第13話 いつもごめんね。
「……で、そもそもなんでそんなに寝不足なんだ?」
一度自宅に帰って着替えてきた美雪と並んで歩きながら、貴樹は気になっていたことを聞いた。
時間が経って落ち着いたのか、彼女は普段通りに見えた。
「んー、勉強してるから?」
「それはわかるけどさ。美雪ってさ、ずっと学年トップじゃん? そんなに勉強して、東大でも目指してるのか?」
「んーん、全然そんなつもりないよ」
「じゃ、なんでそんなに勉強する必要あるんだ? その辺の大学だったらどこでも余裕だろ?」
「それは――」
貴樹の疑問に、美雪は言葉を詰まらせた。
(ここ最近、答えにくい質問ばっかりな気がする……)
そう思いながら、美雪は無難な回答を探して思考を巡らせた。
実のところ、美雪は自分の勉強を済ませたあとは、貴樹にどう教えるのが良いのか、何度もシミュレーションする時間に使っていた。
どんな質問をされたときでも、完璧に答えられるようにと。
ただ、そのままそれを言うなんてありえない。
とはいえ、できるだけ嘘もつきたくなかった。
だから、結局「――それは秘密っ!」と、誤魔化すことにした。
「……そうか。まぁ良いけどな、せめて6時間くらいは寝ろよ。俺だって美雪が倒れたりしたら心配だから」
「うん……。私が倒れたら、朝起こす人がいなくなるもんね。あははー」
「そのくらいなら自分で起きられるって」
「えー、うっそだー。素直に私に任せなさいよ。ばっちり叩き起こすからね」
そう言って美雪はぺろっと舌を出して笑う。
「へいへい。……で、今日の買い物はどのくらいのつもりだ?」
「昼は過ぎるかなぁ。3つくらい回りたいから」
「わかったよ。……ん?」
ふいに貴樹が言葉を止めて、視線を遠くに向けて一点を見つめていた。
彼が何を見ているのかを探して、美雪も視線を同じ方向に向けた。
「あれ……亜希ちゃんだ。それと、陽太くん……」
だいぶ距離が離れているが、同じクラスのよく知ったふたりが、手を繋いで歩いているのが目に入った。
「アイツら……いつの間に」
「ほんっと。全然気付かなかった」
恋人同士のように楽しそうにしているのを見ると、美雪にはそれが羨ましく思えた。
「いいなぁ……。ね、貴樹って女の子と手を繋いだことある?」
「もちろんあるけど……」
「――ええ⁉︎」
何気なく聞いた美雪だったが、予想外の返答に一瞬言葉を詰まらせた。
(――繋いだことあるって、誰よ⁉︎ 私の知らない女がいるってこと? ううん、そんなの絶対ない……)
いくらなんでも、いつも彼を監視してる自分に隠れて、誰かと付き合ってたりなんて絶対にあり得ないはず。
もしそうなら、その女はきっと自分には見えない地縛霊とかに違いない。
美雪の自問自答を気にするそぶりもなく貴樹は答えた。
「ほら、美雪と何度も繋いでるじゃん。……小学校の頃とかいつも。それにこの前も繋いだろ?」
「あー……」
確かに貴樹の言う通りだった。
子供の頃は遊びに行くときも、危ないからとよく手を繋いで歩いていたことを思い出す。
まだお互い小さい手で、しっかりと。
「なーんだ。良かっ――」
ほっとした美雪は素直に心境を吐露しかけて――その意味に途中で気づいて口を噤んだ。
代わりに取り繕った言葉を吐き出す。
「――ま、まぁ……私のほかにそんな女の子いるわけないか。朝も1人で起きられないくらいだし」
◆
「ねぇねぇ! これどうかな?」
貴樹は美雪の服選びに付き合わされていた。
暖色のチェックの入ったミニスカートを手にとって、貴樹に聞く。
「よくわからないけど、良いんじゃないか?」
「えぇー、答えが曖昧! じゃ、着てみるから、ちゃんとコメント100文字以内でまとめてよ。……ちょっと待ってて」
ぼんやりした返事の貴樹に、スカートを持ったまま美雪は試着室に消えていく。
しばらくして、スカートを履き替えた美雪が出てきた。
「ほらほらほら。どう? どう? 可愛い?」
そう言って彼の前でポーズを取る。
さっきまでの紺色のスカートとは雰囲気が違っていて、それはそれで可愛く見えた。
「……良いと思う」
「でしょ? ほらほら、コートの長さもちょうどいいし」
いつものダッフルコートを羽織ると、スカートの裾が少しだけコートの下に見える。
「ああ、確かに……」
「でも、コメントがみじかーい! やり直しー」
「え、マジかよ……。100文字以内だろ?」
「ダメダメ。こーいう回答はね、指定の80%は使わないと減点だよ。できれば90%以上が理想!」
「国語のテストじゃないんだからさ……」
確かに国語の解答なら、文字数が少ないとダメだ。いつも同じことを美雪からしつこく指摘されていた。
仕方なく、貴樹はしばらく考えて答えた。
「元々履いてきてたスカートも悪くなかったけど、それに比べて、コートに色も合ってるし、確かにバランスもいいと思う。丈は短めだけど、暖色系だからか、それほど寒そうには見えないし、いいんじゃないかな」
美雪は指で文字数を数えながら、そのコメントを聞いていた。
「んー、漢字混じりだとギリ96文字。ひらがなだとオーバーかな?」
「――え、それ酷くない?」
「あはは、口頭試問なんだから、ちゃんと問題の曖昧なとこは事前に確認しないとだよ?」
「ひっでえー」
しかし美雪は満足そうにしていて。
「でもまぁ頑張ったから合格にするね。……じゃ、これ買おっと」
弾んだ声でもう一度試着室に行き、元のスカートに戻った彼女が貴樹の手を引く。
レジを済ませた頃、ちょうど時間が昼になったこともあって、近くのチェーン店のハンバーガーショップに入る。
注文したバーガーセットのポテトをつまみながら、美雪が言った。
「いつもごめんね。付き合わせて……」
それを聞いて貴樹は目を丸くした。
「珍しいな。美雪が急にそんなこと言うって」
「えー、そうかな。でも、いつも感謝してるよ。こんなこと頼めるの貴樹しかいないから」
「そっか……。まぁ、暇なときなら別に構わないけどな」
貴樹としては、こういう買い物ならば、同じ女子の亜希とかのほうが良いんじゃないかと思ってはいた。
ただ、美雪は学校では他の友達と仲良くしているけれど、あまりプライベートで遊びに行ったりしないことも知っていて。
それはきっと子供の頃のことが原因なんだろうけど、あえてそれを聞くことはなかった。
「うん、ありがと」
「って言ってもさ、俺だって美雪には感謝してるから。……美雪が勉強教えてくれてるから、成績だってなんとかなってるし」
「……そういや、貴樹の夢って建築士になることだったよね? ならもっと勉強頑張らないとね」
「おう。よく覚えてたな」
(――忘れるワケないよ。だって――私の夢は貴樹が作った家で一緒に暮らすことだもん)
美雪は心の中でそう呟いた。
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