三等身の仔の喉の奥

安部史郎

第1話

 いままでにみた夢の中では奇妙なもののたぐいだった。

 そのときは、いつものところだと思った。明るさを少し控えた、三畳よりも少し狭い天井を抑えた店のような処だ。いつものように横に伸ばしたカウンターのような長テーブルに、皆んなおぶさるように身を預け座っている。店だから皆んな出入り自由だし、そこに居るものは皆んな他人なのだが、おぶさるように顔を隠してるその誰もから身内の匂いが立ち昇っていて消し去れない。

 だから、そこは、外階段を上って屋根裏に造りつけたいきつけの「いつものバーなんだ」ととしても、跳ね返ってくる。

 けっして、スティングなんかじゃない。

 男か女か若いか年寄かおじさんかおばさんかさえ分からぬ身内のような誰もが、カウンターのように伸びた長テーブルの片側に行儀よく並んで座り、足元のかごに入れた仔を隠してる。

 ひとつにひとり。店が用意したものでなく、それぞれが仔を入れて担いできものだろうか。そろいもそろって竹よりも柔らかなアケビの蔓のようなもので編んだ柔らかで少し歪んだ四角の形を呈している。

 順々に勘定してはいないが、それは確かなことだ。


 薄暗いことをいいことに誰も動かない。動かないが、籠の中のひとつがもぞもぞしそうで、それが泣き声を発しそうなのに気付き、慌ててそのひとの脚の下からそれをつかまえにいく。

 なぜか、こけしのような硬いものを連想しながら手を突っ込んだ。冷えた大きなあたまは大雪の戸外こがいに三日浸けていたこけしだったが、やはり仔なので温かく、すぐに抱き寄せるような抱っこをする。

 

 薄暗いのをいいことに、ほかの大人は誰も動いては呉れない。

 それをいいことに、わたしは出鱈目でたらめにあやし始める。

 

 三畳間よりも狭いスティングなのに、中は以外に広く、わたしたちを邪魔する狭さは感じない。

 踊るのでなくあやすだけだから、半畳の足場さえあればいいのだが、わたしの両脚は覚えていないステップを踏んでいる。リズムを刻んでいる。

 誰も動かないのは周知のことなので、薄暗かった照明はスポットに切り替わり、もうわたしとその仔の顔しか映しては呉れなくなった。

 この仔の親もこの中に混じってるのであろうが、頬を震わせてる感じさえ伝わってこない。

 スポットに照らされているのが顔ふたつなのをいいことに、二人きりになってる。


 こけしのあたまの仔は、三等身だった。

 首が支えきれないようなおおきなあたまのせいで古いこけしのように何度もあたまが取れてしまったのか、首に補修のあとがある。多分、そうした専門の掌によるものでなかったのだろう、まっすぐでない斜めのジグザグのタコ糸が縦横に走っていた。泣き出そうと大きく息を吸うたび吐くたびに血糊だけでくっつけたその場しのぎの割れ目がブルブル震え、いまにも端を切って溢れてきそうになる。

 その仔の涙よりも先に溢れてきそうになる。


 だから、わたしはあやさなければ

 泣いたらきっと、取り返しのつかない難儀が待っているから


 おー、よしよし、泣くんじゃない、泣くんじゃないと、泣き出すことが許されずにきたズタズタの三等身の仔をあやし続けねばならない。

 続けていくうちに、こんなにも奇妙で出鱈目で、ちっとも可愛いところの無い仔なのに、気味悪いとか気持ち悪いだとかの感じは生えてはこない。

 可愛いと、愛おしいと思い続ける感じは毛ほども揺るがない。


 自分の感じの方が麻痺してるだ。それは分かってる。

 分かっていながらそれをぬぐえない不可思議な感じが覆い始めてる。

 その仔と一緒にそれをわたしは抱きしめてる。すると、・・・・・・その仔の裂けるほど大きく開ひた口の奥が、喉の奥が、外頸部がいけいぶと同じく、そうした専門の掌によらない補修で、「どうせよそからは見えないんだからいいだろう」と乱暴に誤魔化した括り糸くくりいとのようにの斜め線の縦横が走っていた。

 

 これじゃあどんなになってもこの仔は泣けないわけだと合点がいき、覚めた。



 

 

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三等身の仔の喉の奥 安部史郎 @abesirou

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