転生した白い魔剣士の冒険譚〜前世はノロマで今世は最速〜

鷹鞘

第1話



 ーーーー「最強」とは一つを極めることである



 なぜ人は傲慢なのか。

 自分では傲慢と思っていなくとも、ではなぜ色々なことを試し、無駄な時間を過ごす?


 ある一点を磨けばそれだけで心は満足し、充実した日々を過ごせるし、社会でも通用するというのに。


 どうして趣味を増やす?


 答えは簡単だ。


 ーーー心が満足していないから


 ーーー心が壊れそうになるから



 しかしこの二つが起こってしまうのは、死ぬ気でそれに打ち込んでいないからだ。

 才能のせいと言い訳することや周囲と比べること、自分はダメなやつだと卑下し、新たなことにチャレンジすることは馬鹿なことだ。


 一つに絞れ


 それを極めろ


 寄り道をするな


 その道のプロ、人外を目指せ



 どうしてそれができない?

 それは真理を知らないから。




『人とは、成そうとすれば成せる生き物だ』




 君は何を成す?



 決まっている


 最強になる



 じゃあそれを目指すには?



 ーーー・・・最速になればいい




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「…ゴホッ……ゲホッ…!」


 膝をつき、絶え間なく続く咳と一緒に吐露するのは赤い血液。

 背後の壁には亀裂が入り、そこにぶつかったのは明白だった。


 そして目の前には化け物の姿があった。


 名はサーベルカマキリ。

 太くしなやかなサーベルの生えた腕で高速の攻撃をしてくる体高3mほどの魔物。

 その速さは目にも留まらず超級探索者でないと相手にすらならない正真正銘の化け物だった。


 そんなやつの前に餌として転がるのは一人の男。

 吐血しながらも瞳に宿る光はしっかりとサーベルカマキリを捉えていた。




(……おいおい…ここは中級ダンジョンだろ…なんで……)


 俺のきっかけがそこにいる?



 絶望でも悲観でもない。

 彼はこの状況を過去に見ないほど興奮していた。



 最速が最強と思ったきっかけの魔物。

 こいつは超級で、もっと速いやつなんて五万といるが…それでもこいつは絶級の関門って言われるぐらい強い。

 その理由が『速さ』だ。

 映像でしか見たことがなかったが、実際に見て確信した。

 強い=速さだ。

 腕力が発達していようが頭が良かろうが魔法が凄かろうが速いやつが強い。


 それが現代の真理だと気づいたのが昨日。

 なのになんで次の日に出会うんだ?


 こんなの


「うん……めぃ…だろ…ゴホッ…」



 死ぬ。

 けれどそんなのはいい。

 些細なことだ。

 死ぬまでにできることはあるから。



(もっと…もっとこいつの攻撃を見たい…ッ!感じたい…ッ!俺の思った最強を…ッ!俺に見せろ…ッ!)



 出会い頭の一撃で腕の骨は完全に折れている。

 しかしアドレナリンが痛みを感じなくさせていた。


 これでも剣士と名乗る端くれだ。

 力が入らなくとも手に握る剣を落とすことは絶対にしない。




 そして彼、白鉄 千冬 にとってこれは一世一代イベントなのだ。


 死んだら次があるかどうかなどわからない。

 いや、次などない。

 しかし見たい。

 確かめたい。

 なら、自分の体で体験するのが手っ取り早いだろう。


「おォォィィィ!カマキリィ!」


 怪我人とは思えないほどの大声量で叫ぶ千冬。


 それにまったく反応しない化け物はやはり俺を敵として見てはいない。


(あぁ〜…無念だがぁ…これだァ…これだよォ…この闘争…俺がずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとォ求めてたァ…今しかねぇ…)


「おれァ…死ぬ覚悟をきめたぜ?」



 ダンジョンが出現した現代で千冬のいけたランクは上級まで。

 そこで成長が止まり、彼は新たな闘争というものに進めずにいた。

 しかし、とある動画で速いやつが強いと気づいたが、遅かった。もっと早くわかっていれば、属性魔法なんかに頼らなかった。

 そして目指すものもできていた。


 それは絶級の剣士だ。


 こっちも動画で見ただけだったがそいつはサーベルカマキリを一刀両断するのだ。


 くそはぇカマキリをそれより速く動いて速く斬るのだ。

 それがどんな景色なのかを見たい。



 最速にはもうなれない。

 届かない。


 だけど今の俺が感じ取れる最速は体験できる。

 恐怖はあるし竦み上がりそうになる。

 だけどこれが俺の求めたダンジョンであり生き方だ。



「ふぅぅぅ…一度きり…一度…いちど……いちど……いちど………いちど………………いちど…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 体が脱力し、たった足はまたも膝をつく。

 しかしそれは全神経を脳と目に注いでいるからだった。



 たった一瞬を見るために死に際の千冬は極限の集中へと入った。

 深く深く深く。

 どっぷりと体が何かに浸かる感覚。


 千冬の最後の戦いが始まった。



 サーベルカマキリは俺を敵と認識しておらず気まぐれで殺してくるだろう。

 その瞬間がいつなのかわからない。

 しかしそれをただただ待つ。


 何秒、何分経ったか。


 毛繕いをしているカマキリの体が一瞬ぶれた。


 そう……


 ブレただけにしか見えなかった。

 瞬きもしないでただ全ての神経を目に集めていたのに、やはりこの差は集中じゃどうにもならない。



「……見えねぇ……か……」



 心臓は動いているし思考もできている。

 だけど本能でわかった。


 ーーー動いたら死ぬ


 動いたら殺されるとかそういうことではない。

 もう殺されているのだ。


「…ざんねんだァ…もっと楽しみたか……った」


 その言葉を言った後からずるずると視界が落ちていき…千冬の目は天井を見ていた。



(あぁ……最速……なりた……か……った…)


 残るのはとてつもない後悔の念。


 何も取り柄などなく、色々なことに挑戦してきた。ダンジョンでも魔法や武具、手に入れられるものは全部齧った。

 だけどどれもダメだった。

 しっくりこないのだ。

 心に穴が空いたようになぜか満たされない。

 だけどこの戦いでまた答えを知った。


 もし次の人生があるのなら、一つを、最速の技だけを極めたい。

 才能なんていらない。

 人は努力で全てをつかみ取れる。



 ーーーー最速



 それを目指すという考えは変わらないどころか確信へと…導きとなった。


 だからもし次があれば……



(お…ま…ぇ………殺…し…てぇ…な……)




 そこで千冬の意識は途切れ、ダンジョンの屍となった。


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