第9話 愛玩動物って……
「遅くなって申し訳ありません!」
「構わん」
ディナーの時間になったのでホールへ行くと、すでにシリウス様は席に着いていた。
慌てて私も席に着く。
「いただきます」
今日もテーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。
初日よりも野菜が多めに使われていて、私のへなちょこな胃でも問題なく消化できそうだ。
「勉強は進んだか」
ディナー開始早々に聞かれたくない質問を投げられてしまった。
進んだか進んでいないかで言うと、予想を遥かに上回る遅いペースで、ほんのちょこーっとだけ進んだ。
「すす……み、ました」
「そうか」
シリウス様は、目を逸らしながらの私の答えをどう受け取ったのだろう。
表情を変えず、優雅にスープを口へと運んでいる。
「昨日から思っていたのですが、シリウス様は死神なんですよね? それなのに食事は私と同じなんですね?」
気まずくなった私は、勉強から話題を変えるため、食事の話を振ってみることにした。
「そなたは余程『食』に興味があると見える」
しまった。
昨日から私は食事に食いつき過ぎている。また食いしん坊だと思われたかもしれない。
「気にするな。今さらだ」
私の考えを察したようにシリウス様が言った。
いやいや、気にするなと言われましても。
第一印象が“食いしん坊”というのは、レディーとしては少し恥ずかしい。
「食べることは生きることと同義だ。生命力に満ちている者は、見ていて気持ちがいい。さあどんどん食べよ。城の食材を食い尽くしても構わんぞ」
顔を赤くする私を見たシリウス様が、フォローのつもりらしい言葉を付け足してくれたが、果たしてフォローになっているのだろうか。
さすがに城中の食材を食い尽くしたりはしないが、その可能性も視野に入れるほどに、シリウス様の私に対する印象は“食いしん坊”のようだ。
「ところで先程の質問の回答だが」
自分で聞いたくせに、先程の質問とは何だろうと私が首を捻ると、シリウス様はわざわざ質問内容から答えてくれた。
「死神である余が人間と同じ食事をとる理由だが、そもそも余は食事をとる必要が無い。しかし興味はある」
「興味、ですか」
「食は人間が最も発達させてきた文化だ。煮る、焼く、茹でる、蒸す……暇つぶしに研究するには、もってこいの題材だ」
なるほど、それならシリウス様の作る料理に夢中な私と相性抜群なのでは!?
いや、私は断じて食いしん坊ではないが。
「……さて。そなたは食のことばかりを話したいようだが、別の話をしてもよいか」
「へ!? も、もちろんです。私は食以外の話もできます。何の話でしょうか?」
「余は愛玩動物とやらを飼ったことがないのだが、具体的には何をすればよいのだ」
ものすごく人間扱いされているから忘れていたが、私はシリウス様のペットとしてここに来たのだった。
侯爵家でもペットを飼ってはいなかったため、想像でしかないが、ペットの飼い方を伝えた。
「ペットは、家に住ませてあげて、餌を与えてあげて、散歩をしてあげて、あとは撫でたり一緒に遊んだりする感じだと思います」
「……ふむ。ならばそなたは余と契約したあのとき、『城に住ませて餌を与えて散歩をして撫でで遊んで』と言っていたのか」
あれ。そうなっちゃいます!?
絶体絶命の場面で、私はシリウス様に、贅沢な暮らしを要求していた!?
「すみません! そんなつもりはなかったのですが」
「構わん。余はそなたの図太さを気に入っている」
「本当にそんなつもりはなく、あのときは拾われようと必死だったため無意識に」
「無意識に三食昼寝付きを所望したのか」
そうなっちゃいます……ねえ。
昼寝までは要求していないが。
「あの場面ですら不遜なそなたは、将来大物になるだろう」
「申し訳ありませんでした」
慌てて何度も頭を下げる。
シリウス様に怒っている様子はなかったが、思い返すとあまりにも失礼だった。
「あのときは私もどうかしてたんです。だって、本当におかしな話です。何の役にも立たないのに城に置いてくれ、だなんて」
「余も要求はしているであろう」
そうは言っても私がシリウス様にされた要求は、今私が受けている待遇に見合うものではない。
「私が勉強しても、シリウス様の得にはなりません。私のことは、もっとこき使ってください」
「今は必要ない。余の本当の要求は、そなたが賢くなったそのときにさせてもらう。だからまずは賢くなることだ」
「ですが、ここまでよくしてもらっているのに、何もしないのは心苦しくて」
無意識にペットとして贅沢な暮らしをさせてほしいと頼んでいた私だが、これは本心だ。
何の役にも立たないまま城に置いてもらうのは、居たたまれない。
「ならば、そなたは何がしたいのだ?」
「それは……」
問われて気付いた。
侯爵家から救ってくれたシリウス様に恩返しがしたいのに、自分に出来ることが何一つ思いつかない。
教養がなく、金や権力を持っているわけでもない、ただの少女に出来ることとは何だろう。
唯一の特技である家事は、この城では求められていない。
家事を引いた自分に残るものは…………。
「すみません。出来ることが見つかりません」
ありのままに伝えた。
何の価値も無い人間を拾ったと後悔させてしまうかもしれないが、いくら探しても自分に出来ることは見つからなかったのだ。
「…………そなたは愛玩動物だ。ただそこにいるだけでよい」
シリウス様の言葉は、優しさのつもりだったのかもしれない。
しかし自分の無能ぶりに傷心している私には「役立たず」と聞こえてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます