第4話 初めての恋の終わり

 幽霊が見える。

 三島は、いつもそう言っていた。それに、どんな幽霊とも会うことができるって。


 本当かどうかなんてわかんなかったし、嘘だったらいいなって思ってた。

 だけど今は、どうか本当であってほしかった。

 それなら、ユウくんにだって会える。


「お願い、ユウくんに会わせて!」


 三島は困った顔をして何も答えなかったけど、それでも私は、何度も何度も頭を下げて頼んだ。


 それが十を超えた頃、ついに三島が口を開いた。


「……幽霊が見えるなんて、嘘だよ」


 ────嘘?


 その瞬間、ピタリと声が出なくなる。

 堪えていた涙が、再び頬を伝う。


「幽霊が見えるなんて、そんなの嘘に決まってるだろ。お前、本気で信じてたのかよ!」


 三島が怒鳴るように言う。

 だけど、もうそんなのどうでもよかった。


 三島の言葉なんて、もう聞こえてなかった。


「う……うわぁぁぁぁぁっ!」


 もうユウくんとは会えないんだ。

 最後の頼みの綱がなくなって、泣き叫ぶ以外にできることなんてなかった。


 涙は後から後から出てきて、いくら泣いても止まらない。

 だけど叫ぶ声はだんだんと枯れてきて、いつの間にか、声が出なくなる。

 それから私は、しゃがみ込んで、ただ涙を流し続けた。


 それを見て、三島がまた近づいてきた。

 しゃがみ込んでる私の隣に、ドカッと座る。


 まだ何か言おうとしてるの?

 幽霊が見えるなんて、そんな嘘を信じた私を笑おうとしてるの?


 三島は、小さな声でボソボソと呟くように言う。


「あのさ……死んだやつには、もう二度と会えないんだよ。どんなに会いたくても、二度と」


 少しだけ顔を上げて、三島を見る。

 今の三島は普段とは全然違ってて、ひどく沈んだ、悲しそうな顔をしていた。


「俺の父ちゃんが言ってたんだけどさ、葬儀ってのは、亡くなった人に寂しい思いをさせないためにするんだって。亡くなった人にしてみたら、生きてた頃の知り合い全員と一気に会えなくなるわけだろ。それって、残される人よりもずっと寂しいんじゃないのか?」


 言われて、想像してみる。

 お父さんに、お母さんに、学校の友だち。今まで今まで生きてきた中で出会ってきた人全てと、会えなくなることを。


 それは、寂しいなんて言葉じゃ足りないくらい、辛くて悲しいんだと思う。


「……うん」


 やっとの思いで、三島の言葉に頷く。


「だからさ、最後に知り合いみんなで集まって、ちゃんとお別れを言わなきゃいけないんだ。亡くなった人が安心して旅立てるように」

「……そう……だね」


 小さく返事をすると、その度に喉の奥が痛くなる。

 それでも、三島の言葉はちゃんと聞いてたし、返事をするのをやめようとは思わなかった。


「なのにお前が行かなかったら、アイツはきっと全然安心なんてできないと思うぞ。あの世に行った後だって、きっと凄く心配する。いいのかよそれで」


 三島はそこまで言うと、じっと私の返事を待つ。

 私は、三島の言った事をもう一度頭の中で繰り返し、それから、ユウくんのことを考える。


 そして、言う。


「……嫌だ」


 ユウくんからは、今までたくさんの楽しい時間や思い出を貰ってきた。

 ユウくんがいてくれたおかげで、毎日が楽しかった。

 なのに最後の最後、自分のせいで心配かけるなんて、寂しい思いをさせるなんて、そんなの絶対に嫌。


「どうする? いくか、アイツのとこ」


 もう一度、三島が聞いてくる。

 私は、すぐに返事はできなかったけど、目をゴシゴシとこすって涙をふいて、ゆっくりと立ち上がる。


「……行く」


 そう言って歩き出すと、三島は黙ってついてきてくれた。


 いつもはイジワルばっかりする三島。

 だけど今は、そばにいてくれて嬉しかった。

 もしも三島が来てくれなかったら、きっと今も、泣き続けることしかできなかった。


「三島、ありがとう」


 お礼を言うと、三島は顔を真っ赤にしながら口ごもる。


「お……おう」


 それからは、私も三島も黙ったまま、二人一緒に歩いていく。


 そうして向かったユウくんの家で、私はようやく、棺に入れられたユウくんと対面した。


 もう二度と目を開くことの無いユウくんを見たら、やっぱり涙が出てきた。

 多分、そこにいた誰よりも泣いた。


 けどそれでも、ユウくんの前に立って、最後のお別れの言葉は、しっかり贈った。


(ユウくん、いままでありがとう。ユウくんのおかげでいつも楽しかった)


 不思議。ここまで来たのはいいけど、お別れの言葉なんて、なんて言えばいいのかさっぱりわかんなかった。


 だけどユウくんを前にしたら、自然と言葉が出てきた。


(ユウくんのこと、お兄ちゃんみたいだって思ってた。でもそれだけじゃなかったんだよ)


 それは、今まで一度も言ったことのなかった言葉。

 だけど、いつか言いたかった言葉だった。


(だってお兄ちゃんなら、一緒にいてあんなにドキドキしないもん。胸がギューってなったりしないもん。ずっとそばにいたくて、自分がまだ子供なのがちょっと嫌で、早くユウくんの隣にいるのが似合うような大人になりたかった)


 ユウくんの棺の中に、持っていた花をそっと置く。


(大好きだよ。ユウくんは、私の初恋だったんだよ)


 でしたら、生きている時に言いたかった。

 今の言葉、ユウくんに届いたかな?


 ユウくんと一緒の日々は、それに私の初恋は、こうして終わりを迎えた。


 恋として好きなんだって、一度も言えないままだった。


 それでも、ユウくんのことを思い出せば、何度だって思う。

 大好きだったって。





 そして時は流れて、今の私は高校生。

 ユウくんが亡くなった時と、ほとんど変わらない年になりました。

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