彼の肩に乗るスピリットアニマルの虎が、ぐったりしている。

 どう見ても体調が悪そうだ。

 

「センチネル系能力者は五感が鋭いから、人が多い時間帯はつらくなるんだそうです」

「あ……」

「店の食事も濃く感じてしまうので、あまり多く食べられないらしくて……」

「そ、そんな……」

 

 苦労が多すぎるのだな、と驚いた。

 そして、そういう状況をケアできるのがガイド。

 烏丸が華城の手を握る。

 

「ほら、これくらいならいいだろう?」

「槇と……」

「槇さんはこんくらいでとやかく言うほど器小さくねーんだよ。舐めんな」

「…………」

 

 ふう、と溜息を吐き、目を閉じる華城。

 彼を覗き込みながら、冬兎は胸がなんとも言えないモヤモヤに襲われる。

 

(なんでだろう。なんで……)

 

 命の恩人。

 二回も助けられている。

 ちゃんとお礼を言いたいのに、まだ言えていないから。

 

(そうか。ちゃんとお礼を言えていないからか!)

 

 納得して、冬兎の会社に赴く。

 華城が大きすぎてタクシーに乗れないという驚愕の事態。

 からの本社から回してもらった大型ハイヤーで向かうことになったけれど、驚くのはまだ早かった。

 

 

 

「え? クビ……?」

「当たり前だろう! ふざけるなよ! お前のせいで会社は存続の危機だ! 今、厚労省と警察が内部を調査している! お前が残業なんかして、怪物に襲われたせいだ!」

「そ、そんな! 僕は部長の指示に従っただけ――」

「黙れ! さっさと荷物をまとめて出ていけ! この疫病神が!」

「っ!」

「ちょっと! 自分たちの不手際を彼に押しつけるのはやめろ!」

「だ、大丈夫です、烏丸さん!」

 

 がるるる、と部長を威嚇する烏丸。

 突き飛ばされたがなんとか立ち上がり、息を吐き出す。

 

「お世話に、なりました……」

 

 段ボールに荷物を詰めて、烏丸と部署を去る。

 玄関の側まで行くと、休憩所にフードを被ったままの華城が座っていた。

 夜凪の顔と段ボールを見てから立ち上がり、段ボールを片手で持ち上げてスタスタと歩いて行く。

 

「え? あ、あの!」

「本部」

「ああ、次は本部だな。あの部長絶対くびり殺してやるから首洗って待ってろよ……」

「か、烏丸さん……?」

「烏丸、元ブラック企業勤め。……だから」

「あ、ああ……」

 

 同士だったか。




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