第18話 新しい距離感

 家を出て学校へと向かう私の隣で、ユウくんが並んで歩いてる。

 好きな人と並んで学校に行くっていうのはドキドキする。

 って言いたいところだけど、このドキドキは、嬉しさじゃなくて心配の方。


 朝ごはんの時、お母さんやお父さんが言ってた、いつもより身支度が早いとか、普段は寝癖だらけとかって言葉。もちろんユウくんも聞いたよね。

 それ、いったいどう思ってるかな?


 ち、違うから。そりゃ、たまには寝癖がついてることだってあるけど、寝癖だらけってほどひどいのなんて滅多にないから!


「藍。なんか、ごめんな」

「な、何が?」

「今朝の藍、いつもと違ってたんだろ。それって、やっぱり俺に気を使ってたからだよな?」

「ち……違っ……」


 違うって言おうとしたけど、それじゃなんて言ってごまかせばいいのかわからない。


「藍だって見られたくない所はあるよな。ごめんな、気付いてやれなくて」

「そ、そんなことは……」


 そんなこと、あるにはあるけど、だからってユウくんに謝ってほしいわけじゃないのに。


 気まずさと、恥ずかしさで、ユウくんの顔がまともに見れなくなる。

 そしたら、そこでユウくんは、頭を下げてきた。


「本当にごめんな。昨日アイツに、三島にも言われたんだ。藍ももう高校生だって」

「三島に?」


 そんなの、いつ言ったの?

 もしかして、二人が私抜きで話してた時?


「言われた時は、そんなのわかってるつもりだったんだ。あれからもう何年も経ったんだって。でも、今目の前にいるのは藍なんだって思うと、つい同じような感覚になる」


 そういえば、ユウくんは亡くなった瞬間に意識が途切れて、幽霊になってこの世に現れたのは、昨日が初めてだって言ってたっけ。

 あれからもう何年も経ったんだって頭でわかっていても、実感なんてないのかも。


「ダメだよな。藍だって変わってるってのに、俺だけがあの時のままなんて」

「ユウくん……」


 ユウくんのこんな風に悩んでるところ、初めて見た。


 確かに、ユウくんの態度は、私が小学生だった頃と、ほとんど変わってない。


 平気で頭を撫でてくるし、可愛いって簡単に言ってくる。

 それで私がどれだけ動揺してるかなんて、きっとわかってない。


 だけど、だけどね……

 それだけじゃ、ないんだよ。


「迷惑とか嫌だとか、そんな風には思ってないからね」


 ユウくんの、昔と変わらない態度に戸惑ってるのは、その通り。

 だけど、それが嫌だって思ったことは、一度もない。


「私だって、ずっとお兄ちゃんだったユウくんが、今はほとんど変わらない年になってて、距離感とかわかんなくなってるよ。もう子供じゃないんだし、前と同じじゃダメなのかな、それとも変わらないままで良いのかなって。だから、動揺したり緊張したりする時もある。でもね、ユウくんと一緒にいると、やっぱり嬉しいし、楽しいから」


 面と向かってこんなこと言うなんて、なんだか今までで一番恥ずかしいかも。

 それでも、これは言わなきゃ。色んなものが変わったかもしれないけど、ユウくんが大切な人だってのは、何も変わらない。

 その気持ちだけは、絶対に伝えたかった。


「これからどんな風にやっていけばいいかは、二人で見つけていこうよ」


 ユウくんはそれを聞いて、しばらくの間、何も答えないでいた。

 一言も発することなく、手の平で顔を隠すように目元を押さえる。


「ユウくん、どうしたの? 大丈夫?」


 もしかして、私、何か変なこと言った?

 だけど覆っていた手を外したユウくんの顔は、思いの外嬉しそうだった。


「驚かせてごめんな。でも、藍がこんな事言って元気づけてくれるなんて、本当に成長したんだなって、何だか込み上げてくるものがあったんだ」

「そ、そうなの?」


 う〜ん。そんな事でいちいち感激する時点で、やっぱり感覚がズレてるんじゃないかな。

 だけど、真剣に話すユウくんは、なんだかおかしかった。


「それに、藍に迷惑がられてるんじゃないって分かって、ホッとした」

「迷惑なんかじゃないよ。ユウに、そんなこと思うわけないじゃない」


 ホッとしたのは私も同じ。

 せっかくユウくんとまた会えたのに、こんなことでギクシャクするのは嫌だった。

 だから、ちゃんと気持ちを伝えられて良かった。


「それで、今の藍と一緒にいる上で、俺がこれから気を付けなきゃいけないこって、何かあるかな?」

「うーん」


 言われて考えてみるけど、具体的に例を挙げろというのも難しい。


 けど、もしこのまましばらくユウくんが成仏せずこの世にいるのなら、寝泊まりは昨日と同じで、私の部屋の押入れってことになるよね。

 それに、普段から近くにいることも多くなりそうだ。


 別にそれは嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど、やっぱりある程度の線引きは必要かも。

 でないと、心臓がもちそうにないから。


「……とりあえず、朝起きるのは、私の準備が終わるまで待っててくれる? その……起きてすぐは顔も洗ってないし、髪もボサボサだから……」


 本当は、そういう寝起きの話をするのだって、けっこう恥ずかしい。

 けど、毎朝理由も言わずに押入れの中で待ってもらうわけにもいかない。


「わかった、藍がいいって言うまでは、絶対に出て行かないよ」


 私は恥ずかしさいっぱいで言ったのに、ユウくんは実にあっさりと頷く。

 それは、ちょっと複雑。


(もう小学生の頃とは違うってわかったなら、少しはドキッとしてくれてもいいのに。これじゃまるで、思春期の妹の悩みを聞いてくれるお兄ちゃんって感じだよ。ううん、ユウくんにしてみれば、まさにその通りなんだよね)


 高校生になったことで、妹扱いも変わるかもって思ったけど、ユウくんにとっては、小学生の妹が高校生の妹になったようなものなのかも。


 態度を改めるって言っても、妹扱いそのものは、簡単には変わりそうにない。


 けど妹みたいなポジションなら、それを使って一つくらいおねだりするくらいはいいよね。


「ねえ、手を繋いでいい?」


 それは、昔二人で並んで歩いた時は、ほとんどいつもやっていたこと。

 そんなことできたのは、妹みたいな立場だからこその特権だった。


「手を繋ぐのはいいのか?」

「良いかどうか、それを決めるためにやるんだよ」


 もちろん、そんなのはただの口実。

 兄妹でも、この歳になって手を繋ぐってのはあまりないと思う。

 私だって、人前でそんなことするのは恥ずかしい。


 だけど今、ユウくんの姿は他の人には見えないし、いいよね。


「それじゃ、どうぞ」


 差し出されたユウくんの手に、私の手を重ねた。

 もちろん、ユウくんに触れることはできないから、本当に繋いでるってわけじゃない。


 それでも、手を重ねたまま歩くと、やっぱりドキドキした。


(やっぱり私、今でもユウくんが好きなんだな)


 何度も思ったことを、また改めて思う。


 ユウくんにとって私は妹みたいなもので、今は私だって、その立場をちゃっかり利用している。

 けどできることなら、妹とは違うこの気持ちを、いつかは伝えてみたいとも思ってた。

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