#91 抜け出せない修羅場

 正直なところ、状況を飲み込めていない。だが、わりかし重要な場面だってのはなんとなくわかる。

 あの、その……今更すぎるかもしれんけど、この人らって本当に俺のことが好きなの? よりにもよって俺なんかのことを。


「とにかく未智は今後、嫉妬で暴れるの禁止な」


 飛鳥さんになんの権限があるのか知らないが、謎の禁止令を発令した。

 他のメンバーはいいの? ダメだよ?


「嫉妬なんかしたことない」


 ……そうだったっけ? 茜さんとデートするようにけしかけといて、勝手に嫉妬してたじゃん。


「じゃあ何も言うなよ」


 意地悪な笑みを浮かべた後に、俺の膝の上に座る。もしかして今のセリフは、未智さんだけじゃなくて、俺に対しても向けられてる? 矢印二本出てる?


「ふっ……。アラサーのセクシャルコンタクトとは思えないほどの稚拙さだね」


 鼻で笑いつつ、わりと重めのボディブローを決める。いくら友達でも、あんまりアラサーって単語使うとそのうち友情崩壊するぞ?


「進次郎君、いつもの頼む」

「え?」


 なんか急にバーテンダーになったんだけど? 本人は悦に浸ってるけど、店側からすればただただ鬱陶しい注文きたんだけど?


「ふふっ……。ドヤ顔してたくせに、空振りしてる」


 やめてあげて! 『マスターいつもの』が空振りするって、次から店に来なくなるレベルの屈辱だから!


「進次郎君、意地悪しないでくれよ。大人の愛撫を見せてやってくれ」


 ……胸を揉めってこと? ないんだけど? っていうか日常的にそんなことしてないし、なんなら触ったことすらないんだけど、捏造しないでくれるか?

 それとも普通に頭を撫でたらいいのか? どこに大人要素があるんだ? わからんけど、とりあえず撫でとこう。


「はぁ……進次郎君の愛撫は落ち着くなぁ」


 愛撫に変な意味がないってのはわかるけど、なんとなくセンシティブだから別の単語を使ってほしい。あれ、そういえば撫でるって愛撫以外に適切な熟語あったっけ?

 というか今更未智さんに、こんな挑発は効かないだろ。だってキャンプの時にキスのみならず、まさかの手コ……。


「そろそろやめて、鬱陶しい」


 効いてる? ただ単に膝の上に乗せて頭を撫でてるだけなのに、バチグソに嫉妬してる? これがそんなに羨ましいのか? 女性って頭を撫でられることに嫌悪感を抱く人が多いはずだろ?


「なぜだ? 未智は別に、進次郎君のことなんか興味……」

「いいからやめて」


 話を遮りながら立ち上がり、こちらに向かってきた。あ、あの? 一体何をするおつもりで? 新居なんで暴れるのはやめていただきたいんだけど。


「おい? なんだこの手は? 痛いぞ」

「早く離れて」


 飛鳥さんの質問に答えず、髪をグイグイと引っ張る。未智さん、それは本当にやめたほうがいい。温厚な俺に怒られて泣いたのを忘れたのか? 髪を引っ張るのって本当にシャレにならんからな? 女性なら尚更だろう。

 しかし、考えてみると女性の喧嘩って合理的だよな。ひっかきとかビンタみたいに筋力を覆す打撃技を使うし、髪を引っ張ったり股間狙ったり、考えようによっては男同士の喧嘩よりもよほど荒々しいのでは?


「おい、本気でキレるぞ?」

「じゃあ離れて」

「キミこそ手を離せ」

「飛鳥さんが離れたら離す」


 堂々巡りじゃない? こういう時は第三者が止めるのが一番良いと思うんだけど、誰も動きゃしねえ。俺が止めるとややこしいことになりそうだから、未智さんと一番仲がいい風夏さんに止めてもらいたい。いや、実際に一番かどうかは知らんけど、初めて風夏さんと飲みに行った時に未智さんを誘ってたじゃん。

 アイコンタクトでSOSを発信するも、微笑を浮かべるだけで立ち上がろうともしない。腰重っ! ケツがデカすぎて動けないのだろうか。

 ダメ元で、行儀の悪い座り方をしてる影山さんにアイコンタクトを送る。待てよ、目が合った瞬間にスカートを押さえるな、別に見てないから。ただ単に助けてほしいだけだから、変な勘違いしないでくれ。

 コイツらはダメだ、こういう時は茜さんが……。え、そのジェスチャーは何? 自分の頭を撫でてるけど、どしたん? 急に自分を褒めてあげたくなったの? 自己肯定感を高めたくなったの? なんとなく俺の承諾を求めている感じがするんだけど。

 わけがわからんけど、とりあえず頷いてみた。おっ、立ち上がったぞ。何かを約束させられた気がするけど、今は気にしないでおこう。


「はいはい、ストップ、ストップー」


 手をパンパンと叩きながら、掴み合う二人を制止する。いつの間に飛鳥さんも応戦してたんだよ。気持ちはわかるけど、収拾付かなくなるから反撃するなって。

 あっ、未智さんが大人しく手を離した。あの未智さんが素直に言うことを聞くなんて、このお婆ちゃん何者だよ。

 おっ、飛鳥さんも俺の上からどいたぞ。やっぱ茜さんは凄……うぐっ!?


「あ、茜さん?」

「なあに?」

「なぜ俺の上に座るんです?」


 これじゃあ、飛鳥さんが交代のために降りた形になるじゃん。絶対そんな意図はなかっただろ。ほら、目ん玉ひんむいてるよ。

 それにしても独特な匂いがするな。どう表現したものか悩ましいが、和風の匂いというのが一番しっくりくるだろうか。文化の多様化で薄れつつある和の心が、取り戻されるような感覚だ。ああ、俺の中にも和の心があったんですね……。


「何を恍惚としてんの? キモッ」


 影山さんの不当な罵倒で意識を取り戻す。危ない危ない、茜さんの香りで舟をこいでたぞ。催眠婆ちゃんかよ。


「どーせスケベなこと考えてんのよ。茜って案外お尻デケーし」


 意識してしまうから言うな。女性同士でも言っていいことと悪いことがあるし、何より……。


「風夏ちゃんのほうがおっきいと思うけどねぇ」


 ほんとそれ。これ以上大きくなると逆にダメっていう、限界ギリギリまで攻めたデカさじゃん。ボクサー並みにギリギリを攻めてるじゃん。一歩間違えれば一つ上の階級に放り込まれるよ。


「アタシは茜と違って引き締まってるし」


 引き締めてその大きさなん? サラシを巻いても巨乳的な?


「下品……」


 ボソッと侮辱する未智さんだが、俺の目には強がっているように見えた。胸はともかく尻が小さいのって、コンプレックス足り得るのか? 俺にはわからん世界だ。

 この手の話題は気まずいし、とりあえず流れを強引に変えるか。続きがあるなら勝手に女子会でも開いてくれ。


「あの、せっかく新居に引っ越したんですから、もう少し健全な話をですね……」


 キャンプの時もそうだったけど、この人らの会話って基本的に下ネタ寄りなんだよ。ここまでくると、俺がいない時の会話を聞いてみたくなる。女性という生き物に幻滅しそうな気がしないでもないが。


「ええけど、とりあえず愛撫? とかいうのをしてくれん?」


 あっ、さっきのジェスチャーはそういうことだったんですね。撫でないと話が進まなさそうだから、大人しく撫でておくか。

 おお……飛鳥さんと違ってサラサラだ。日本人形の髪をクシでといたら、こういう手触りなのだろうか。


「茜、やめて」


 撫でたら撫でたで話が進まねぇ! なんとなくそんな気がしてたけどさ!

 それにしても、茜さんの髪は引っ張らないんだな。飛鳥さんのヒエラルキー、妙に低くない? 遊ぶ時に一番金を出してくれてるのに。


「進ちゃんのことを好きだって認めたら、代わってあげてもええよ」


 どれだけ言わせたいんだよ。それ一昔前に流行った『じれってえな、俺がやらしい雰囲気にしてくる』ってヤツじゃん。〝やめる〟じゃなくて〝代わる〟ってのもセコイし。そこに俺の意思はないんか?


「私は純粋に知的好奇心を満たしたいと思ってる。彼はあくまでも一モルモットにすぎない存在であり、私から好意を向けられるような男では……」

「はいはい」


 塩対応すぎる。いくらなんでも取り付く島がなさすぎるだろ。適当に流したくなる気持ちもわかるけどな。


「進ちゃんは私の物やから、他のモルモットちゃんを探してね」

「は? 私が先に目をつけたのに?」

「はいはい」


 その最強の論破術やめろ。汎用性高すぎて、もはや禁じ手だろ。っていうか俺は茜さんの物じゃないし。

 いい加減、この話やめてほしい。せっかく六人揃ったんだし、普通に遊ぼうよ。


「テキトー抜かすなよ、キミ達ぃ」


 ああもう、面倒くさいから引っ込んでろよ。年長者なんだから、これ以上話をこじれさせるな。実家に話し合いに行った時もそうだよ。結局アンタのせいで、決着がつかなかったんだぞ。


「誰よりも早く目をつけて、行動に移したのは誰だ? 私だろ? 初っ端から好意をむき出しにしてたんだぜ?」


 それはそうかもしれんけど、それって勇み足というか、勢い任せというか。恋に恋するってのはまた違うかもしれんけど、健全な恋と言えるのか? 今でこそ好意と呼べる代物かもしれんが、あの時はやぶれかぶれだったろ? 別に始まりなんてどうでもいいっちゃいいんだけど。


「飛鳥さんの好意は、婚期への焦りにすぎない」


 一撃があまりにも重すぎる。正論なら何を言ってもいいわけじゃないからな?

 しかも未智さんの喋り方とか声色って、妙に刺さるんだよ。冗談っぽくないとでも言うべきか、真っ向から喧嘩売りにいってる感があるというか。


「最初はそういう気持ちも強かったさ。でも今は心の底から好きさ」


 そんな屈託のない笑顔で宣言しないでくれよ。友達とはいえ、人前だぞ?


「あの、そろそろ本当にこの話やめません? 終わりが見えないんですけど」

「あっ、照れてるー」


 ああもう! 話が進まなくなるから、いい加減にしてくれ! せっかくバイトも大学も休みだってのに! 気疲れさせんじゃねえ!

 などと胸のうちでは憤りつつも、それを表に出す根性などない。


「風夏さん……あの、マジで勘弁してください……」

「ごめんごめん。あっ、アタシも今は好きだよ」


 勘弁する気ねえじゃん! なんの謝罪だったんだよ!

 っていうか風夏さんも? さすがにノリだよな? もし本気ならめちゃくちゃ嬉しいけど、頼むからノリって言ってくれよ。俺はこの三人だけで、とっくにキャパオーバーしてんだよ。

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