第11話 初デート編 違和感
愛莉とのデートの約束の日、朝8時34分俺は目を覚ました。約束の集合時間は11時なのでアラームは10時に設定してたが1時間半も早く目覚めてしまった。それぐらいデートが楽しみだったということだろう。しかし初デートはそれなりの緊張もある。人間はどうしても完璧を求めてしまうものだ。俺は念入りに今日回るルート、列車の時間、着ていく服、髪型を再チェックした。まずは着替えてから念入りに歯を磨く。次にアイロンを温めている間にワックスとスプレーを取り出す。
「愛梨、今日楽しんでくれるかな」
漠然とした不安がこの後に及んで押し寄せる。デート中にお腹が痛くなることがないようにトイレに行き出す物を全部出してから寝癖を治し、いよいよヘアセットだ。この瞬間が割と楽しい。適当にYouTubeで今の流行を検索する。今日の髪型はセットしてる感がないマッシュに決まった。髪型で張り切ってるのが見えるのはちょっと恥ずかしい。
午前10時、約束の時間まで残り1時間。暇だ。YouTubeとインスタを見て時間を潰す。結局駅まで歩いて15分程度なのだが40分前に家を出た。家にいてもソワソワするだけなので散歩で時間を潰す。割と街中に寮があるおかげで最近意味もなく街中をぶらつくことがある。記憶を失ってこの周囲の土地勘が無かったのだが散歩のおかげでだいたい覚えることができた。
現在時刻10時43分
集合時間17分前に集合場所の鳥取駅に到着した。適当にスマホを見ながら時間を潰すことにする。
そして待つこと約8分後
「お待たせ」
愛莉が待ち合わせ場所に到着した。朝起きてからの永遠とも思えた待ち時間がいよいよ終わる。遂にデートが始まる試合開始のゴングが心の中で鳴った。愛莉も今日は気合いを入れてきてくれたのか普段は見ない髪型に白を基調とした服装や小物で合わせてきていた。同級生の私服はギャップがあって見惚れてしまう。
東浜方面行きの列車は14分発だがここは田舎の始発駅なのでホームに上がるとすでに列車が停まっていた。俺は行き先と途中駅に東浜駅があることを確認して列車に乗り込む。
列車に乗る前に駅のコンビニで買ったお菓子を2人で交換したり学校での出来事を話しながら発車を待っていると外から発車を知らせるアナウンスとベルが聞こえてきた。
「次は福部に止まります」
普段列車を使うことが無い、ましてや記憶がない俺にとっては初めての列車での移動なので少しワクワクしている。愛莉とこの特別な時間を共有できていることが嬉しい。愛莉も列車に乗るのは久しぶりらしくテンションが上がっているっぽい。
「春渡、これ秋限定の新作らしい!いる?」
愛莉が買った秋限定の栗味のお菓子を貰った。人目を気にせずイチャついてるこの時間が堪らない。
「次は大岩に止まります」
東浜まであと2駅。これまでは山の中を走っていたので海に行くという実感があまり無かったが車窓から少し海が見えてきた。
「ねえねえ、海、見えてきたよ!」
愛莉が嬉しそうに車窓の景色を指さした。
「次は岩美に止まります」
駅間が近いらしく景色を眺めてたらすぐに次の駅に着きかけていた。
「愛莉、次で降りるから準備しよ」
俺らはお菓子のゴミを片付け、忘れ物がないかチェックして準備をした。田舎の列車は降り遅れると死活問題だから早めの準備が大切なのだ。
「次は、終点鳥取、鳥取です」
聞こえてきたアナウンスに俺は耳を疑った。
「え、終点?鳥取?」
「春渡も今終点鳥取って聞こえたよね?」
愛莉も困惑した表情だ
「流石に聞き間違えじゃないよな、一回運転手の人に聞いてみるか」
この列車は鳥取駅発の浜坂行きだ。どう考えても鳥取が終点な訳ないし戻る訳がない。
俺は急いで運転席のある先頭の方まで行った。
「すいませ〜ん、この列車って東浜駅行かないんですか?」
返答がない。運転席がよく見えないが人の影すらない。どうなってるんだ。
「春渡、これ・・。」
愛莉の声で不意に外を見ると確かに鳥取駅周辺に差し掛かっていた。ついさっきまで海岸線を走っていたのに。俺の頭は急な出来事で混乱していた。そして何故か同じ車両に乗っていた乗客の人は俺らに無反応で、まるで俺らのことが見えていないみたいだ。いや、それもそのはず、何故か彼らには「首がない」
しかし愛梨は周りの乗客の首がないことをなんとも思ってないらしい。なんだ、どうなってるんだよこれ
「とりあえず今日は一旦解散にしよう。また連絡する」
鳥取駅で俺と愛梨は解散した。デートとかそれどころじゃない。俺は急いでもう一度東浜駅に向かう列車に乗り込んだ。
「次は終点、鳥取です」
やはり同じ場所までは行けるが岩美より先に向かうと鳥取駅に戻ってきてしまう。そして運転手はこの列車には居なかった。混乱する俺は別方面の行き先の列車に乗り込んだ。今度は若桜方面に向かう路線だ。これで行けるところまで行ってみたいと思う。
列車に乗りながら俺は初めて目覚めた時のことを振り返っていた。俺は記憶を失って目覚めた。しかし今振り返ってみると都合のいいことが起きすぎだ。まず記憶がない俺は莉々菜から現状を説明された。普通あり得ないだろ。そして以前まで住んでいたという寮の俺の部屋には使用感のないスマホ、必要なお金などまるで宿泊先のホテルみたいな生活感のない場所にアメニティのように必需品や貴重品が置かれていた。そして次の日から転校生としての新生活。この話、よく考えると出来すぎている。今までの俺は楽しいを理由にこの違和感を考えないようにしていた。ただこうして俯瞰すると違和感だらけの生活だ。
「次は隼です」
今の所順調に来れている。この列車は山間地域を走る列車で、車窓からは似た景色が流れる。
無事隼駅に到着した。俺は実はここまでのは全部嘘だったのではないか、夢だったのではないかと思い始めた。しかし
「次は、終点鳥取です」
どうやら現実らしい。一瞬で鳥取に戻ってきていた。とりあえず今日は寮に戻り情報を整理して莉々菜に話を聞いてみようと思う。
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