外部記憶サーバーエンジニアたちの最後の記憶

ちびまるフォイ

知能犯のネズミ捕り

メモリア社は記憶サーバー会社でも大手だ。


この会社に就職が決まったときは喜んだが、

実際に働いてみるとキラキラした人生からはほど遠かった。


「はあ……今日も夜勤か……」


安い給料。長い勤務時間。

働いてみるとろくな場所ではない。


「見回りごくろうさん。記憶サーバーは?」


「いつも通り。普通に動いてるよ」


「なんで1時間毎にサーバー点検しなきゃいけないんだよ」


「しょうがないだろ。うちで契約している人の記憶が急に途絶えたら、クレームくるし」


「あーーあ。なんで記憶サーバーなんてめんどくさい技術が生まれたんだ」


「お前も実際お世話になってるんだから文句いうなって」


「そりゃな。記憶サーバーなけりゃ、昨日の晩ごはんすら思い出せないもん」


記憶サーバーはクラウド上でサブスク契約者の記憶を保持するサービス。


契約者は一度見た情報や記憶をサーバーに記録し、

本体が忘れていても、サーバーからいつでも記憶を引き出せる。


噂では、偏差値が高い学校の人はたいていが記憶サーバーを使っているらしい。

忘れなくなるもんね。


「あのさ、ここだけの話」


「なんだよ。この仕事やめようってのは聞き飽きたよ」


「そうじゃない。銀行強盗しようって話」


「ますます夢見がちなことを……ムリに決まってるだろ」


「最近、顧客名簿見てて気づいたんだ。

 うちの記憶サーバー契約者に銀行員が多いことを」


「……それがなんの関係があるんだ」


「記憶サーバー契約者は本体に記憶を溜め込むことを嫌う。

 本体はつねにすぐに必要な情報だけを保持したがるからな。

 で、俺らが強盗した記憶をまずサーバーに保持されるわけだから……」


「お前! まさかサーバーに記録された記憶を改変するつもりか!?」


「しーっ! 声が大きい!」


「そりゃできなくはないけど……」


「どうするんだ? このまま一生ここで労働力で搾取されるのか。

 それとも1度だけの強盗で一生暮らせる金を手に入れるのか」




それから数日後、俺と同僚は目出し帽をかぶって銀行の裏口にいた。


「なんでこんなことに……」


「ようし、それじゃ作戦開始だ」


「作戦開始もなにも。なんの武器も持ってないぞ?」


銀行強盗といえば銃を振り回し、人質をとって立てこもる。

ただのサーバーエンジニアの自分たちにそんな物騒なものは用意できなかった。


「武器なんかいらない。なぜなら俺たちは知能犯だからだ!」


「はあ?」


同僚はキーボードで何やら操作を始めた。


「いったいなにを……」


言いかけたとき、脳内でアラートが鳴った。



『びー! びー! こちらはメモリア社記憶サービスです。


 外部サーバーが強烈な刺激を検知しました。

 一時的に記憶のアクセスに障害が発生する可能性があります』



「お前、いったいなにを!?」


「へっへっへ。記憶サーバーを爆破させた」


「大事故じゃないか!?」


「せいぜい爆竹程度だよ。これで十分さ。ほら銀行を見てみろ」


ガラス越しに銀行の様子を見る。

銀行員は鼻血を流して白目を向いていた。

ほかの客も同じようにほとんどが意識を失っている。


「いったいなにが……」


「サーバーが攻撃されて、慌てて記憶のフルダウンロードを始めたのさ。

 どれだけの記憶が保持されてるかもわかってないくせにな」


人間が1日に見聞きする情報量は、自分が想像しているよりもずっと多い。

それらが記憶サーバーに保持されている。


記憶サーバーが攻撃されたと知り、記憶を失うまいと慌ててダウンロードした結果。

人体の許容量をはるかに超える情報量で、人間側がパンクしてしまった。


「これを待っていた! いまだ!」


「えええ、突入するの!?」


正面口から銀行に乗り込んだ。


事前に銀行員の記憶サーバーから暗証番号やら、

カードキーの場所や道順をダウンロード済みなので迷うことはない。


あっという間に地下の最終金庫へとたどり着いた。


「よし、開けるぞ、タイミング合わせてボタンを押すんだ」


「おっけー」


「1、2……の、3!」


同時にボタンを押すと、地下金庫のバカでかい扉がズズズと動き出す。


「さあ、どんな一攫千金ちゃんが待っているのかな?」


同僚は目を「¥」にし、揉み手をし始めている。

扉が完全に開ききってから中に入った。


金庫の中には、床にスティック型の記憶メモリがあるくらいで、

目的のお金は1円たりともなかった。


「おいおいおい!? どういうことだよこりゃ!?」


「これだけ厳重なセキュリティなのにお金がないなんて……」


札束が積まれているのを期待していただけにがっかりだった。


「ど、どうする……もう撤収する……?」


「バカ言え。ここまでして手ぶらで帰れるわけ無いだろ。

 金を持ち帰らなくちゃ、ここまで準備してきた意味がない」


「でも、ここには金がないじゃないか」


「金そのものがないだけで、金目のものはあるかもしれないだろ。

 じゃなきゃ、こんな地下のたいそうな金庫に入れるわけねぇ」


「金目のものなんて……」


高価な時計も、豪勢な宝石もない。

あるのはただのメモリースティック。


「まさか、これが金目のものか……?」


唯一、金庫に置かれていたメモリースティックを拾った。


「なんだその安っぽいメモリースティック」


「この金庫にあったんだ」


「この金庫に? そりゃおかしな話だ。

 そんな容量少ないメモリースティック、どこでも買える。

 わざわざ……あっ!!」


言いかけて同僚はなにかひらめいたようだった。


「そうか。そういうことか……!」


「な、なんだよ。どういうことだ?」


「宝の地図だよ、それは」


「はあ?」


「よく考えたら、銀行なんてわかりやすい場所に

 世界の富豪たちがお金をあずけると思うか?」


「それはわからないけど……」


「結局、信用できるのは自分だけ。

 自分しか知らない秘密に場所に本当の財産は隠すに決まってる。

 そして、そのメモリースティックが宝の地図なんだよ」


「つまり、この記憶メモリーに入ってる記憶が

 その隠された財産にたどり着くための記憶が入ってるってこと?」


「そうに決まってる。財産の本人が死んだとしても、

 その遺族が財産のありかに気付けるようにな」


「なるほど……!」


「こりゃ、カネ以上の価値があるぞ。盗んだ金だとバレる心配もない。

 記憶だけ俺たちの体に複製しておけば、盗みの痕跡すら残らないからな!」


同僚はすぐに自分と手をつなぎ、記憶回路をつなげた。

これで同僚にインストールされた記憶が並列につながっている自分にも流れる。


「地上のやつらが記憶パンクから復帰するのも時間の問題だ。

 このスティックに入っている記憶を盗んで、さっさとズラかるぞ」


「ああ!」


同僚はメモリースティックの記憶を読み取った。

ふたりの体にスティックに保持されていた記憶が流れてきた。



『署長、教えてください。どうして金庫にメモリースティックを置く必要が?』


聞いたのは警察の部下だった。


『君は宝箱を開けたとき、中身がなんだと思う?』


『……金銀財宝とかですかね。それがなんの関係が?』


『強盗も同じだよ。苦労と見合った見返りがあると期待する。

 だからこのメモリースティックを置くんだ』


『……?』


『苦労して、やっと見つけた最下部でこれを見つければ

 きっとこれが価値のあるお宝に見えるだろうよ。

 そして、きっとこれを接続する』


『そんなにうまくいくものですかね……?

 相手は人間。エサに釣られる動物じゃないんですよ』


なおも疑う部下は警察署長に対して付け加えた。




『このメモリースティックの記憶を見た時点で

 警察に通報されるから逮捕されるなんて……。

 

 そんなにうまくいくとは僕、やっぱり思えないんです』



記憶はそこで終わっていた。

二人の強盗もすべてを終わってしまった。

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