第75話 ……褒めてつかわす
「ゴールデンウィーク、どっか行きたい……」
体育祭まであと3日に迫った日、家で宿題をする彼に美雪が話しかけた。
ふたりが通う中央高校の体育祭はゴールデンウィーク直前の土曜日と決まっていたから、体育祭が終わると早々に連休が始まるのだ。
貴樹は問題集から顔を上げて、ベッドに寝転がっている美雪を見た。
「どっかって、希望は?」
「んんー、そだねぇ……」
聞き返された美雪は、寝転がったまましばらく天井に目を向け考えたあと答えた。
「遊園地とか?」
「ってーと、セントラルワールドとかか?」
貴樹が最寄りのレジャーランドの名前を挙げると、美雪は「そうそう!」と頷く。
「でもなー、連休だとすげー人だぜ、きっと?」
「あー、確かに……」
貴樹の指摘を受けて、確かにその通りだと理解する。
普段の休日ですらアトラクションによってはかなりの行列ができるのだから、大型連休ともなればその混雑具合は容易に想像できた。
美雪のガッカリする顔を見た貴樹が、思いついたように言った。
「あ。そこ行くなら振休のときが良いんじゃね? ほら、体育祭のあと……」
貴樹が気付いたのは、体育祭の終わった次の月曜日が振替で休みになるということだ。
その日であれば周りは平日のため、レジャーランドと言えどもあまり混雑していないだろう。
「おおぉ、それ良いかも」
貴樹のアイデアに気を良くしたのか、美雪はベッドから身体を勢いよく起こした。
そしてスマートフォンを取り出す。
「んー、天気は……っと。……まだわからないね」
天気予報で週間天気を見ると、曇りの予報になっていた。
火曜日は雨マークが付いているから、下り坂なのだろうか。
「そっか。早まったら降るかもな」
「そだね。天気図もそんな感じかな」
週間天気図の移り変わりを見ても、春の移動性高気圧に覆われた土曜日――体育祭の予定日――のあと、西から低気圧が迫ってくるような予測だ。
それからすると、多少前後したとしても体育祭はまず心配無いだろうが、月曜日はグレーゾーンだ。
「天気はどうしようもないしな。晴れそうなら行く、でいいんじゃね?」
「ん、そうだね。……それはそれとして、連休だよ連休。ずっと家に居たって暇だもん」
遊園地に行く予定はそれでいったん置いておくとして、そのあとの連休の予定も決めておきたかった。
とはいえ、人混みは望ましくないのも確かで、悩ましいところでもあった。
「って言っても、なかなかむずいなぁ」
「だねぇ……」
一度はベッドから身体を起こした美雪だったが、またバフッと枕に頭を載せた。
とはいえ、人が多くないところで楽しそうな場所など、考えてみてもすぐには思いつかなかった。
そもそも自分がレジャーに長けているとは全く言えない。
もともとインドア派……というか、勉強くらいしか取り柄がないわけで、彼氏ができてどこかデートに行きたいと急に思っても、アイデアの引き出しがあるはずもない。
だから活動的な貴樹に聞いているという面もあった。
「よく聞くのはハイキングとかそういうヤツだな」
「なるほど。でも……」
確かにそれも良いアイデアだとは思った。
ただ、全く体力のない自分が、急に山に登るなどできるだろうかという不安もある。
貴樹にはその不安がすぐにわかったのだろう。
「んじゃ、動物園とか植物園とかか? それなら人が多くても大したことないだろ」
「ふむふむ、悪くない選択肢だね。……褒めてつかわす」
美雪は急に目を細めたかと思うと、どこかの時代劇で聞いたようなセリフを唱えた。
「ははー、ありがたき幸せ。……ってなんだよ、それ」
それに対して、貴樹も深々と頭を下げながら美雪のノリに合わせた。
美雪は満足したのか、勢いよく上半身を起こすと、頬を緩めて笑った。
「あははー、なんとなく。動物園とか、小学校のとき以来だもんね。久しぶりに行ってみたい」
「そか。最近は遠足とかでも行かないもんな」
「だねー。楽しみっ!」
美雪は改めてベッドサイドに座り直すと、カレンダーに目を遣る。
「私はどこも予定ないからいつでも良いよ」
「そか。それにどうせ毎日いるんだろ、ここに」
「ん、よくわかってるじゃない。自分の部屋より落ち着くもん」
付き合うようになってからは貴樹の部屋に泊まることも増えて、ますます自分の部屋よりここにいる時間が増えていた。
以前もそれに近いものはあったけれど、はっきりとあったふたりの壁がなくなったことは確かだ。
「それじゃ、そんな大した距離でもないし、久しぶりに自転車で行くか? 正月ごろにそんな話もしたよな」
「そんな話もあったねぇ。……私で辿り着けるかな?」
「はは、流石に大丈夫だろ。休み休み行けば」
「うーん……。不安だけど頑張る。ま、その前に体育祭でケガしないようにしないとだけど」
「ああ。無理すんなよ」
「誰に言ってるのよ。勉強とかはともかく、私が運動じゃ無理しない……じゃなくて、できないの知ってるでしょ」
美雪は意味もなく自信満々に胸を張った。
「なんだよそれ」
「あははー。だから心配ないってハナシ。――さ、早く宿題終わらせてゲームでもしよっ」
「へいへい……」
前屈みでじっと自分を見つめてくる美雪に多少照れながらも、貴樹は向きを変えて問題集に向き合った。
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