第33話 わかった。期待してる

「陽太。度々で悪いけど、昼休み亜希とふたりで相談に乗ってもらえないか?」


 貴樹は3限目が終わったあとの休み時間に、陽太にそう話しかけた。

 授業の間も考えていたが、ここは亜希に頼むのが良いと思ったのだ。


「別に良いけど……あの話の関連?」

「ああ。詳しくは後で話すよ。……美雪には秘密な」

「わかったよ。言っとく」

「すまんな」


 二つ返事で頷いた陽太は、早速亜希のほうに行く。

 それを横目に、貴樹は美雪に話しかけた。


「なあ、美雪」

「ん、忘れ物とか?」

「いや、さっきの授業でわからないところがあって。ちょっと後で教えてくれ」

「ふーん、そんなこと言うの珍しいね。……何か悪いものでも食べた?」


 訝しむように美雪が聞く。

 確かに、今まで貴樹がそういうことを聞いたことはなかった。

 どうせわからないところがあっても、後の個別指導で手厳しく指摘されるからだ。


「そんなことはない……と思う。ちょっとぼーっとしててさ」

「真面目に聞いてたら、難しいところなんてなかったよ。どうせ変なことでも考えてたんでしょ」


 他のことを考えていたことは事実だ。

 そして、いま貴樹が話しかけているのも、美雪の気を逸らすのが目的だった。


「まぁいいよ。じゃ、昼休みでどう?」

「え……あ、いや。昼休みは駄目なんだ」


 美雪の提案に、貴樹は慌ててその時間は先約があることを伝えた。

 その様子が気になったのか、美雪は眉をひそめた。


「……怪しい。……なんか考えてるでしょ?」

「な、なにもないって」

「絶対嘘。私に隠し事できるわけないでしょ。ほら、吐きなさいよ、早く。はーやーくー」


(や、ヤバい……!)


 美雪の観察眼は鋭い。

 こうなったらもう誤魔化すのは不可能だった。きっと正直に話すまで逃してはくれないだろう。

 もしくは、昼休みに後を尾けてくるか、そのどちらかだ。


「わ、わかったよ。話すから、その目はやめろって」

「ならよし。それじゃ……」


 キーンコーン……!


 そのとき、ちょうど4限目の始まるチャイムが鳴った。

 貴樹は助かったとばかりに、「後で!」と言ってその場を離れる。

 獲物を逃した美雪の視線をその背中に感じながら。


 ◆


 昼休み、いそいそと貴樹が学食に行こうとすると、すかさずその腕はガシッと掴まれる。

 振り返ると、そこにはもちろん美雪がいた。


「……で?」


 ばっちり目が合う。

 顔は笑っているように見えるが、眼鏡の奥の目は笑っていない。

 貴樹は観念して、美雪と向き合った。


「わかったって。話すから、弁当持ってこいよ。学食で食べようぜ」

「ん、まぁいいでしょ。……ちょっと待って」


 そう言うと美雪は鞄から母親の作った弁当を出すと、学食に行く貴樹と並んで歩く。

 歩きながら、貴樹は渋々話し始めた。


「あんま、美雪には言いたくなかったんだけどな。……今、玲奈のこと調べてて」

「玲奈のこと? 貴樹が?」


 予想外の話だったのか、美雪は目を丸くして聞き返した。


「ああ。陽太に中学の頃どうだったか、調べてもらったりもしたんだ。……でも俺たちの知ってる玲奈とは結構違っててさ。だから、俺……直接話聞いてみようと思って」

「そう……なんだ」


 美雪はその話を聞いて考え込む。


(貴樹……は、玲奈がどうでも関係ないよね……)


 そう考えると、自分のために調べようとしてくれていると考えるのが自然だ。

 それがなんとなく嬉しくて、つい顔が綻ぶ。


「ふーん。……それは良いとして、なんで昼休み駄目だったの?」

「ああ、陽太と亜希に協力してもらおうって思ってさ。アイツら、昔の玲奈知らないし」


 自分たちのように昔の玲奈を良く知っていると、どうしても先入観が勝ってしまうことを懸念していた。

 それに、玲奈のほうも話しにくいだろうことは予想できる。


「そっか……」

「悪かったな。先に相談できたらよかったんだけどな。あんま、気を遣わせたくなくて」

「ううん。私こそごめん。……問い詰めるようなことして」


 彼の話が正しいなら、自分に言えないのも当然の話だ。

 なのに、隠し事をしていることを疑ってしまった自分を恥ずかしく思う。


(そもそも、私は貴樹の彼女なんだから、もっと堂々してないといけないよね……)


 彼にだって少しくらい、隠し事はあるだろう。

 エッチな本だって見るかもしれない。……それはなんとなく嫌だけども。


「どっちにしても、今のままじゃスッキリしないだろ? だから、俺に任せてくれよ」

「……ん、わかった。期待してる」


 ◆


 学食で美雪と昼を取ったあと、彼女は「自分がいると話しにくいだろうから」と、ひとり教室に戻った。

 そして、貴樹は陽太、亜希と廊下で立ち話をする。


「――だからさ、亜希から話聞いてもらえないかなって思って。頼むよ」

「なるほどねー。まー、美雪ちゃんのためだったらいくらでも一肌脱ぐけどねー」


 状況をかいつまんで話すと、亜希は軽い調子で頷いてくれた。

 さすがに小学校の頃の事件の仔細などは話していない。あくまで、美雪と玲奈が以前は仲が悪くて、その仲を取り持って欲しいという依頼に留めた。

 亜希は見た目の通り、交友関係が広い。

 きっと玲奈ともすぐに話ができると踏んだのだ。


「それで、貴樹クンはそのあとどうするつもり? やっぱ、最後は直接話すしかないって思うけどねー」


 亜希の言うことももっともだったが、そもそも玲奈の考えがわからないことには、次のステップには進めない。


「そうだな。ただ、亜希に話聞いてもらってからかな。まだ向こうがどう考えてるかわからないから」

「まー、そうよね。んじゃ、まずはアタシに任せてよ」


 そう言って亜希は胸を張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る