第17話 リアはクレア様が心配です


 深夜のホールで真面目な顔をしている、シリウス様、ピーター、リア。

 リアたちは、城の中でクレア様と接する機会の多い三人です。


「お集まりいただきありがとうございます。今日集まっていただいたのは、最近クレア様のご様子がおかしいからなのです」


「オイラは運動の時間くらいしか接してないから、大したことは言えないッスよ」


「けれどいつの間にかピーターは、クレア様の友人になっているではありませんか。男友達の意見はあった方がいいです」


 シリウス様も神妙な面持ちで考え込んでいます。


「余でも気付くほどに、最近の幼児の言動はおかしい」


「はい。ある日を境にシリウス様に猛アタックを行なっています」


 考え込むリアたちのことを、ピーターが不思議そうに眺めています。


「急に好きになることって普通じゃないッスか? 恋は突然、燃え上がるものッスから」


 確かにそういう場合もあります。

 ですが、どうもクレア様はそういう感じでもないのです。

 シリウス様のことを嫌ってはいないと思いますが、恋が燃え上がっているようにも見えないのです。


「どちらかと言うと、恋が燃え上がっているように見せようとしている」


「それです。クレア様の猛アタックは、パフォーマンスっぽいのです」


 変わったところの多いシリウス様ですが、今のシリウス様の意見はリアが言いたかったことそのものです。


「それって何の意味があるんスか?」


「そこが問題なのです。何故クレア様はそんなことをし始めたのでしょう」


 リアには、クレア様がそんなパフォーマンスを始めた理由が全く分からないのです。


「恋をしてみたいお年頃なんじゃないッスか?」


「それだけでしたら、いいのですが……」


 シリウス様に猛アタックをしているときのクレア様が、満面の笑みを浮かべていることが、リアはどうも引っかかってしまうのです。


「辛いときこそ笑わないと。それが人間の強さってやつですから」


 リアが呟くと、シリウス様がリアのことを見ました。


「これは、前にクレア様が言っていた言葉です」


「……やはり、何か問題を抱えているようだ」


 頭を捻ってクレア様の抱える問題を考えるも、該当するものは思いつかなかった。


「クレア様が変になったのって、いつ頃からッスか?」


「確か、シリウス様が採掘場から帰ってきてからなのです」


「帰ってきた直後は何ともなかったはずだ。おかしくなったのはその数日後……」


「ネックレスをあげた頃ッスか?」


 そうでした。

 ネックレスを貰った翌日から、クレア様の様子がおかしくなったのです。


「あれは首輪だ」


「ネックレスだと思うッス。それも、とびっきり高級な。換金したら数十年は遊んで暮らせそうッスよね」


 クレア様もそう言っていました。

 そして一番小さな宝石の付いたネックレスだけを首にかけ、その他のネックレスは傷が付かないように宝石箱にしまい込んでいます。


「しかし首輪を与えられたからと言って、愛を叫ぶのは短絡的ではないか?」


「もっと宝石が欲しい……わけでもなさそうでしたよね」


 クレア様は、シリウス様をおだててもっと多くの宝石を手に入れようとしているようには見えません。

 それどころか高級なネックレスを貰って、困っているように見えました。


「分かったッス! ネックレスは関係無くて、勉強が嫌だったからシリウス様に甘えて勉強を減らしてもらおうとしていたッスよ!」


 ピーターが新しい意見を出しました。

 これについても考えてみることにしましょう。


「シリウス様は、対価を要求するためにクレア様に勉強をさせているのですよね?」


「ああ、そういうことにした」


「そういうことにしたって、どういうことッスか?」


 ピーターの率直な質問に、シリウス様は答えました。


「ここから出て行く際に、教養があった方が職の幅が広がる」


 シリウス様がそんなことを考えていたなんて、リアは知りませんでした。


「クレア様はずっと城にいるんじゃないんスか?」


「ここには幼児の他に人間がいない。ゆえに、いつか彼女はここを出て行くことになる」


 森には使用人以外の狼もカラスもいるので、リアたちは番を見つけることが出来ますが、森に人間はいません。

 そのためクレア様は番を見つけるために、いずれは城を出ることになるでしょう。

 ですが、今の時点ですでにその準備を始めていたなんて。


 ここまで考えたところで、あることに思い至りました。


「もしかしてネックレスもそのために、ですか? 城を出た後でクレア様がお金に困らないように、換金させるために、渡したのですか?」


「首輪だと言っているだろう。首輪の方が、換金に罪悪感も湧かない」


「オイラ、ネックレスは換金に罪悪感が湧いて首輪は湧かないって理屈はよく分かんないッス」


「異性に貰ったアクセサリーを換金するのは、こう、悪女みたいであろう?」


 その辺の感覚はリアにもよく分かりませんが、しかし、クレア様の異変の理由は分かった気がします。


「クレア様は、シリウス様の意図に気付いたのではないでしょうか」


「意図っていうのは、城を出た後のための準備のことッスよね?」


「そうです。つまり、将来的にシリウス様がクレア様を城から出そうとしていることに気付いてしまったのです」


 ここまで言っても、当のシリウス様にはリアの言いたいことが伝わっていないようでした。

 仕方がないので、察してもらうことを諦め、リアの予想をすべて伝えることにしました。


「クレア様は、城から出たくないのではないでしょうか。そのため、シリウス様に惚れていることにして、城に留まる理由を作ろうとしているのだと、リアは思います」


「シリウス様の番だから城にいる、ってみんなに思われたいってことッスか」


「何故そんな面倒な真似をする? 城にいたいのなら、そう言えばいいであろう」


「これはリアの予想ですが……これまでクレア様は、自分の希望が通る経験をしてこなかったのではないでしょうか」


 成功体験が無いため、自分の希望が通るとは思えなかったのでしょう。

 思い返してみると、シリウス様に好きな形や色を聞かれた際にも、クレア様は即答できませんでした。

 何がしたいのかと聞かれた際にも答えられませんでした。

 これまで“自分で選ぶこと”をさせてもらえなかったのだと想像できます。


 だから誰からも納得される理由を作って、その理由のために行動していると見せたかったのでしょう。


「シリウス様に手を出されれば、城にいる大義名分が出来ますから」


「余には幼児に手を出す趣味はない」


 シリウス様はムッとしていましたが、この説はおそらく当たっていると、リアは思います。


「では、余を好きな振りなどせずとも城にいていいと、幼児に伝えればよいのか?」


「うーん…………しばらく見守るのはどうでしょうか」


 何故なら、リアは思い出しました。

 “シリウス様を好きなクレア様”の仮面を被っているときのクレア様は「追いかけっこがしたい」と、やりたいことを口に出して言えていました。

 それがシリウス様に惚れているように見せかける作戦の一つだったとしても、それでも、自分の希望を口に出せたのです。

 絶体絶命のピンチに陥ってやっと言える自分の希望を、仮面を被ったクレア様はさらっと言えたのです。

 同じようなことが何度も起これば、そのうちにクレア様は、自分の希望が通る成功体験を積み重ねることが出来るかもしれません。


「当面はクレア様の自由にさせてみるのが良いと、リアは思います」


「クレア様はまだ城に馴染んでないッスからね。オイラも、しばらく見守るのはアリだと思うッス」


「なるほど。見守るのも育児とは、こういうことか」


「はい。問題が生じたらフォローできるようにしつつ、見守りましょう」


 クレア様が、素の自分で「城にいたい」と言えるようになるその日まで。




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