第24話 先生の話すユウくん

 場所は変わって、ここは軽音部室。

 体育館での片づけを終えた後、私たちは全員でここに移って、それぞれもう一度自己紹介をする。


「それでは改めまして、今日から軽音部顧問になった、大沢泉です。さっきも言ったけど、この学校の卒業生で、元軽音部。当時はドラムをやっていました」


 改めて見ても、大沢先生はとてもきれいな顔立ちをしてて、十分に美人って言っていい。


 今になって思い出したけど、昔文化祭のステージでユウくんの隣にいるのを見た時も、綺麗な人だなって思った気がする。


 今までユウくん以外のメンバーの顔なんて忘れていたのに、こうして本人を目の前にすることで、埋もれていた記憶が嘘のように掘り起こされていた。


「当時はって、今はやってないんですか?」 

「高校を卒業してからは、あんまりやらなくなったのよね。たまに練習することはあったけど、本格的にドラムを叩いたのは、ずいぶん前になるわね。今だってできないことは無いと思うけど、きっともう、当時の私の演奏とは違ってきているわ。それに、二人のやっているギターやベースも専門じゃないから、教えてほしいって言われても難しいわね」


 そうなんだ。

 できたら、演奏してるところを見てみたかった。

 けど、大沢先生の話はまだ終わらない。


「でも、練習メニューの管理とか、打ち込み作業。あと必要ならライブハウスの手配とか、そういうサポートならできると思う」

「本当ですか?」


 私も三島も全然初心者で、何をやるにしてもほとんど手探り。

 そんな私たちにとって、それはとてもありがたいことだった。


「でも、いいんですか? 顧問の先生はたまに見に来るだけだって聞いてたんですけど?」

「私がいた頃はそんな感じだったけど、今もそうなのね。だけど、何も手を貸しちゃいけないって決まりは無いわ。もちろん、あなた達が全部自分でやりたいって言うなら、余計な口出しはしないわ」

「いえ、そういうのはわからないことだらけなので、手伝ってもらえるなら助かります」


 力になってもらえるなら、もちろんその方が嬉しかった。


「私も、今年先生になったばかりだし、もちろん顧問になるのも初めてだけど、できる限りのことはするわ」

「ありがとうございます!」


 こうして、大沢先生の顧問就任の挨拶は一段落ついたんだけど、私にはまだまだ聞きたいことが残っていた。

 もちろん、ユウくんについてだ。


「あの、先生がまだここの生徒だった頃、ユウくん……有馬優斗くんもいたんですよね」


 実はと言うと、さっきからずっとこれを聞きたくて仕方なかった。

 すると、大沢先生は嬉しそうに言う。


「そうよ。驚いたわ。まさか、こんな形で有馬君の知り合いに会えるなんて」


 まさかと言うなら、そのユウくんが今幽霊になっているなんて、まさか夢にも思ってないだろうな。


 大沢先生には見えないけど、実はユウくんはさっきからずっと私たちのそばにいて、今までの話を全部聞いていた。


「そう言えば、前に先生になりたいって言ってたっけ。夢、叶ったんだな」


 懐かしそうに、そんなことを言う。

 ステージ発表の直前、ユウくんが急にいなくなったけど、その理由がようやくわかった。


 あの時ユウくんは、大沢先生の姿を見かけたんだ。

 同級生が、それも同じ部活の仲間が先生になってるんだから、驚いて確かめたくなるのも納得だ。


 その大沢先生はというと、私を見てニコリと笑う。


「藍ちゃん。あなたのこと、有馬くんからよく聞いてたの。近所に妹みたいな子がいるって、何度も何度も話していたわ」

「何度も何度もってそんなにですか?」

「そうよ。もう何年も前のことなのに、すぐに思い出すくらいにね」


 ユウくん、いったいどれだけ私のこと話してたの?

 知らない所でそんなに話題に上がっていたんだって思うと、何だか恥ずかしい。


「そんなにたくさん話してたかな? 別に普通だったと思うけど」


 ユウくんを見ると、その自覚がないのか首を傾げている。

 けどなんとなく、大沢先生の言ってる通り、何度も何度も私の話してたんだろうなって気がする。


「あんまり話すものだから、一度会ってみたいなって思ってたのよね。だけど、まさかこんな形で会えるなんてね」


 大沢先生も言ってて楽しくなってきたみたいで、顔を綻ばせながら、なおも当時の話を語ろうとする。

 もちろん私も、もっと色々話を聞きたくて、ワクワクしながら耳を傾ける。


「そうそう、こんな事もあったわね。文化祭の前に、有馬くん、私にこんなことを言ってきたのよ──」


 けどそこまで話したところで、それまで黙って聞いていたユウくんが、急に三島に向かって言った。


「三島。何でもいいから、話題を変えてくれ」

「えっ?」


 驚く三島。

 そもそも、話題の中心がユウくんのことに移ってからは、三島はあまり会話に入れていなかった。

 なのにいきなり話題を変えろって言われても、何を言えばいいのかわからないのかも。

 けど、ユウくんは急かす。


「早く!」

「わ、わかったよ」


 ユウくん、いったいどうしたの?


 戸惑ってるのは、三島も同じ。だけど、それでも言われた通り、何かしなきゃって思ったみたい。


 そうして、話題を変えるため、咄嗟に言ったのがこれだった。


「あのっ、もしかして二人って、付き合ってたりしてたんですか?」


 その瞬間、大沢先生は、喋るのを忘れてポカンとする。


 話をしている最中に、いきなりこんなことを聞かれたんじゃ無理ないよね。


 そのせいで話も途切れちゃったから、一応ユウくんがお願いした通り、話題を変えるって意味では成功したのかも。


 けどその結果、なんだか変な空気になっちゃった。


「……そりゃ、何でもいいとは言ったけどさ」


 そう言ったユウくんを、三島は睨むように見る。

 三島も、自分の言ったことを後悔してるのかも。


 だけど、だけどね。

 そんな中私だけが、大沢先生がなんて答えるか、すっごく気になってた。


(どうなんだろう? ユウくん、彼女がいるなんて一度も言ったこと無かったよね。でも同じ軽音部でバンドメンバーだし、仲は良かったのは間違いなさそう。そう言えば、他のメンバーの話をする時、いつも凄く楽しそうだった。それに先生、美人だしスタイルだっていいし、男子からの人気もあったんじゃないかな?)


 ドキドキしながらあれこれ想像するけど、ユウくんの恋愛事情なんて、さっぱりわからない。

 そういうこと、本当に全然、これっぽっちも聞いたことなかった。


(も、もしも、実は付き合ってたなんて言ったらどうしよう)


 もう昔の話。なんて言っても、昨日幽霊になったユウくんにとって、生きてた頃ってのはついこの前みたいなものだよね。


 おまけの、大沢先生は私とは全然タイプが違うし、もしもユウくんの好みがこういう人なら、私じゃどう頑張ってもむりかも。


 すっごく不安になるけど、そこで大沢先生は、笑って首を横にふった。


「期待に沿えなくて申し訳ないけど、私と有馬君は、そういう関係じゃなかったわ。仲は良かったと思うけど、あくまで友達としてよ」


 よ、よかった……


 心の底からホッとした。

 これでもし付き合っていましたなんて言われたら、どうなってたかわからない。


 心底安心した私とは違って、元々の質問をした三島の反応は、実にあっさりしていた。


「あっ、そうなんですか。失礼しました」


 三島にしてみれば、ユウくんに言われて話題を変えるのが目的だったんだから、そう興味もなかったみたい。


 だけどそれから、大沢先生はさらに言う。


「そもそも有馬君、誰かと付き合う気は無かったみたい。女の子から告白されたことは何度かあったけど、どれも断ってたわ」


 …………えっ?


 先生、今なんと?

 こ、こ、告白された!?


「ゆ、ユウくん、女の子から告白された事ってあるんですか! 断ったって、どうして⁉」


 ようやく大人しくなった心臓が、またドキドキ音を立てる。


 どの告白も断ったってのは、私にとってはよかったこと。

 それでも、何度も告白されたことがあるというのは、かなりの衝撃だった。


(一人くらい、付き合おうって思える人はいなかったのかな?)


 すっごく気になるけど、大沢先生から聞けた話はそこまでだった。


「ごめんなさい。私も、何でかまでは知らないの」

「そ、そうですか……」


 知らないのなら、どうしようもない。


 そもそもよく考えたら、こんなの根掘り葉掘り聞くような話じゃないよね。

 今さらそれに気づいて、恥ずかしくなる。


(ごめん、ユウくん。こんなこと聞こうとして、嫌じゃなかった?)


 そう思ってチラリとユウくんを見るけど、ユウくんは何も言うことなく、微妙な表情を浮かべるだけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る