第41話 取り憑くってまずいこと?

「も、もしかして、取り憑くって何かまずいことでもあるの?」

「そういうのは、実験を始める前に聞けよ」


 三島があまりに呆れるもんだから、さすがに少し不安になる。

 すると、これにはユウくんも黙っていなかった。


「まさか、藍が危ない目にあったりするのか? それなら、二度と取り憑いたりしないからな」


 どうなんだろう。

 私も、さすがに危ない目にあうって言われたら、躊躇するかも。


 だけど、それを聞いた三島の答えは、なんだか曖昧だった。


「そうだな。藤崎が、取り憑かれても嫌だと思わないなら、多分大丈夫だ」

「どういうこと?」


 それで、何が大丈夫なの?

 言ってる意味がよくわからなくて首を傾げると、それから三島は、順を追って説明し始めた。


「とりあえず、藤崎と有馬先輩を例に挙げて話を進めるぞ。まず、先輩が取り憑いたら、藤崎は体の自由を奪われ、代わりに先輩が藤崎の体を自由に動かすことになる。ここまではわかるよな?」

「うん」


 それはさっき体験しているし、すぐに理解できた。

 自分の体なのに全然言うことを聞かなくて、かわりにユウくんの思った通りに動いていた。


「この時、藤崎が強くそれに抵抗すれば、取り憑いた先輩を体から追い出すことができる」

「抵抗って、どうやるの?」

「簡単に言えば、気を強く持って念じることだな。人の体を勝手に使うな、この体は自分のものだ。そんな感じのことを強く思うと、取り憑いた霊ははじき出される」

「つまり、出て行けって強く思えば、その通りになるってこと?」

「そういうことだ。実際に上手くいくかは、霊の強さやお互いの思いの大きさに左右されるけどな」


 思っただけで追い出せるなんて、なんだか不思議。

 けど幽霊って実態がないんだから、その分、そういう心の動きの影響っていうのが大きいのかも。


 わかったような、わからないようなって感じだけど、三島の話はまだ終わらない。


「それでだ。出て行けって強く思えば、取り憑いている霊を追い出す事が出来るけど、それは体の中で霊と戦ってるようなものだ。思うだけって言ったら簡単そうだけど、実際には凄く体力と精神力を使うんだよ」

「凄くって、どれくらい?」

「それは、相手によりけりだ。相手がしつこく取り憑こうとしてきたら、その分追い出すのも大変だからな。体も心も相当すり減る。俺も、前にしつこい奴に取り憑かれかけた時は、次の日寝込んだことがあった」

「そんなに……っていうか三島、取り憑かれかけたことがあったんだ」


 サラッとすごいこと言ってない?

 なんだか、三島に本当に霊感があるって知ってから、意外な面が見えてきた気がする。


 とにかく、今の話を聞いてると、取り憑かれっていうのはなかなかに大変そう。

 それを聞いたら、軽い気持ちでやるべきじゃないのかも。


 だけどこの説明だけじゃ、よくわからないこともあるんだよね。


「でも、私がさっきユウくんに取り憑かれた時は、別に何ともなかったよ?」


 今だって、寝込むどころか疲れたって実感もないもの。

 だけど三島は、それにもちゃんと答えを用意してくれていた。


「それはきっと、藤崎が有馬先輩を無理に追い出そうとしなかったし、先輩もすんなり出ていったからだろ。先輩、無理やり藤崎の中に居座ろうとしたか?」

「いいや」

「だろ。二人の意思が戦ったわけじゃないから、そう疲れることもない」


 確かに。

 あの時私は、ユウくんに出ていけなんて思わなかったし、ユウくんだって、強引に私の中に居座ろうとなんてしなかった。


「じゃあ、私がユウくんを追い出そうとしなかったり、ユウくんが素直に出ていったりすれば、問題無いの?」

「まあ、そうなるな。だから言っただろ、藤崎が嫌だと思わなければ、大丈夫だって」


 ああ。あの大丈夫って、そういう意味だったんだ。


「なら、取り憑かれても大丈夫だね」


 だったら一安心。

 って思ったんだけど、そこで三島は呆れたように言った。


「普通は大丈夫じゃないんだよ。相手が先輩ってことは置いといて、幽霊に自分の体を勝手に使われるのを想像してみろ。そんなの、必死に追い出そうとするのが普通じゃないのか」

「あっ……確かにそうかも」


 言われてみれば、もし知らない誰かに体を操られたりしたら、絶対に嫌。

 そんなの、何をされるかわからない。


「幽霊の方だって、わざわざ取り憑くってことは、何か目的があってやってるからな。出ていけって言われてあっさり出ていくわけがない。だから、体の持ち主と幽霊との間で戦いになるんだ」

「そんなんだ……」


 確かにそれは大変そう。


 だけどそれは、相手が見ず知らずの人の霊だったり、取り憑いた後、私の嫌がるようなことをしたらって話だよね。


「ユウくんなら、そういう心配はないよね。だって、私が嫌がるようなことはしないでしょ」

「もちろん。それに、出ていけと言われたらすぐに出ていく」


 やっぱり。


 ユウくんがそんな人だってわかってるから、私だも、取り憑かれてもいいって思うんだよ。


「ほらな。お前たちならそう言うと思ったよ」


 そうして三島は、また呆れたようにため息をついた。


 一方ユウくんは、今までの話を聞いて、色々考えているみたいだった。


「けれど藍、本当にいいのか? 俺は藍の嫌がるようなことなんて絶対にしないし、出ていけって言われたらすぐに出ていく。けど万が一ってこともあるかもしれないし、藍が嫌なら、無理に取り憑く実験なんてしなくてもいいんだぞ」


 う〜ん、どうしよう。

 私は、ユウくんになら取り憑かれても構わない。


 けどユウくんは、ご飯を食べるのにも、そこまでこだわりはないみたいなんだよね。

 それなら、どうしてもやるってことでもないのかも。


「でもさ、幽霊のままじゃできなくても、私の体を使えばできそうなことって、たくさんあるでしょ。ユウくんは、やりたいことってない?」


 これでユウくんが、特にやりたいことがないって言うなら、私もわざわざ取り憑く実験なんてやろうとは思わない。

 けど、もしも何かやりたいことがあって、取り憑くことでそれができるのなら、協力してあげたかった。


「やりたいこと、か……」


 ユウくんは小さく呟くと、少しの間、なにも言わずにじっと考えてるみたいだった。

 そして、やがてゆっくりと口を開く。


「まあ、無いわけじゃないな」

「あるんだ。それじゃあ、やってみようよ」


 その一言で、私の気持ちは決まった。


 思えばユウくんは、幽霊になってから今まで、自分から何かしたいなんて言ったことはほとんどなかった。


 それが、こうしてやりたいことがあるなんて言うんだから、私にできることなら何でもしてあげたかった。


「本当にいいのか?」

「もちろん。私の体でよければ、いくらでも取り憑いていいから」


 そんな私たちのやり取りを見て、三島は微妙な顔をするけど、特に止めたりはしなかった。


 ただ、遠い目をしながらボソッとこう呟いた。


「俺だったら、絶対に嫌だけどな。幽霊に取り憑かれて体を好き勝手動かされるのなんて、もう懲り懲りだ」

「そ、そうなんだ……」


 三島、昔幽霊に取り憑かれたことがあるって言ってたけど、その時相当キツい目にあったのかな。

 霊感があるって、大変なんだ。


 と、とにかく、これでユウくんが私に取り憑いてみるのは決まった。


 まずは、私の後ろにユウくんが立つ。

 あとはこのままゆっくりと距離を詰めていってユウくんが私の体と重なったら、無事取り憑けるはず。


 ちなみに、お互い正面から向き合うんじゃなくて、ユウくんに後ろから入ってもらうのは、私がそうしてって頼んだから。


 だって、目の前からユウくんが近づいてきてそのままくっつくなんて、まるでハグされるみたいなんだもん。

 そんなの、心臓が持たないよ。


 後ろからだってバックハグみたいになるけど、直接は見えないから、まだ大丈夫。

 それでもやっぱり、ドキドキはするだろうけど。


「じゃあ、いくよ」

「うん。いつでもいいよ」


 後ろでユウくんの声が聞こえてきて、私は頷く。

 そうしてユウくんは、私に向かってゆっくりと近づいてきた。


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