第44話 白以忠

 亡き父姚安公が言うことには、郷里に白以忠と呼ばれる者がいた。彼はたまたま、幽鬼を使役することができるという呪符の本を一冊手に入れた。そこで、幽鬼たちを操ることで手品を披露し、それで生計を立てようと目論んだ。本に書いてある諸々の法具を揃え、明るい月夜の晩に道士の装いをして墓地に行き、これを試した。彼が書いてある通りに本に向かって呪文を誦えると、果たして、周囲の至る所からしくしくという声が聞こえてきた。俄かに突風が起こり、彼の本は巻き上げられて草地に落ち、飛び出してきた幽鬼に掻っ攫われてしまった。幽鬼たちは皆わいわいと騒ぎながら出てきて言った。


「お前は呪符をたのみに俺たちを拘束して使いっぱしりにしようとしたみたいだが、呪符はもう無いぞ。お前なぞ恐れるものか!」


 幽鬼たちは寄ってたかって彼をめった打ちにし、忠は這う這うの体で逃げ出したが、その背後からも驟雨のごとく瓦や石が投げつけられ、命からがら家に帰った。その晩から瘧(おこり。マラリアの一種)に罹って一ヶ月あまりも床に臥し、これも幽鬼の祟りかと思われた。

 白忠は恥入り憤りながらも姚安公にこのことを訴えたが、公は言った。


「よかったなぁ。術が完成していなかったからこそ、お笑い種で済んだのだ。不幸にも術が完成してしまっていたら、その術によって禍を招くことになっただろう。お前はついていたんだ。何を怨むことがあろうか。」


紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻六「灤陽消夏錄六」より

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