天然色のお正月

安部史郎

第1話

 母がまだ生きているような、生きているのを見過ごしてきたような感じからだった。


 いまは九十半ばきゅうじゅうなかばだと云うから符号する。十数年前のあのとき、あんたが死んだだと決めてかかったからそれからずぅーとこっちなんだと云う。それに気づかずの十数年かと思ったら、気の毒になった。

 それでも、ずぅーっとひとつところにいたからかすごく肥えていて、なんだか母というより祖母のような気がする。白山公園のブランコにのって、「なんでばあちゃんはおかあさんとケンカばかりするの」と、悟かった5才児のわたしが問うた祖母のような気がする。

 もちろん、大人になって悟くはなくなったわたしはそんなことは口にしない。九十半ばのばあさんはにこやかに孫を見ている眼でわたしを見ている。


 九十半ばのばあさんは、母でも祖母でもないのだ。ふたりとも七十代で死んだのだから、そんなはずはないのだ。そんな線香臭い感じが横から吹いてきたのをんでか、ずっと無口だったばあさんは明るいくれないじみた声を発する。

 正月の百人一首でやるカルタ取りの読み手の丸ぁるいまりつきの弾んだ声がする。


 みると、読み札をよんでいるのは十二単じゅうにひとえに白というより銀色の発光した白髪あたまの妻だった。その大広間には、これ以上の真剣はないという顔で、孫、曾孫ひまご玄孫やしゃごが揃って、キラキラの勝ち負けをせってる。

 こんな天然色に満ちた正月が四十年後に待っているのだと思うと、既にわたしのかたちはなくなっているのだとしても、どうかそこに立ち会わせてくれろと前のめりに拝もうとしたら、覚めた。 

 

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天然色のお正月 安部史郎 @abesirou

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