第15話 『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』
『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』は、気軽な追いかけっこのつもりで提案した。
すぐに私をつかまえたシリウス様が『つかまえた。もう二度と離さない』と私を抱きしめて終わる、追いかけっこよりもイチャイチャがメインの恋人同士のじゃれ合い。
そのつもりだった。
しかし、シリウス様の決めたルールはこうだ。
追いかけっこの範囲は森の中だけ。
鬼であるシリウス様は、追いかけっこが始まってから一時間後に動き出す。
逃げる私は一時間の間に森の中を観察して、逃げたり隠れたりする場所を探す。
「……恋人たちのイチャイチャよりも、兵士の潜伏訓練っぽい。追いかけっこ用にと渡された服もそんな感だし」
そんな独り言を呟きながら森を歩く。
用意された服がやたらと動きやすいからサクサク進めてしまう。
「とりあえず城からは離れておいた方がいいはず」
このルールと服装からして、すぐにつかまってもウフフアハハはしてくれなさそうだ。
それどころか、手を抜いたとして嫌悪される気がする。
「腕輪をくれたのは素直に嬉しいけど!」
私は腕に付けた二本の腕輪を眺めた。
追いかけっこのためにシリウス様がくれたものだ。
片方の腕輪には森に掛けられた幻惑魔法を無力化する魔法が掛かっていて、もう片方の腕輪には防御魔法が掛かっている。
「危険な目に遭っても私を守ってくれる腕輪って……私、危険な目に遭うの?」
森だから凶暴な野生動物がいるのかもしれない。危ない崖があるのかもしれない。
……そんな場所で追いかけっこをするつもりはなかったのに。
城の周りでちょっと走るだけのつもりが、大事になってしまった。
「シリウス様、追いかけっこに本気すぎない?」
* * *
森の中を歩き回り、いい場所を見つけた。木の上だ。
木の上に登れば、私からはシリウス様がどこにいるのか見つけやすく、シリウス様から私は見つけ辛い。
さらに私を見つけても木を登るのは走るよりも時間がかかる。
その間に私は別の木に飛び移って逃げられる。
好条件が揃っていると言える。
「さてと。シリウス様はどこかな?」
私は木の上から森の中を観察した。
すでにシリウス様のスタートする時間になっているはずだ。
しばらく木の上でじっとしていると、遠くからこっちへ向かってくる人影が見えた。
そして予想外のものまで見えてしまった。
「ちょっと待って!?」
シリウス様は、死神の大鎌を背負って私を探していたのだ。
あまりのことに動揺して、身体を大きく揺らしてしまった。
咄嗟にバランスを取ったため木から落ちることはなかったが、足を乗せていた枝がしなり、葉が音を立てた。
その途端、周囲を捜索しながら歩いていたシリウス様がまっすぐに私の方へ向かって走ってきた。
やばい、見つかった!
「木の上とは、なかなかやるではないか」
すぐに声の届く距離までやって来たシリウス様が私を褒めた。
「ありがとうございま……じゃなくて! どうして大鎌なんか持ってるんですか!? そんなもので斬られたら大怪我しちゃいますよ!?」
「平気だ」
大鎌に怯えていた私は、シリウス様が即答で平気だと言ってくれたことで胸を撫で下ろした。
「そ、そうですよね。本当に斬ったりなんか……」
「回復薬は大量にある」
ちっとも平気じゃない!!
回復薬があるのなら傷は治癒するかもしれないが、斬られたら普通に痛い!
大鎌での攻撃が、斬るのか刺すのか狩るのかはよく分からないが、どれにしても絶対に痛い!
「大鎌を使ってつかまえるなんて聞いてませんよ!?」
「せっかくの死神との追いかけっこだ。この方が、緊迫感が出るであろう」
「緊迫感は求めてません!」
どうやらシリウス様はサービス精神で大鎌を背負ってきたようだった。
城に来た初日から思っていたが、シリウス様のサービス精神は変な方向に突っ走りがちだ。
「木登りは久しぶりだな」
あっという間に私のいる木の真下までやって来たシリウス様は、久しぶりといいつつ簡単そうに木登りを始めた。
長い手足を使ってどんどん上へと登ってくる。
「魔法は使わないんですね」
「追いかけっこに魔法を使うのは卑怯であろう。そのくらいは心得ている」
どうせなら追いかけっこでは大鎌のような武器を使わないことも心得ていてほしかった。
「魔法使いはひ弱だと思っていましたが、意外と筋肉があるんですね。キャー、カッコイイ」
「肉弾戦では狼の使用人たちに秒殺されるがな」
「秒殺ですか……」
お喋りをしつつ、私は木から木へと移動をした。
位置の近い木へは飛び移って、少し遠い木へは蔦をロープ代わりにして移動し、木の上を進んでいく。
「器用なものだな」
「お褒め頂き光栄で……ぎゃっ!?」
飛び移った木の枝が嫌な音を立てた。
太い枝に飛び移ったつもりだったが、勢いよく飛び乗ったせいか、枝が折れて足場が消えた。
これは、落ちる。
……腕輪の防御魔法とはどんなものだろう。
私を完全に守ってくれるのだろうか。それとも普通に落ちるよりは少しマシ程度で痛いには痛いのだろうか。
落下を覚悟した私がそんなことを考えていると、後方の木の上にいたシリウス様が大鎌を投げた。
大鎌はブーメランのように私の方へと飛んでくる。
「ギャーーーッ!?!?」
このまま落ちて地面に激突するのと大鎌が刺さるのの二つが一緒に起こったら、防御魔法はどっちを防御してくれるのだろう。
それとも両方防御してくれる?
まさか強すぎる攻撃で防御魔法が破られてどっちも防げない?
「シリウス様、愛してましたーーー!!」
恐怖のあまり雑な遺言を残して目を固く閉じた。
……が、いくら待っても予想していた痛みはやってこなかった。
様子がおかしいとゆっくり開けた瞳に映ったのは、青々とした木々だった。
「何が起こった……の?」
両手には葉の感触。
どうやら私は寝転んでいるようだ。
しかし地面にではない。
慌てて状況を確認すると、私が寝転んでいたのは葉の敷き詰められたベッドの上だった。
ただ葉を山盛りにしたものではない。
ベッドの骨組みの上に布団の代わりに葉が敷き詰められているのだ。
「どうして森に、ベッド?」
混乱している私の肩が優しく叩かれた。
「つかまえた」
振り返ると大層ご機嫌な様子のシリウス様が私の肩に手を置いているのだった。
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