第15話 杏花

 従兄弟の懋園が言うことには、彼は乾隆の丙辰の年に郷試(科挙の地方試験)に参加した。


 秋字号(秋の字が割り振られた試験場)で座していると、続けてもう一人が入場してきた。試験場を警備していた兵士が彼の姓名と戸籍を尋ね、聞くと拱手して言祝ぎながら述べた。


「昨晩の夢で、一人の娘が杏の花を一枝携えて現れ、それを試験場の座席に挿して、私にこう告げました。『明日、某県の某氏が到着したら、杏花はこちらにおりますよ、とお伝えください』と。貴殿の姓名と戸籍がぴたりと一致します。これを吉兆と言わずして何としましょう。」


 その人は愕然として色を失い、試験道具すら放り出して、病と称して出ていってしまった。


 事情を知る同郷の者は言った。


「あの書生には若い下女が居て、名を杏花といったが、彼にしつこく迫られ、手篭めにされた後に捨てられた。落ちぶれ果て、最後にどこへ行きついたかは知らないが、恐らくこの下女は恨みを呑んで死んでいったのであろうよ。」



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻十一「槐西雜志一」より

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