第12話 蒼い宝石と『まねっこちゃん』
出掛けてからたった三日で、シリウス様は城に戻ってきた。
使用人が総出で出迎えをしていたので、私も列の端に並んでお辞儀をした。
「おかえりなさいませ」
「うむ。余が留守の間、変わりはないか」
「今回は早いお帰りでしたので、何も変わりはございません」
…………あれ?
採掘場に行って、宝石を採掘して、また城に戻ってくるのは、三日で出来ることなのだろうか。
私がハテナマークを浮かべていると、横にいたリアが「シリウス様は移動魔法で採掘場まで飛べるのです」と教えてくれた。
魔法はとても便利なようだ。
「しばらくは自室で作業をする。引き続き、城のことは任せる」
「かしこまりました」
このときは、城内にいるのに城のことを任せるなんて不思議な表現だと思っていたが、それからさらに三日間シリウス様は部屋から出て来なかった。
しかし使用人たちはこの状態に慣れているらしく、いつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
* * *
ある朝、朝食を食べにホールへ行くと、上機嫌のシリウス様が座っていた。
そしてテーブルに並んでいるのは、シリウス様が用意したと思われる料理の数々だ。
使用人たちの料理も美味しいものだったが、一目でそれと分かるほどに目にも美味しい料理を作るシリウス様は、ものすごく料理上手なのだと再確認した。
「おはようございます。お久しぶりです」
「うむ。久しいな」
さっそく席に着いて、シリウス様の作った朝食を食べる。
カリカリに焼いたベーコンがふわふわの卵によく合う。
シリウス様がいない間は町に卵を買いに行けないため、卵料理は久しぶりだ。
「ごちそうさまでした!」
朝食を平らげたところで、笑顔のシリウス様が手招きをした。
何だろうと近付くと、後ろを向かされたので黙って従う。
「やっと首輪が出来上がった。我ながらいい出来だ」
どうやら作っていた首輪を私の首に付けているようだ。
しかし、首輪にしてはものすごく違和感がある。
具体的に言うと、首に巻きつく圧迫感と重量感が無い。
私がホールの端に立つリアに向かって視線を送ると、私の求めている物を素早く察したリアが鏡を取り出して私に向けてくれた。
やっぱり……。
これ、私の思っていた首輪じゃない!
「シリウス様、これは首輪ではなくネックレスです」
私はシリウス様に向き直ると、自分の首にかけられたネックレスを掴んで言及した。
「呼び名はどうあれ、どちらも首に付けるものだろう」
「用途が違います。ネックレスは令嬢がオシャレで付けるものです」
「そうか。幼児にはまだ早かったか」
幼児とは私のことだろうか。
私は幼児ではないし、そういうことを言いたいわけでもない。
何もかもが間違っている。
「しかもこんなに大きな宝石を付けたネックレスは、相当な値段のはずです。私には頂けません」
「気に入らないのか?」
「気に入る気に入らないの問題ではなくてですね……」
ネックレス自体はとても美しいと思う。
大きな蒼い宝石の周りに、別の小さな宝石が散りばめられていて、思わず見惚れてしまう。
でも、だからこそ、私が付けるにはもったいない代物だ。
「安心するといい。そなたが気に入らない可能性も考えてある」
そう言ってシリウス様は、どこからともなくたくさんのネックレスを取り出した。
すべてのネックレスに蒼い石がはめ込まれている。
「宝石の蒼さに種類がある上に、町で流行しているデザインにも種類があった。ゆえに、様々なパターンの首輪を作っておいた」
これには唖然とするしかなかった。
私は一体何に安心すればいいのだろう。
言うべき言葉が見つからず、助けを求めてリアを見たが、リアは静かに首を振っていた。
リアの顔には「シリウス様に常識を求めてはいけません」と書かれていた。
「そなたのための首輪だから、気分によって付け替えるのもいいだろう。すべて与える」
「あの、私なんかに与えるのではなく、町で売った方がいいと思います。こんなすごいネックレスは」
「どの首輪も気に入らないから捨てたいということか?」
なおも遠慮をする私に、シリウス様は眉をひそめた。
そういう意味ではないと慌てて言葉を付け足す。
「まさか! 立派なネックレスなので、売ったらいいお金になると思いまして」
「金なら足りている」
うわあ。一生に一度は言ってみたいセリフだ。
この城を見るに、シリウス様にとってはただの事実なのだろうが。
「そなたは、与えられたものをただ受け取ればいい」
「ですが」
「余は、礼の言葉以外は聞きたくない」
「……ありがとうございます」
私は観念してネックレスを受け取ることにした。
いくら説明をしたところで、シリウス様の気持ちは変わらないと感じたからだ。
私のお礼を聞いたシリウス様は、大量のネックレスをリアに預けた。
きっとあれらも私の自室に運ばれるのだろう。
ボーっとリアに運ばれていくネックレスたちを眺めていると、シリウス様がまた何かを取り出した。
「首輪の他に玩具も作った。これで遊ぶといい」
「……これは?」
シリウス様の手に乗っているのは、小さな猫の人形だった。
「『まねっこちゃん』だ」
「まねっこちゃん」
「幼児は真似っこが好きであろう?」
猫と真似っこを掛けた安易なネーミングはツッコミ待ちだろうか。それとも大真面目に考えたものだろうか。
とりあえず。
「シリウス様。何度も言いますが、私は幼児ではありません」
「『まねっこちゃん』は、右耳を押すと録音が開始し、もう一度押すと止まる。左耳のボタンを押すと録音した音声が再生される」
シリウス様は私の反論など聞いてはいなかった。
しかしこれは、便利な道具の気がする。
『まねっこちゃん』にリアの授業を録音しておけば、一人でも音声を再生しながら復習が出来るのだ。
「『まねっこちゃん』は実用的な道具ですね。すごいです」
「そうであろう!」
自分の作った物を褒められたシリウス様は、ぱあっと明るい表情になった。
「やはり幼児には首輪よりも玩具がよかったか!」
幼児ではないし、『まねっこちゃん』は玩具としてではなく勉強道具として使うつもりだ。
しかし、わざわざシリウス様の機嫌を損ねる必要も無いだろう。
「ありがとうございます、シリウス様。とっても嬉しいです」
お礼を述べると、シリウス様は嬉しそうに私の手に『まねっこちゃん』を乗せてくれた。
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