第17話 一夜明けてもドキドキが止まらない

「ね、眠れなかった……」


 ユウくんがうちに来た次の日。私は、目覚ましが鳴るよりもずっと早い時間に布団から出る。


 だって、このまま布団に入ってたって、きっと全然眠れない。

 ひと晩のほとんどを起きてたってのに、眠気なんてほとんどなかった。


 そのかわり、緊張と疲れは凄いことになってるけど。


「昨日のこと、全部夢だったってことはないよね?」


 そもそも眠れなかったんだから、夢なんて見ようがないけど、それでもついそんなことを考えちゃう。


 だって、ユウくんが幽霊になって現れて、色々あってうちに泊まることになったなんて、普通ならありえないもん。


 けど、確かにあれは現実のはず。

 それを確かめるため、私はベッドから降りて、部屋にある押入れに向かって声をかける。


「ゆ、ユウくん?」


 昨日いろいろ話し合った結果、ユウくんは、この押入れの中に布団を敷いて寝てもらうことになった。


 私の部屋以外じゃ、布団を用意したらすぐにお父さんやお母さんに見つかりそう。

 私のベッドのすぐ隣に布団を敷くってのも考えたんだけど、それは無理。

 ユウくんが、好きな人がすぐ隣に並んで寝てるなんて、ドキドキしすぎてとても心臓がもたない。


 そりゃ昔は、隣で寝るどころか、泊まりに来たユウくんの布団に潜り込んだこともあったけど。

 ──う、ううん。今は、それは忘れよう。でないと、それだけで心臓が破裂しそう。


 その点押入れなら、少しだけ離れているし、扉があるから寝ているところを直接見たり見られたりもしない。


 って言っても、こんなに近くでユウくんが寝ているって思うとやっぱり緊張して、ほとんど眠れなかったんだけど。


「ユウくん、起きてる?」


 押入れに向かって、もう一度声をかける。

 少し待ってたら、ユウくんの声が返ってきた。


「藍? 起きてるよ。もう朝?」


 それと同時に、扉から、ユウくんの手が突き抜けてきた。

 物に触れられないユウくんは、自力で押し入れの扉を開け閉めできないから、出入りする際はこんな風になる。

 幽霊ならではのビックリする光景だけど、それがユウくんなら怖くなかった。


 だけどユウくんの頭が出てくる直前、とても重大な問題に気付いた。

 これは、まずい!


「あっ────! ま、待って!」


 とっさに叫ぶと、それを聞いたユウくんの動きが止まる。

 両腕はほとんどこっちに出てきているけど、顔はまだ扉の向こうだ。


「どうかした?」

「ご、ごめん。もう少しだけ、中に入っててもらっていい?」

「──? いいけど」


 お願いすると、ユウくんは素直に、押入れの中に引っ込んでいく。

 よ、よかった。


「ほ、本当にごめんね。すぐすむから、もう少し押入れの中で待ってて」


 それから、そばにある鏡で自分の姿を見る。


 今の私の格好は、シワの寄ったパジャマに、洗ってもいない顔。それに、寝癖がついてクシャクシャになった髪。

 こんなの、絶対に見せられない!


 昨日、お風呂上がりにパジャマ姿を見せた時だって、恥ずかしくて目を合わせられなかった。

 その上こんな格好まで見られたら、今度は死んじゃうかも!


 そんなことにならないよう、まずは素早く部屋を出て、洗面所で顔を洗う。それが終わったら、また部屋に戻って制服に着替える。

 ……部屋に戻って、制服に着替える。


(あの押入れの中に、ユウくんがいるんだよね)


 中に入ってって頼んであるから、出てきたりはしないよね。

 それでも、ユウくんのこんな近くで着替えるって思うと、すっごく緊張する。


 もう。昨日から、心臓が大変なことになりっぱなしだよ!


 けどモタモタしてたら、それこそ不思議に思って出てきちゃうかも。そんなのダメ!

 意を決してパパパーって着替えると、最後にクシで髪を梳いて、リボンでまとめてポニーテールにする。


 できればもっともっと時間をかけてしっかり整えたいけど、それだとユウくんを待たせちゃう。


 手早く、それでも、おかしいところはないか鏡で何回かチェックして、ようやくまたユウくんに声をかけた。


「ユウくん、もういいよ。待たせてごめんね」


 するとさっきと同じように、押入れの扉をすり抜け、ユウくんの手がでてくる。

 そして、今度は途中で止まることなく、全身が出てきた。


「おはよう、藍」


 ユウくんは、理由を告げずに待たせたことには何も言わなくて、爽やかな顔で朝の挨拶をする。

 ちなみにユウくんの格好は、寝る時も今も、昨日と同じ学校の制服だ。

 服もユウくんと同じく実体がないから、汚れることもシワが寄ることもないらしい。


 ただし、一番上に羽織っていたブレザーだけは無くなってた。

 あれを着たままだと寝にくそうってユウくんが思ったら、自然と消えたんだって。

 幽霊って不思議。


「おはよう、ユウくん。ごめんね、待たせて」


 私も、ユウくんに朝の挨拶をする。

 だけど何だか、今日は早くも一日分の疲れを体験したような気がした。


 それから、二人揃ってリビングに行くと、お母さんがテーブルの上に朝ごはんを並べはじめていた。


「お母さん、おはよう」

「おはよう。あれ、今日はもう着替えてるの? いつもなら、まだ寝間着のままでしょ?」


 うっ! それ、わざわざ聞く?


 そりゃいつもなら、私が学校の制服に着替えるのは、朝ごはんを食べたあと。

 けどユウくんの目を気にして着替えましたなんて、お母さんには言えない。

 恥ずかしくて、ユウくんにも聞かせられない。


(こんなことなら、ユウくんは部屋で待っててもらえばよかった)


 そもそもよく考えると、ユウくんはご飯も食べないんだし、ここに来る必要なかった。

 けど、今さらそんなことを思ってももう遅い。


「ちゅっ、中学の頃とは家を出る時間も変わるし、早めに準備するようにした方が良いかなって思ったの」

「出る時間って、ほとんど変わってないでしょ?」

「ほんの少しは変わったでしょ」


 我ながら苦しい言い訳。

 こんな理由で納得してくれたかはわからないけど、とりあえずお母さんは、首を捻っただけでそれ以上は何も聞いてこなかった。


 この話は、もうこれで終わってほしい。

 けどそう思ったその時、今度はお父さんがリビングにやって来て、言う。


「おや、藍。もう着替えてるなんて珍しいな。髪だって、普段ならまだ寝癖だらけなのに」

「~~~~~~っ!」


 どうしてそんなこと言うの!

 ユウくん、今の聞こえてたよね。私が普段寝癖だらけだってこと、聞いちゃったよね。


 声も無くテーブルの上にうつ伏せる私を見て、お父さんとお母さんは、何事かと顔を見合わせていた。

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