第5話月牙
目が覚めると、昨日とは違う天井。そうか、昨日の一件で家が燃えたせいで、ギルドに寝泊まりすることになったんだった。
結局、あの会議は、よく分からないまま終わってしまった。
たしか、クレアとネオの二人が、どこかの犯罪組織に攻め込むっていう話になったんだよな。
ただ、俺には関係のないこと。
俺は、いつも通り、身支度を整えようとした。もちろん、学校へ行く為のだ。だが、俺が準備するよりも早く、麗音が部屋の前に立っていた。
「ボス、荷物はこちらです」
そう言って、荷物を手渡してきた。
俺は昨日、麗音には大事な用としか言っていないのに、どうして学校に行こうとしていることが分かったんだよ。それに、止める様子もない。ということは、学校に行っても問題ないと判断してくれたのか。
それならば、何の気兼ねもなく行ける。
俺は荷物を受け取ると、麗音に見送られながらアジトを出た。
目的地の学校は、前の家からなら歩いて十分くらいで着いたが、ここからだと三十分はかかるだろう。だが、たまには時間をかけて行くのも悪くない。
三十分の時間をかけて、いつもと違う通学路を歩いた。道中には、同じ学校の制服を着た子が何人もいた。
当然、彼らは俺がギルドのボスをしていることについては知らない。だからこそ、彼らは他の生徒と同じように挨拶をして、接してくれる。それに対して、俺も同じように接する。
そして、校舎の中へと入り、皆と同じように授業を受ける。
しかし、昨日の一件のせいで、学校に必要なものが全て燃えてしまった為、手元にあるのは、すぐに用意できたノート筆記用具だけだ。
仕方がなく、隣の席の子に頼むしかなかった。
「よければ、教科書を見せてくれないか?」
「いいよ、もしかして忘れたのかい?」
「ああ、そうなんだよ。あと出来れば、他の教科の時間も見せてくれないか?」
「全教科、忘れたのかい!?面白いね、どうしたら教科書だけを忘れるんだよ」
隣の席の彼女とは、初めて会話をした。それがまさか、こんな形になるとは思っていなかった。
彼女は笑いながら、教科書を俺にも見せてくれた。
何て優しい子なんだ。
そんな彼女のおかげで、一先ず午前中の授業を無事に終えることが出来た。
「ねぇ、良かったら一緒に昼食をとらないかい?」
それは、隣の席に座る彼女からの誘いだった。誰かに昼食を誘われるなんて、初めての経験だ。でも、普通の高校生は、これが日常生活なんだよな。
俺は彼女の誘いを受け入れた。彼女に案内されたのは、校舎の屋上。
天気が良い今日ならば、最高の場所だろう。来るのは初めてだが、程よいが風が吹き、思っていたよりも気持ちのいい場所だ。
俺たち以外の生徒はいない。こんな良い場所に誘ってくれた彼女には、感謝だな。
広い屋上の中心で。二人で向かい合うようにして座った。
「そういえば、まだ互いの名前を聞いていなかったね。私は、
「俺は、紫苑だ。改めて、よろしく頼む」
九条羽月という名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたことがあるのかと思ったが、気のせいだろう。俺の立場上、たくさんの人の名前を聞いているから、その中に似たような名前があったのだろう。
いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、今この食事の瞬間だ。
お互いに食事を始めた。俺が食べるのは、購買のパン。彼女は、手作りの弁当。
「それにしても、急に君から話しかけられて驚いたよ」
「そんなにか?」
「そりゃあそうだよ。だって、あの席になって半年が経つと言うのに、君はクラスメイトの誰とも関わっていなかったからね。それに、君は休みになるこどが何度かあったから、皆話しかけにくかったんだよ」
これは驚きの事実。まさか、クラスメイトから、そんな風に見られていたとは。言われてみれば、学校内で誰かと楽しく交流した記憶がない。てっきり、教室内では、勉強に徹するものだと思っていた。
生徒との交流ならば、登下校の間に、何人かの生徒と挨拶程度の交流ならあるが、あれはクラスメイトではなかったのか。
自分の中では、たくさんの生徒と関わっているつもりだったが、肝心のクラスメイトと全く交流が出来ていないとは。これは失態だ。彼女の言葉から考えるに、普通の生徒はクラスメイトと楽しく交流するものだ。
だが、そんな俺でも遅くはない。何せ、今こうしてクラスメイトと楽しく会話をしながら食事をとっているのだから。
「紫苑くんは、普段何をしてるんだい?」
「俺?どうしようもない連中と、ちょっとした仕事だよ」
「ふ~ん、バイトしてるなんて偉いね。私も、どうしようもない連中と関わることがあるんだけど、そういう奴ほど、ほっとけないんだよね」
そう話す彼女の表情からは、どんな気持ちで言っているのかは分からなかった。それより続きのことは語ることなく会話は終わった。それに丁度、お互いに昼食を食べ終えた。
そして、教室へと帰ろうとした。その瞬間、俺のポケットが揺れた。ポケットに手を入れると、スマホが揺れていた。画面を見ると、麗音の名前と共に着信マークが映し出されている。
このタイミングで電話をかけてくるということは、ネオとクレアの任務の件だろう。どうせなら、ついでに俺の気になったことも聞いてみよう。
羽月には先に教室に帰ってもらい、俺は麗音からの着信に応じた。思っていた通り、麗音からは任務に関しての報告だ。
報告によると、犯罪組織はリーダーを除いて、ネオとクレアが壊滅させたとか。やっぱりアイツ等も化け物だな。
簡単な報告だけを済ませた麗音は、通話を切ろうとしたが、切る前に俺が止めた。
聞きたいことがあったからだ。
「九条羽月っていう名前に聞き覚えはないよな?」
「ボス、何を言っているんですか」
「だよな、知る訳がないよな」
「いえ、そうではなく、その九条羽月こそが今日壊滅させた犯罪組織【
マジか。その言葉以外に出る言葉が無かった。
彼女が既に教室へ帰っていて、良かった。そうでなきゃ、俺が気付いたことに勘づかれていたかもしれない。
これでは、俺も任務に関わるしかなくなったじゃないか。結局、俺の前に来たのは問題ごとばかり。
今回もまた、そのうちの一回なのだろうか。
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