変な奴ら。

@marupanti

第1話 人類滅亡決定

「はーい、多数決をとりまーす」


 夏が訪れ、カンカンと日が照らす屋外に対し、冷蔵庫の中と言われても遜色のないほどにエアコンで冷え続けた部室にて、僕はジャンバーを着こんでマフラーを口元が隠れるほどぐるぐるに巻き、部室にある長机の片方に置かれていた『ご自由にお食べください』というメモが添えられたチョコと、『ご自由にお食べください』というメモが添えられた鎖付きの刀を眺めつつ、向かいに座る純白のウエディングドレスを着こなしたアズを窺って、ふと部室の隅にある『魔法少女リンゴロッド』と張り紙がされた棺桶に目を向けたところで、ソラ先輩が部室にやって来て、いきなり民主主義の行き着いた先の話を始めてきた。


 つまり、相変わらずここはカオスで、僕程度の存在では何一つ理解できることはない、ということだ。


「賛成の人は?」


 ソラ先輩の問いかけに応える声は、部室中から聞こえない。


「反対の人は?」

「ボクは反対」

「反対ですわ」

「で、俺も」


 部屋にいる部員5人のうち、二人と一刀はそれに反対と答えた。呆気にとられるしかない僕と、棺桶の『魔法少女』は、なにも答えない。


「ということで、賛成ゼロ、反対3、白票2、棄権1により、今から一週間後の月曜日の朝5時24分頃、人類が滅びることが決まりました。以上」


 そして、小学生の学級会議以下のそれは、新人類20万年の歴史終了を決めた。

 さようなら、人類。

 こんにちは、新しい未来。

 今度は地球に優しい人類ができるといいね。

 地球に優しいってなんだかよく分からないけど。


「……なに言ってんですか、ソラ先輩」


 と人類約80億の命運をかけ、白票のうちの1は、意見を求めることにした。


「地球、滅ぼすんですか」

「いや、違うよ。そんな面倒臭いことをなんで俺がやらなきゃいけないんだよ」


 面倒くさくなかったらやるみたいな言い種。


「じゃあ、今のは?」

「一週間後に地球へ落ちる隕石を阻止するか、しないかの話」

「落ちるんですか」

「落ちるよ。無茶苦茶でかいの。明日ぐらいにはMASA当たりが公表して、世間にも知れ渡るよ、きっと」

「それで、それを阻止しないんですか」

「しないよ。面倒臭いし」

「それでも『神様』ですか」

「神だよ。神だからこそ、こんなちっぽけな惑星の一つなんてどうでもいいんだよね。まあ、人類が頑張れば隕石の一個ぐらい破壊できるかもしれないかもよ?」

「はあ、そうですか」


 しかしこれ以上僕が発する言葉なんかで、『神様』のソラ先輩のやる気を取り戻すのは無理だろう。


 ともなれば、残りの2つの反対を説得しなければならないのだが。


「アズは、どうして反対を?」

「その前に早くそれを食べてくれませんか?」


 アズが少し早口になって、机の上にある一欠片のチョコを指差した。


「ボ、ボクのこともな、舐め、舐めて、舐めても、な、な、何でもない」


 刀から聞こえてくる、言い淀んで言い切れていない風な声は無視。


 だが、そうではないチョコを積極的に食べたいわけでもない。アズは挑戦的なことが大好きだ。とびきり不味いものを用意するわけではないが、どれもが強烈な個性をもち、それを口にした日は、舌が引きちぎられたような感覚になる。めまいや立ちくらみはもちろんするし、幻覚幻聴までも全然あり得る。もはや薬物と相違ないものなのだ。


 しかし押し迫るアズの気迫を前にしては、これを口にしなければ話すらしてもらえないことは一目瞭然であるとして。


「……いただきます」


 マフラーから唇を露出させると、真っ青にならんばかりに寒さに痺れる。悴む手で摘まむチョコは、その寒さからカッチカチに固まっている。カッチカチ固まらせるために、この寒さなのかも分からないが。


 ――ガリ、ガリ


 口の中で砕けたチョコは、人肌程度で溶け始め、ねっとりと舌にこびりつく。これでもかというほどに酸味混じりの甘さを伝えて、なおかつ全くそのべたつきは取れず。ねちょねちょと口の中を支配し、飲み込むことすら叶わず、最後に残されたものの全てを無理矢理床へ吐き出させた。


 しかし、決して不味いと一言で表現できるものでもない。濃厚で激烈な甘酸っぱさは、全く他では味わえない代物だ。


 無論、もう一度目の前に同じものが現れたら、ミリ秒もかけず焼却炉へ叩き込むけど。


「で、どうしてアズは、人類が滅びることに、賛成なの? 人類が滅んでしまえば、それを食べてくれる人はいなくなるんだよ」


 ノルマは達成した。枯れかけた喉で感想など言う必要はない。アズも、僕の吐き捨てる反応まで見て満足そうにしているし。


「ケイカの言うことも一理あります。しかし、こうも思いませんか? 滅びゆく道に立たされた人類。絶望しかないにも関わらず、私のチョコレートを食べたおかげで、最後の一瞬、その瞬きに、最高の幸せを皆感じるのです。確かに永劫というのは非常にも堕落的な魅力があります。なればこそ、一瞬をかけることこそ、私が今やるべきことなのではないかと。それに、地球上の人類が滅んだとして、なら次に新しい生命体のところへ行き、またチョコレートを広めればいいわけです」


 『スイーツ女子』の言うことなど一瞥も理解できないが、理解できないからこそ、僕はもうアズを説得する術を持っていなかった。


 そして、最後に残った一人、というより、一刀なのだが。


「一応聞いとくけど」

「その前に、早く、お願い」


 刀が僕の言葉を遮った。

 刀が喋った。

 まあ擬人化なんてよくある話である。

 なので、こんなことはあまり動揺するものでもない。


「なにを?」

「え、えっと、その。ボクのこと、食べてくれたら、いいなって」

「食べない」

「アズちゃんは、食べてくれたのに?」

「チョコは食べ物ですけど、刀は食べ物じゃないですよ」

「アズちゃんのあれ、チョコと、言えるの?」


 ツルギのその一言に、アズはじろりとこちらの方へ睨みを効かせる。愛想笑いで躱しつつ、今はツルギにだけ集中する。


「チョコだよ。少なくとも、僕に食べてほしいって気持ちで作られているから」

「で、でも、ボクだって、気持ちだったら負けていないよ」

「それは、僕に食べてほしい、じゃなくて、自分が食べられたいでしょ」

「ち、ちがうよ。そんなんじゃないよ」

「じゃあ、なんだっていうの」

「ただボクは、ケイくんの歯で肉を噛み千切られて、ケイくんの舌で骨をしゃぶられて、ケイくんの胃で臓物をぐちゃぐちゃに消化されて、ケイくんの腸で脳みそを吸収されて、ケイくんの肛門から魂を捨てられたいってだけだよ」


 それを食べられたいというのではないのか。いや、それとも、そんなこと僕の想像の範囲外過ぎて、言葉に表現することすら間違っていたのか。


「はあ、もういいよ。ツルギはもういいから」

「そ、そんなひどいこと言わないでさ、少しだけでいいから」

「食べるわけないだろ」

「お、お願い。ケイくんが食べてくれないと、ボク」


 その時、ツルギは、僕の視界から消えた。


「ケイくんを、食べたくなっちゃう」


 右耳にねろっとした感触が、ツルギさんの甘噛みと気付くのに、1秒もいらず。


「やめろ!」


 振り向いた勢いのまま放たれた裏拳は、人型になったツルギの眉間に命中する。


「ああんっ!」


 ツルギさんは艶かしい声を出して、床に勢いよく倒れた。その姿は、相変わらずの全裸に鎖付き首輪。小学生の高学年にも寄る幼児体型に、なによりも主張する豊満な胸はエロいことはエロいが、リビトーよりストレスのほうが勝っているため、僕はうんともすんともいわない。


「ひ、ひどいよ。ケイくん」


 涙ながらに上目遣いで訴える。

 甘噛みの反省はなし。

 むしろもう一発ぶちこんで、頭がおかしいのはツルギということを分からせてしまったほうがよいのではないか。いや、きっとそうしなきゃいけない。もっともっと痛めつけなければ……


「ツルギに嵌められてるぞ」


 隣に座ったソラ先輩が言った。

 結びかけた右の拳を、そっと緩めた。


「やっぱり、ツルギには聞かない。どうせ、隕石衝突の痛みを味わいたいから、人類を救うのに反対しただろうし」


 初めから『ドMな刀』のことを理解するなど叶わなかったということだ。分かり合おうとした僕が愚かだった。


「そんなことないよぉ。ボクはそんなんじゃないよぉ」


 じゃあ、どうして人類が滅んでしまっていいなんて思っているのか。聞いてみたいとも思ったが、どうせツルギの思惑のまま、また僕がイライラする展開になるのだろうし、今はツルギのことを可愛い全裸ロリ巨乳ボクっ娘(鎖つき)程度の存在に留めて無視した。


 あとは、もう一つの白票だが。


「あの、起きていますか。リンゴロッドさん」


 わざわざ震える両足を動かして、その棺桶の前まで行って、コンコンとノックをしてみた。


「……」


 返事がない。屍かどうかも分からない。僕が入部してから一度もその中を見たことなかった。


 これが、変人部の『魔法少女』である。


 そして、最後に残されたのは、棄権の1なのだが。


「あの、ソラ先輩。双葉先生って、いつ頃来るか分かりますか?」


 顧問、双葉先生。これもまた魔法少女同様、未だ謎の分からぬ謎の大き存在。

 先生としては少し寡黙ぐらいの印象で、これといって変わったことはなにも感じていなかった。


「来ないよ、あいつは」


 分かるのは、ソラ先輩と双葉先生になにか因縁があるというだけ。それは、今まさに彼女のことを語るソラ先輩が、分かりやすくも表情を強ばらせる様子から。いいものか悪いものかは、分かりもしないが。


 しかし、これでもう、僕が説得できる部員と顧問はいない。民主主義に乗っ取り、晴れて人類の滅亡が決まってしまった。


「一つ疑問に思うことがあるのですけど」


 両の手のひらからチョコを精製しつつ、アズはついでのように僕へ聞いてきた。


「まるでケイカは、人類が滅んでほしくないほうに見えるのですが」


 にべもないことを言う。


「貴方は、つい一週間前に、自殺を図ったばかりですよね。それは、世界も、人類も、どうでもよく思ったからじゃないのかしら?」

「そういうわけじゃないよ」

「じゃあ、どういうわけ?」

「別に、人類の心配をしているわけじゃないよ」

「心配はしていないけど、人類を救いたいと?」

「そうだけど、それはたぶん、『神様』にも、『スイーツ女子』にも、『どMな刀』にも、あと『人間』にも分からないよ」


 アズは不服そうに窺う。だが、僕がアズがなぜチョコレートに固執しているのか分からないように、『死ねない幽霊』のことはアズにも分からない

 僕たちのつながりは、ただ人間から変わってしまった、ただそれだけだから。

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