#104 戦力外感
〝なんと〟と言うべきか、それとも〝やはり〟と言うべきか、影山さんが風邪を引いた。理由は言うまでもないだろう。
運悪く影山さんの両親が家を空けるとのことで、どういうわけか俺が看病しにいくことになった。もちろん暇を持て余したアラサーニートも一緒だ。さすがに男一人で行くわけにゃいかんからな。
「進次郎君、前から思ってたんだけどさ」
「なんです?」
「キミ、大学サボりすぎじゃないか?」
ニートにだけは言われたくないよ。生活費の大半を負担してもらってるヒモ状態だから、本音を口に出すのは我慢するけどさ。
「だって夏休みですもん」
むしろ足しげく通ってるほうだよ? 社畜前の貴重な自由時間なのに、なんで無駄遣いしなきゃいけないんだろうな。頑張って勉強したご褒美が、仕事をする権利ってのも意味わからんし。
「三回生だろ? 就職の準備とかあるんじゃないのか?」
「そりゃまあ……」
あんまり考えさせないでくれよ。卒論だの就職だの、そういうのを考えだしたら生きるのが嫌になってくるからさ。
この時期になって未だに就職のこと考えてないの俺ぐらいだよな。何が『バイトでもして、社会を知ろう』だよ。もう遅いっての。
「商店街で雇ってくれそうなところ探してやろうか? いくつかアテあるけど」
商店街ってあの商店街? ボランティアとかいうやりがい搾取をしてきた、あの商店街? ブラックバイトに捕まった時に助けてもらったから、あんまり偉そうなこと言えないんだけどさ。
「……駆け込み寺にさせてもらいますよ」
とりあえず社交辞令で誤魔化しておこう。もしもってこともあるし、保険的な意味合いも兼ねてな。
まあ、ニートよりは多分マシだろう。大学卒業する意味がなくなっちまうけど。
「その言い方は失礼じゃないか? いくらキミでも怒るぞ」
商店街を馬鹿にされたと思ったらしく、珍しく敵意を向けてきた。つまらん喧嘩はゴメンなので、誤解を解いておこう。
「いや、侮辱したつもりはないんですけど」
「それならいいんだけどさ、案外悪くないと思うぜ? サラリーマンより、よっぽど温かい世界さ」
社会に打ちのめされた人が言うと説得力が凄いな。一般企業の正社員と商店街のバイトじゃ、生涯年収が倍くらい変わりそうだけど。
「どういう企業に就職したいとか、そういうの決まってるのか?」
職種すら決まってないよ。資格も普通免許ぐらいしか持ってないし。なんか取ろうかな? やまびこ検定とか就職に活かせるかな? 名前しか知らんけど。
「その話は置いといて、早くお見舞いの品を選びましょうよ」
都合が悪い話なので、とりあえず打ち切ろう。長居すると店にも迷惑だし、俺の判断は間違ってないだろう。
「レンジで作れるおかゆとか、茹でずに食べられる蕎麦とか、ゼリーとか、その辺でいいんじゃないか?」
絶対に料理をしたくないという鋼の意志を感じる。
俺らより風夏さんが行ったほうが良かったんじゃないか? 茜さんは忙しいから無理として。
「制汗シートとかもいいかもな」
「それって風邪の時に使う物ですかね?」
大量に汗かいてるだろうけど、使っていいのか? いや、ダメなことはないと思うんだけど、ああいうのって気温による汗用なイメージあんだよな。
「シャツとかパンティの消費激しいかもだし、買っていってやるか?」
「シャツはともかく、下着のサイズとかわかるんですか?」
「なんとでもなるさ」
なるのかな? なんとなくだけど、女性用の下着ってサイズ合わないと気持ち悪そうなイメージがある。男なんて、よほどズレてない限りなんとでもなるけど。
「そういえば未智さんって、下着どうしてたんですか? 俺らの家に二泊したってことは、三日も同じパンティとブラを……」
「本人がいないからってセクハラはやめろ」
え、セクハラ判定になんの? 純粋な疑問だったんだけど。
「ちょうど私と似たような体格だから、私のを貸してやったさ」
「下着のシェアってどうなんですか?」
「小学校の保健室でもパンツ貰えるだろ? そういうことだ」
女子小学生と成人女性では話が違うと思うんだが、本人たちが納得してるなら何も言うまい。恥ずかしい話だが少しだけ興奮したってのは、余計な情報だろうか。
「しっかし美羽も変わったよなぁ」
良さげな物を適当に買い物カゴに放り込みながら、突然しみじみと呟く飛鳥さん。
「そうなんですか? 確かに出会った当初と比べて、態度が柔和になったような気がしますけど」
男ってだけで敵視されてたけど、今は同じベッドで寝てくれるもんな。間に飛鳥さんを挟むという条件付きだが、それでもパンティ丸出しで寝るってだいぶ信頼されてるよな。まあ、信頼を裏切ってガン見したんだけど。
「アイツが男を家にあげるなんて、天変地異の前触れとしか言いようがないさ。ましてや自分から招き入れるなんて」
「昔、男と何かあったんですか?」
痴漢されたとか、イジメられたとか、トラウマになるような事件でもあったのだろうか? だとしたら、俺と出会ってすらないと思うんだけど。
「何かっつーか、アレだよ」
あっ、あんまり大したエピソードじゃなさそう。
「小学生で気の強い男女が対立したりするだろ? アレを引きずってるんだよ」
……もう二十歳超えてるのに?
女子校に通ってたとかならまだしも、話を聞く限り共学だよな? 男子と喧嘩、もとい一方的な不意打ちをしてたって言ってたし。
「アイツの報復方法はシャレにならんし、当然和解するわけもなくだな」
「要するに異性と仲良くできないどころか、敵対し続けたまま大人になったと」
喧嘩の理由にもよるけど、とりあえず同情の余地はなさそうだな。
深堀りしても面白くなさそうなので適当に流して、ササッとお見舞いの品を買い揃えた。わりと適当に買ったけど、数撃ちゃ当たる理論でなんとかなるだろ。
影山さん宅にたどり着きインターホンを鳴らすも、応答はなし。トイレにでも行っているのだろうか。
「鍵開けてるから勝手に入っていいって言われてるし、行くぞ」
あっ、事前にそういうやりとりがあったんだ。
……影山さんとやりとりしたのは飛鳥さんだけなんだが、本当に俺も呼ばれてるんだろうな? 変なサプライズはやめてくれよ?
「不用心ですね、家にいるとはいえ」
などと言いつつ飛鳥さんの後に続く。あっ、大丈夫だと思うけど、入る前に一応マスクつけとこ。
茜さん、飛鳥さんに続いて、女性の家にあがるのはこれで三度目だな。これだけ経験を積んでなお緊張するのだから、俺も影山さんにとやかく言えないかもしれない。
ちなみに家についてだが、影山さんらしいと言ったら失礼かもしれんけど、なんの変哲もない一軒家だ。特筆することは特にないが、強いて言うなら掃除が行き届いている。築年数もそこまで古くなさそうだ。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。
「おい? 生きてるか?」
「はい……。一応……」
思ったより重症じゃないか? 会話が成立してるから、命に別状はないと思うんだけど、それにしたって異常な発汗量だ。
体に触れずとも、顔色と声色だけで高熱だとわかる。こころなしか湯気が出てるように見えるけど、それはさすがにイマジナリーだろうか。
……不謹慎なので絶対口には出せないが、ほんの少しだけ色っぽい気がする。そんな邪な考えを抱いた自分を、心の中でぶん殴っておいた。
「ありがと……ます……」
「え? ああ、気にするな」
まともに喋れていないが、大丈夫なのだろうか。屋外で寝たからって、普通ここまで重い風邪をひくか? そんなに薄着じゃなかったと思うんだけど
「中岡君も……ありがと……」
「いえいえいえ、無理に喋らないでください」
「うん……優しい……」
本当に不謹慎な男だよ、俺は。弱っている影山さんを見て『ここまでしおらしい影山さんも珍しいし、たまには風邪も悪くないもんだな』とか考えちゃったよ。
「美羽、汗大丈夫か?」
「……気持ち悪い」
「おっけおっけ、今拭いてやるからなぁ」
そう言って、影山さんのパジャマのボタンに手をかける。いやぁ、飛鳥さんって普段はアレだけど、こういう時は頼もしい人だなぁ。
などと考えながら見つめていたら、飛鳥さんがキッと睨みつけてきた。え、急にどしたん?
「病人相手に性的なこと考えてんじゃあないぞ」
不意打ちすぎてドキッとしたね。まさか先程の〝色っぽい〟という心の声が口に出てしまったのか?
「ボケッとしてないで、一旦部屋を出てくれないか? 最低でも後ろを向くぐらいしたまえよ」
「あっ、はいはい、すぐ出ます」
あっ、そういうことね。そりゃそうなるよな。俺としたことが、なんにも考えてなかったわ。友達同士で看病するっていう、尊い一ページにしか見えてなかったわ。
……俺来る必要あったのかな? 俺に出来ることなんていくつもないぞ。おかゆさえまともに作れないし、着替えを手伝うこともできない。荷物持ちが必要なほどの量でもない。なんのために来たんだろ、俺は。
一人寂しく廊下で待機するこの時間が、徐々に俺をネガティブにしていく。思うに人間ってのは、余裕がないくらいがちょうどいいのかもしれん。下手に考える時間ができたらこれだもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます