神の筆 魂の山 下り

星谷七海

第1話 山

「火事だー。火事だぞ。」

「放火犯が現れたんだ。大変だ。」

赤々と燃えさかる火は、あっという間に村を包んでいった。


 火をつけた犯人である少年達は、村の大人達があわてて逃げ出しているのを笑いながら見た。

 そして笑い続けながらも、人家に入っては食べ物や着物や小判を盗んでいった。

 一番年上、十六歳の十兵衛は、お宝を沢山かかえながら引き上げることにした。

「おい。俺はいったん物を隠してくる。お前らも早く出ろよ。火に囲まれても知らんぞ。」

十兵衛は手下達に指示を出すと、何とか火をくぐりぬけて進んでいった。

そしてとある山のふもとまでやってきた。

「さて、この盗んだ物、どこかに隠しておくか。まだ火はそこまでひどくなっていない。また引き返そう。まだ盗めそうな物はあるしな。」


その時、十兵衛は、白無垢姿で歩いている美しい娘を見かけた。

「どうしたんですか?こんな夜に」

思わず十兵衛は声をかけた。

すっかりこの娘にひとめぼれしてしまったのだ。

すると白無垢姿の娘はしくしくと泣き出した。

「突然、お婿さんに結婚を断られてしまったのです。私の実家はこの山奥にあるのです。一度、実家に帰らなくてはなりません。」

「それはひどい。家がこんな山奥なんて大変ですね。暗いし、危ないですから送りましょう。」

こうして二人で山道を歩き始めた。

 十兵衛は、重い荷物を抱えているのでそれはそれは山を登るのが辛かったが、この娘は花嫁衣裳姿であるにも関わらず、すいすいと暗い山道を歩いていった。

「あの・・家はどのあたりですか?」

十兵衛がそう聞いたとたん、娘はにっこり笑った。

 笑ったその目はどんどんつり上がっていき、やがて狐になっていった。

「わあっ・・きっ・・きつねー」

十兵衛が叫ぶと同時に 女狐はぴょんぴょん飛びはねて去っていった。

「畜生。狐にだまされるとは。」

十兵衛が唇をかみしめて悔しがっていると、ふとすぐ近くに山小屋があるのが見えた。

「なんて偶然だ。今晩はここにとめてもらおう。」

十兵衛は安堵して その小屋の戸を叩いた。

するとそこから筆を持った老人が出てきた。

「すみません。女狐にだまされてしまって。それで山に迷いこんでしまったんです。こんな夜中ですがどうかとめてもらえないでしょうか?」

「女狐か。それは大変だったな。さあさあ、中にお入りなさい。」

老人は快く十兵衛を招きいれてくれた。

 小屋の中は、綺麗な山の風景が描かれた墨絵が沢山飾られていた。

「これは全部、おじいさんが描いたものなんですか?」

「ああ。正しくはわしではなく、この神の筆が描いたものじゃ。」

「えっ、神の筆?」

「さっき、お前さんも会った女狐がいただろう。あの忌々しい奴とわしが出会った頃からよく使っていた筆じゃ。まあ聞いていってはくれんか。この老いぼれの身の上話を。」

こうして老人は語りはじめた


 



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