第1話 日本文化学概論

「さてと、そろそろ日本文化学概論について、話を戻そうかな。」

 一条先生がコツコツと革靴の足音を立てながら、教室内を歩き始める。

「この授業を履修するほとんどの子は人文学部の子だと思うけど、日本文化学では、どちらかというと文学というより、民俗学や宗教学を取り扱います。」

 聞きなれない「みんぞくがく」という単語戸惑う。そもそもどんな字を書くか、曖昧に想像するところまでしかできない。


「民俗学や宗教学といっても、昔話や怪談、神話などを知識として皆に説明するよりは、多角的にその説が正しいか、を検証することが僕は大切だと思っています。」「例えば………お化けは本当にいるのか。」

 その瞬間教室内の電気が消え、悲鳴が上がった。


 慌てて見渡すと、後方で「ふふっ」と笑う一条先生が見えた。

「ごめんね。そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど。」

 一条先生はそのまま真ん中の通路を歩きながら、話をつづけた。


「お化けに限らず、都市伝説とか。そういったものは"怖いもの"という先入観から、真実を探ろうとしない人がほとんどだと思う。でもね。」

 教壇に戻ってきた一条先生はまた見渡しながら、マイクを口元に近づけた。

「なぜ怪奇現象が起きるのか、そしてどうやって広まっていくのか。知りたいと思わない?」


 俺は不思議な気持ちになっていた。それまで全く興味がなかった「みんぞくがく」とやらも、「怪奇現象」とやらも。

 ただ国語が得意だから入っただけの人文学部で、ただ何となく選んだ日本文学概論がここまで何かをくすぶるとは思ってもいなかった。

 俺は深層心理でこの分野を気になってたんだろうか。

 いや、違う。きっとこの一条薫という人間の語りに引き込まれてしまったんだろう。


「それじゃあ、時間も近づいてきたので授業はここまでにしようと思います。正直、僕の授業は合う合わないがあると思うので、今日の話を聞いて、履修登録を変更してもらっても構いません。もし、僕の授業に興味を持ってくれた人は、また来週、10時50分にこの教室で会いましょう。お疲れさまでした。」


 会釈した一条先生と再び目が合ってしまい、なんとなく俺も会釈を返した。

 周りが帰り支度をし始め、俺も一度も使わなかった筆箱をカバンに詰めている時、教室の後方からやけに騒がしい音が聞こえてきた。

「あーごめん!ちょっと、どいて、どいてどいて!」

 何事かと思い、後ろを振り向くと真ん中の通路を、鬼の形相で走ってくる女性が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る