3, 挨拶


 京都市東山区

 瑞奉寺

 AM11:52


 観光地、嵐山から更に山奥。

 京都市の北西に位置する梅ケ畑は、自然豊かな土地である。

 山中を縫うように走る国道を抜け、小さな集落から少し離れた場所に、今回依頼をしてきた寺院はあった。


 車一台がかろうじて通れる道路。

 薄汚れた壁伝いに走ると、寺の入り口が見えてきた。


 葉桜となった樹木と、その足元に立つ瑞奉院と刻まれた石柱を目印に、そこから駐車場へと入ると、目の前には寂れた山門と、瓦屋根の立派な本堂が碧たちを迎えていた。

 なんとか時間前に到着することはできたと、碧と澪は安心する。


 15、6台は停められるだろう、広い駐車場。

 山門近くのスペースに、スタリオンを頭から入れてエンジンを切ると、2人は同時に車を降り、軽く体を伸ばしほぐす。

 鼻に、森林特有の湿った緑の匂いがつき、どこか心地よい鳥の鳴き声が、山の奥から聞こえてくる。

 快晴のドライブ。 これが休暇なら最高だろう。


 「案外とギリギリになっちゃったねぇ」

 「でも、12時の約束だから、丁度いいんじゃない」

 「それもそっか」


 そう返した碧は、きょろきょろと辺りを見回す。

 

 「で……依頼人は、山門の向こうかな?」

 「そうなんじゃないの?

  お寺の人だって、暇じゃないんだしさ」


 澪の言葉を聞いているのか分からないが、碧はふと、駐車場の隅に白い車を見つけ、ふらふらと近寄る。

 車に目がないわけじゃない。 否、そうなのだが、そいつを抜きにしても気になるのだ。

 確かに、大きな駐車場の脇に、申し訳ないとでも言わんばかりに1台、その車はいた。

 動かなくなった古い車か?

 違う。


 「どうしたの?」

 

 澪も、その車に近寄っていく。

 車高の低い、とても鋭いボディとヘッドライトが印象的な、まさにスーパーカー。

 馬のエンブレムが、正に伝統の象徴とばかりに輝く。

 驚きの口笛を吹いた碧が言うに、この車の正体は……


 「フェラーリ F8 トリブート。

  フェラーリ最後のV8純エンジンモデルと言われてるマシン、か。

  いいねぇ~。

  “坊主丸儲け”とはよく言ったもんだけど、そんなに金回りいいのかな?

  お寺の坊さんって」

 「檀家さんの車かもよ。 もしかしたら。

  このスペースが定位置なのかも」


 澪の言うことも一理ある。

 車の持ち主が目立たないよう、隅っこに止めているだけかもしれない。


 「そうかもしれない……が……」


 どこか違和感がある。

 なにが? と言われても、具体的には言えないけど、なぜか気持ち悪い。

 碧がフェラーリの後部に回り、さりげなく後部窓から覗くエンジンに触れようとした―― 時だった。

 

 「天使運輸の方ですか?」


 不意に背後で聞こえた男の声。

 一瞬、体をびくつかせ振り返ると黒い袈裟に身を包み、短い髪の僧侶が立っていた。

 30代ぐらいだろうか、若い印象を受ける。

 その表情は、いかにも僧侶というべきだろうか、穏やかである。


 「失礼しました。 この瑞奉寺で住職代行をしております、万念まんねんと申す者です。

  今回、密かに運んでほしいものがあり、ご連絡させていただきました」


 両手で合掌し、深々とお辞儀をした万念と名乗る僧侶。

 澪は、電話の主は彼の声で間違いない、と、碧に向かって頷き、合図を送った。


 「こちらこそ、挨拶が遅れました。

  私は、天使運輸の朝倉あさくら みお。 そして――」


 名刺を渡す澪とは反対に、彼女は軽く頭をさげて挨拶。

 これも、依頼人とのファーストコンタクトで、いつも見る光景だった。


 「神崎かんざき あおいです。

  生憎、名刺を持ち合わせておりませんが、よろしくどうぞ」


 この2人こそ、天使運輸の、いや、天使突抜に住む可憐で過激な天使エンジェルだ!

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