題されることもない冒険者たちの話

上馬祥

第1話 落とし物

「俺のエクスカリバーが!」


街から歩いて15分。沼に呑まれた薄暗い遺跡の中、ひとりの冒険者がゴブリンと戦っている。しかし、その手に持つ剣は根元からぽっきり折れていた。


(一週間の稼ぎが……)


銀貨3枚。畑仕事、買い出し、果ては子どものおもりまで。せっせとためたお金で今朝買ったばかりの初心者向け冒険スターターキットに入っていた一本。なのに、半日もせず壊れてしまった。(※そんなんだから壊れたという説もある)


「なんでゴブリンのくせに、俺より良い装備してるんだよ!!」


目の前のゴブリンはゲラゲラと笑っている。


ゴブリン。背丈が人間の半分ほどの亞人種。細い腕、鈍い頭、下品な顔。冒険者ギルドが公表するモンスター危険度ランキングで下から二番目に位置する低級モンスターだ。

普段は木の棒や石斧などで豚や鹿などを狩って暮らしているが、子どもや老人などか弱い人間を襲うこともある。


そんなゴブリンが、なんと鍛造された鉄の剣を手にしている。

獲物を捕まえたと喜ぶうちに、なんで喜んでいたかを忘れてしまうような知性しかもたない(※なお、そのあと獲物が都合良く死んでいると大喜びする)モンスターには作れない文明の利器。

鋳造され、バリの残る冒険者の剣よりもよっぽど良い剣だ。


「ゲゲッ」


ゴブリンは得意気に、これみよがしに剣を舐める。


「ふざけんな。どうせ拾いもんだろうが」


頭にきた冒険者は折れた剣を投げ捨て、


「弁償させてやる」


素手で飛び掛かった。


街。大陸のはずれ、国の辺境にある商業都市。ここには一攫千金を狙う冒険者と彼らが遺跡から回収したお宝を卸す商人とが集う。


『最寄りの遺跡まで15分』『傭兵、承り〼 一日銀貨20枚』

『打ち身、切り傷、冷え性にカエル印のポーション 一瓶銀貨1枚』


色んな店の並ぶ夕焼けの大通りを、さっきの冒険者が胸を張って歩いてくる。

傷だらけの顔にボロボロの衣服。どうやら死線をくぐり抜けたようだ。

腰にはさきほどゴブリンが持っていた剣を吊るしている。


「ニイチャン、その酷いなりはどうした?」

「おう、さっき強敵と戦ってきたんだ」

「へえ」


からかうように声をかけてきた露店の店主に、冒険者はむっとし、


「まさかあんなところにドラゴンがいるなんて。いやあ、俺じゃなかったら完全に死んでたわ」

「ほう、ドラゴンか。そいつはすごいや」

「ああ。だが俺にかかれば瞬殺よ」


カッコつけて剣をみせつけてやった。


「ふぅ~ん。いい剣を持ってるな」

「親父の形見なんだ」


と、ふたりのやりとりを見ていた、身なりの良い、まだ幼さの残る冒険者が声をあげた。


「ああ!? それ僕の剣だ!!」

「はあ?」

「衛兵さん! 泥棒です!! 助けてください!!!」


駆けつける衛兵。


「お兄さん。ちょっと詰所まで来てくれる?」

「え、いや、これは誤解です」

「話は詰所で聴くんで」


がしっと冒険者の両脇を固め、詰所へ連行していった。


二日後。街の中央にある裁判所。


「ああ。この剣は確かに俺がそこの坊主に売ったもんだ。ここに印がある」


鍛冶屋の男がそう証言した。


「ほら見ろ。この泥棒が!」

「静粛に」


冒険者もとい被告人は、弁護人のとなりでうなだれていた。


(どうしてこんなことに?)


詰所で尋問され、牢屋にぶち込まれ、気づけば裁判所。


「お前さんにも家族がいるだろう?」


そういって出されたかつ丼は自腹だった。


「被告人。この剣はどのようにして手に入れましたか?」


裁判官からの質問に被告人はハッとする。


「それは、遺跡で、ゴブリンから」

「嘘つき! 盗んだくせに!!」


当事者席で原告が声を荒げる。

被告はちらりと弁護人に目をやったがあくびをしていた。


「被告人はそれを証明できますか?」

(んなもん、どうやって証明するんだよ……)


万策尽きた。天を仰ぐ。と、


「ちょっと待ちな!」


二日前、大通りで声をかけてきた露店の店主がやってきた。

店主は出会ったときのようにニヤついた顔で、


「俺はしがない薬屋でね。毎朝、薬草を仕入れに西の遺跡へいくんだが、ちょうど二日前だったかな。小せえやせ細ったゴブリンが同じもん持ってんのを見たぜ」


そう証言した。原告は顔を青くする。


「でたらめを言うな!」

「嘘じゃねえって。一緒に行った仲間全員で見たんだ。そういえばアンタ、三日前冒険から帰ってきたとき、剣つけてなかったよな? 商人連中の間で話題になってたぜ。ボンボンがまた剣を盗られたってな」

「なっ……」


わなわな震える原告に、

「原告は剣をどこに保管していましたか?」

裁判官が問いかけると法廷は静まり返った。


街の大通り。冒険者と露店の店主が肩を並べて歩いている。


「助かったよ」

「いいって気にすんな」


店主は冒険者の肩を叩いて大笑いし、


「いい勉強になったな」


手を差し出した。

冒険者が握手かと思って手を出すと、


「ほら、早く剣をだせ」


ぱしんっと払いのけられる。


「は? これは裁判で正式に俺のもんだって……」

「あ? 勘違いだったって、いまからでも裁判所に駆けこんでもいいんだぞ。こっちは」

「そ、そんな」


せっかく手に入れた剣は取り上げられてしまった。

街の一角。これはありふれた冒険の一幕だ。

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