3 旅は道連れ覚悟は引き連れ

 空を見上げると、木々の重なりの隙間から僅かに光が届く事がわかる。

 きらきらとこぼれて落ちてくるものは魔界には存在しないものだ。常に薄闇に覆われており、気温もここのように暖かくはない。植物も少ない上、こんなに鮮やかな色をしていない。

 異世界、か。

 魔界の王であるルーシェルはぼんやりと考える。

 面倒なことになったなというのが正直な感想である。地の底にある魔界から地上を突き抜け、六層の天界を突破し、邪魔をする天使を悉く殺して回った。そうしてまみえた天使どもの王は、まるで御伽噺に出てくる透き通った空のような色の瞳をしていた。天使特有の真白い服を着込み金糸のような長い金髪をたなびかせた白い男。そう、白だ。清らかというものがすべてのような男。

「ともかくまずは近くの街に行こうかねぇ」

 ルアードと名乗った、この世界の金髪垂れ目の男が提案する。熾していた焚火を片付けながら、どうこうするにもまずは装備でしょ? とへらへら笑っている。そろそろ移動するらしい。

 ――一通り騒いでおいてよくもまあ切替の素早い事だ。

 最終的にアーネストとか言う目付きの悪い男に剣の柄で殴られていたのだ。何事もなかったかのように笑っているが、あれは相当な衝撃だったであろうのに男は動じもしない。動じていないのはもう一人の金髪の方もだが……私には、先程までの異界の男二人のやり取りを微笑ましく見るだけの胆力はなかった。

「ルアードさんありがとうございます」

「俺等も向かってる途中だったし、身を護る術のない二人をここに置いていくわけにもいかないからね」

 金色二人が何やら言葉を交わしている。

 すっかり馴染んている事よ……異世界の住人とも打ち解けるあたり人を守護する天使らしいと言えばらしい。人畜無害そうな顔をして、無垢で害意のない態度ではあるがあの男の腹の内は一体どうなっているのだろうな。いや、単なる考えなしかもしれないが。

「武器はまあ、俺達の持ってる予備の小刀を護身用として使ってもらうとして。流石に防具は貸してあげられないしねぇ……つか、さっきから気になってたんだけど。お二方ともなんでそんな軽装、っていうかそんなヒラヒラした布だけ? 防具は?」

 直前までやりあってたんでしょ?

 垂れ目がこちらにも視線を向ける、改めて見てみればなるほど彼らは防具とやらをつけていた。元の世界の人間達も鉄製だ何だと着込んでいたなと思い返す、今目の前にいる異世界の男二人は甲冑などと言われるほどの姿ではなかったがどちらも胸当てと手甲、目つきの悪い方はやたらきっちりと首まで覆い隠す長い詰襟を着込んでいるくらいか。

 対してこちらはと言えば、天界の王は白い布地に蒼で縁取りされた天使特有のずるずるした衣装、私は黒と赤を基調としたゆるい布地を纏っているに過ぎない。防具、とは。人が何かしらの攻撃から身を守る為の物だろう。ちらと天使を見やると向こうもやや困惑したようにきょとんとしていた。思う所は同じらしい。

「えっと、抵抗レジストがありますのであまり意味が……」

「防壁があるんだ、必要ない」

 何を言っているんだと見やれば、向こうも向こうで何を言っているのかわからないのだろう、お互いに怪訝な顔で見つめあってしまった。

 霊力が高ければ高い程それ自身が防壁となるので霊力及び物理攻撃ははじき返されるのだと白い天使が丁寧に説明をしていたが、なんだそりゃ、と垂れ目の金髪が眉間にしわを寄せている。

「攻撃やデバフはカウンターで撃墜ってこと?」

「そういうことになりますね、ですので私を傷付ける事が出来るのは同程度の力を持つルーシェルだけです」

 逆もまた然りですけどね、きちんと補足も忘れない。有象無象がいくら寄せ集められたとしても、我々王を語る器を害する事など不可能に近い。いや、近かった、となるのか今は。先程の気色の悪い触手の魔族……あの程度のものなど歯牙にもかけぬ存在であるというのに。

「……もしかしてお二人さんって物凄い人?」

 ぽか、と形容しがたい間抜け面の垂れ目は天使と私とを交互に見ながら、呆けたように口にした。

「人ではありませんよ」

 それに対し、天使は天使でニコニコ笑いながら嚙み合っているのかいないのか見当違いの返答を返す。何か、いちいちズレていないかこの天使。物腰柔らかな態度に騙されかけるが、どうも感性がおかしい。ほらみろ目つきの悪い方がそうじゃないと小さく突っ込んでいた。金髪垂れ目はああうん、そうだね、と発言を受け入れることにしたらしい。天使の見た目がストライクなんだと先程吼えていたが、こいつの神経も解らん。

「だが、今はそのレジストとやらも使えないんだろう?」

 黒髪の男が確認するかのように口にする。

 先程私が負傷した事を言っているのだろう、低級魔族程度に捕まり足を痛めるなど……正直な所怪我をするとは思っていなかった。魔界で最も霊力の高い自分を傷付ける事の出来る者など誰もいなかったのだから。

「内包する霊力は現存しているようですが、今は理が違うからか発動は出来ないみたいですね」

 困りました。

 まるで他人事のような物言いである。

 それはまるで、霊力などなくても己の腕ひとつで戦えるのだとこちらに牽制しているようでもあった。ちっとも困っているように見えないのだ。天界に残してきた配下達の事もあるだろうに、この男は特段焦ったようには見えない。不安になる程に。

「貴様、元の世界に戻りたいのではないのか?」

「戻りますよ、あなたを連れて必ず」

 そうして殺します。

 にこにこと。先ほどと同じトーンで、柔らかな口調で。しかしはっきりと。

 この世界の二人がやはり驚いたようにしているが、こちらとしては願ったり叶ったりである。

「……そうでないとこちらも困る」

 にいと笑ってやれば表情を崩すでもなくお互い様ですよと返ってくる。食えないやつ。

 慣れあう気など毛頭ない。互いに敵同士で、殺しあうだけの間柄である。約束とやらを半ば強制的に交わされたが再び刃を交える事に対して異論はなかった。私が必ずこの手でこの男を殺すのだ。

「と、ともかく移動しよう! 聖水の効力もそろそろ切れるし!」

 慌てたようにルアードが声を張り上げる。

 さあさあ行きましょうそうしましょう! 手早く荷物を纏めてぐいぐいと押される。やめろ私に気安く触るなと押しのけるが、霊力の使えない今大した抵抗にはならなかった。なにも貧弱というわけではない、純粋な体格体力では身長に難がありすぎた。どいつもこいつも馬鹿みたいに伸びおって……!

「ルーシェル? 何をしているのですか?」

 こちらとしては最大限の抵抗をしていた筈なのに、嫌みなくらいに綺麗な天使が不思議そうにこちらを覗き込んできた。びくともしない垂れ目の男、ずるずると引きずられるようにして無理やり歩を進められることに対する不快感、怒り、大嫌いな天使かつ男の無神経な視線と言動。

 ぶつっと何かが盛大に切れたのが解った。

「私の傍に寄るんじゃないッ!」

 びりびりと、辺り一体を覆う木々の木の葉が震撼した。

 

   ※


「いやあね? まあ俺もちょっと乱暴だったけどね?」

 それでもまあご褒美ではあるよねぇと言いながら地面に転がっている金髪垂れ目の男を、黒髪吊り目は最早かまうことをやめたらしい。自身の荷物をまとめるとさっさと先を急ぐようだ。

「張り倒されるのがご褒美ならそのまま埋めてもらえ」

 辛辣である。けれど真理でもある。

 天使がおろおろとしていたが、それこそ知ったことはなかった。助けたければ助ければいい、私はそれ以上関知しない。

「……どうでもいい」

 吐き捨てる様に零して、先を行くアーネストの後ろを追う事にした。ゆらゆらと揺れる長い黒髪、自身と同じ色の筈なのに違って見えてくるのだから不思議だ。そう思う程度には、そう、疲弊していたのかもしれない。いつまでもこんな所にはいられない、天使と共にいる事も苦痛だ。だがどうしたら元の世界に戻れるのか皆目見当もつかない。この世界へと来た理由が解らないのだから対処のしようもない。

「ま、とりあえずこれ」

 復活したらしい金髪垂れ目のルアードがこちらに何やら手渡してきた。

 身構えるが見れば小さな小刀。鞘に細かな文様が刻まれているが、刃渡りは片手を広げた程度しかない小型なもの。

「護身用にどうぞ。基本的に俺とアーネストが動くけど森の中じゃ何が起こるかわからないからね」

 訝しげに見つめた後、わずかに逡巡したがありがたく受け取ることにする。

 すら、と少し鞘を抜くと銀色に光る刀身が現れる。きちんと手入れされた鋭い刃、錆も刃こぼれもない。この男自身は弓を使っていた、ならば言葉通り護身用として身に着けていたものなのだろう。

 ちらと視線をやれば天使も黒髪吊り目から刃物を受け取っていた。私とは違って、けれどやはり小型の両手を広げた程度の小刀。アーネストの背には相変わらず彼の背丈ほどもある大剣がある。巨大な魔族を細切れにする程度の技量だ、こちらも気が抜けない。

「いくら別世界で強くっても、慣れない世界だし慣れない武器なら俺らに分があるからね?」

 アーネストの大剣を見ていたからだろうか、にこにこ笑うルアードに釘を刺された。

 うつけのように見えて意外と侮れない。

「旅での鉄則は躊躇しないことだ。俺は俺達に危害を加える者に容赦しないよ」

 随分と重く低い声に、何も脅しで言っているわけではないのだと知る。彼らの旅路が魔族の出る場所であるなら気を抜けば殺される、それは当然のことだろう。常に死と隣り合わせの中にいたのであれば先刻出逢ったばかりの我々に警戒するのは当然だ。

「美人でもか?」

「ンーッ美人さんには手を出したくないねぇ!」

「ほざいてろ」

 前言撤回。軽薄なことは変わりない。

 随分とお人よしであるのは確かだ、警戒はしているものの訳の分からぬ異界からやって来た我々を甲斐甲斐しく世話をするなど物好きにも程がある。それに私に武器を渡すなど。……天使の視線が監視のようで不快だ。

「早速お出ましだ」

 ちっと黒髪吊り目が舌打ちを隠しもしない、そうしてすらりと剣を抜いた。

 黒い刀身の、研ぎ澄まされた鋭い刃が鈍く光る。金髪垂れ目もやれやれと言わんばかりに弓矢を手にする、視線の先を辿れば魔族のような、異形の生物がこちらを見ているのに気づく。獣の、獅子のような姿をしているが金色に光る眼は複数ある。異様に伸びた牙、爪、鱗のような体毛。それが数頭飛び掛からんばかりにこちらを見て唸り声をあげていた。こちらの標準的な生き物かと思ったがそうでもないらしい。向けられる殺意は、空腹であろうか。そうか、この世界では魔族も人を食うのか。

 吊り目の男は身を屈め剣を構えるとだっと駆けだした。

 一頭目を横薙ぎで斬り伏せる、そのまま刃を振り上げ二頭目に突き立て蹴り飛ばすと三頭目に向かって駆ける、先程も思ったが早い。身体捌きも判断も申し分ない、長く旅をしているというのは本当らしい。

「ルアード!」

「ほいほい、っと」

 吊り目の声に応えるように垂れ目の引き絞った弓が弾ける。

 軌跡を描き吊り目が捌ききれなかった魔族を正確に打ち抜いていく。何か、特殊な鏃なのか矢が魔物に突き刺さる度小さな火花のようなものが散る。本当に自分達のいた世界と違うのだと改めて実感する。

「貴様は参加しないのか?」

「足手纏いになりそうですので……」

 刃を握りしめつつも動かぬ天使に嫌みで投げかけるが、男は涼しい顔をしている。そうして先程受け取った小刀を振り上げ。

「私は、こちらを」

 背後から近付いてきていた小さな鳥のような、蝙蝠のような生き物を斬り捨てていた。まるで舞を踊るかのような軽やかな動き。ふわふわと笑ってはいるがこちらへの注意を逸らさない。周囲を警戒、こちらを監視と忙しそうな事である。

「弾除け程度にはなりそうだな」

「光栄です」

 天使は表情を変えもしない。

 ぼとりと地面に落ちる飛行系の魔族は、黒い霧のようなものを吐き出しながらやがてゆっくりと消えていった。跡形もなく消えるのか、そう思っていたら中からきらりと何か。僅かな光源に反応する小さな石の粒のようなものが最後に残った。

「お二人さーん、もういいよー」

 粗方蹴散らしたらしい、金髪垂れ目がやってきておやとその石粒に気付いた。

「魔石じゃん」

 拾い上げる。

 小指の爪の先程の小さなそれは、濃い緑色をしていた。マセキ、天使が呟けばえっとねーと。拾い上げた石をあれこれ調べていたルアードが口を開く。

「んっと、『魔』を倒すとね、時々こうやって結晶化するんだ。魔石って言って魔法道具なんかの加工品に使う。これを街の換金所に持ってって俺等旅人は稼ぐんだ」

 ちっこいけどまあまあの値段になりそう〜

 言いながらどうぞと天使に手渡していた。

「こっちの貨幣も勿論持ってないんでしょ。まあ、お駄賃みたいなものだけどないよりはマシじゃない?」

 換金したらいくらかにはなるよ、やっぱ何をするにもお金は必要だし。

 ルアードが続けるが天使は聞いているのかいないのか、指先で受け取った小石を転がしながら、

「貨幣……お金、ですか?」

 不思議そうに呟いた。

「ん? お金って概念ない?」

「人間界にはありますが、私のいた天界にはないものです、ので、……」

 歯切れ悪くその石をじっと見ている。

 手のひらで転がるたびに鈍く光を反射するそれは、確かに綺麗なものだと思う。思うがだからといって男が言い淀む程のことでもあるまいに。

「ルーシェルさんとこは?」

「……魔界でも貨幣は使われない。あちらこちらで奪った財宝を溜め込んでる奴はいるが」

「へー、じゃあ珍しいんだ」

 ルアードがそう言った瞬間、天使がはっとしたように顔を上げた。それだ、と言わんばかりのぱっとした表情。

「はい! そうなんです珍しくて、……えと、つい……すみません」

 驚く垂れ目に、最後の方など蚊の泣くような声で天使は小さく謝った。恥ずかしそうにしていて、なんだ、珍しいものを前にはしゃぎでもしていたのか。切れ者かと思いきやそうでもないらしい、意外と子供のような反応をするのだなと小さく息をつくが、目をやると金髪垂れ目が地に伏していてぎょっとした。否、倒れ込んでいた?

「ルアードさん!?」

「いやこれで恋に落ちないって無理じゃん?」

 慌てて天使が抱きかかえるが、当の金髪垂れ目のおかしな男はぎゅうと胸を押さえて天を仰いでいる。漏れ出るのは最早うめき声である。

 ……呆れこそすれこのような態度になる道理が真剣にわからないのだが。

「ただの無知と幼児性の間違いだろ」

「ルーシェルさんの妖艶な美しさもやはり無理」

「何故そこで私の名を呼ぶ」

「いやほんと……ほんとさあ……無理じゃんこんなの……俺のお迎えってそろそろ来る?」

「今日を貴様の命日にしてやろうか」

 いい加減うっとおしい。

 黒髪吊り目の気持ちがよく分かるというものだ、有能ではありそうだが常時これでは精神が持たない。

「ルーシェルも何を言っているのですか」

「貴様も大概どうかしているぞ」

「何がでしょう……?」

 嘘だろう。真面目に、心底わからないのだと言わんばかりの天使に思わず声が漏れた。

 天界の、熾天使メタトロンと言えば神の代理人とも呼び名も高い実質最強の天使であった筈だ。天使どもの王であり、宰相であり、実力者であった筈である。刃を交えた時の凄まじさは身をもって知っているのだが――それが、戦場以外ではこんな大ボケ野郎だと誰が想像しただろう。

「おいルアード、馬鹿やってないでこっちも手伝え」

 声の方を見れば、息の一つも荒げていない黒髪吊り目がざらざらと消えていく黒い霧の中から魔石とやらを拾い上げているところだった。先程の獣は大きさがあったからだろうか、握り拳ほどの、いわゆる群生のような塊があちらこちらに散らばっている。石の色は緑色のように見えた。

「あぅ、……はい」

 よろよろを立ち上がっていく姿を見送る。

 慣れなのだろうか、黒髪吊り目はもう一々小言を言うのは諦めたようだった。相変わらず妙な二人組だと思う。自分が言うのも何だとは思うけれども。

「ルアードさんは随分と親切な方ですね」

「いや、親切っていうか……お前……」

 助けていただいたのが彼らで本当に幸いでしたとかなんとか、脳天気な天使は間抜けな面でほえほえと笑っている。言葉の裏側を知らぬのか、知っていてあえてそのような態度なのか。わからない、わからないが恐らく前者なのだろう気がする。それも、かなり筋金入りの鈍感というのかなんというのか。

 あの金髪垂れ目がこちらへと向けてくる言動は決して身の危険を覚えるような下品な感情ではないのは確かである。ただただ『美しいものが好き』という事なのだろうが、それにしたってあのような大仰な反応は対応に困る。困るからなんだと言われればそれまでなのだが……なんというのか……新鮮な感情である。生涯知らなくてもよかったものだとは思うが。

「不安はあります。この地に生きる人々へ迷惑をかけるわけにはいきませんが、けれど今の私はあまりに無力だ」

 助けはありがたいのだと天使は笑う。

 気を許したわけではない、こちらへと向けられる監視のような視線、態度、それらは変わらない。

 それでも、宿敵とも言えるべき相手とこのように刃を交えず語り合う日が来るなど誰が予想できたか。

 ざあ、と木々の間を緩く風が通り過ぎる、さらりと流れる天使の金髪は絹糸のようで森羅万象から祝福されているようだった。美しい真白い天使。対するは闇の凝りのような自身の姿。己の長い黒髪が視界で踊る。

「それでも私は私の出来る事、成すべき事を果たします」

 決意のように覚悟を口にする。

 それを私に告げてどうするというのか。牽制か、はたまた宣言か。

「……好きにすればいい。私は私の好きにする」

 手を取り合う気などさらさらなかった。

 殺しあうだけの存在、未来永劫交わらぬ運命。これは、束の間の非日常である。協力するつもりもない。するだけの理由がない。ただここにあって、存在するだけだ。元の世界へと戻るという目的が一致しているだけだ。なればこそ、行動を別にするだけの理由もない。ただ、それだけ。

「改めてよろしくお願いしますね」

 何をよろしくするのかさっぱりだったが、ムキになって否定するほどの事ではないのだろう。ゆるく天使は笑っている。穏やかな微笑みなど、自分は向けるべき対象ではないだろうに。ボケなのか策士なのかいまいちよく解らない男だ……

「さてとーう。今日はもう休もうかねぇ」

 魔石とやらを回収し終わったらしい、金髪垂れ目のルアードがこちらに向かって声をかけてくる。気を取り直したのだろうか、切り替えの早い事だ。黒髪吊り目がまた聖水とやらを撒いていた。大木の根元を中心に、今日は野宿をするつもりらしい。

「街まではもう少しだよ」

 手慣れた二人はさくさくと準備を始める。

 時間の感覚はないに等しかったが、それでも森の中は先刻よりもはっきりと影を落とす。

 夕闇が迫ってきていた。

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