#90 引っ越しパーティ

 キミ達は、友達がマイホームを手に入れたので皆で遊びに行くという経験をしたことがあるだろうか? 俺? 勿論ないよ、友達自体少ないし。でもなんとなく想像できるよ。多分皆、大はしゃぎすると思う。各々勝手に家中歩き回って、押し入れとかあさったりとかさ。で、そのまま酒でも飲みながらゲームってパターンかな。

 うん……現実ってのはいつだって、ぼっちの理想とは真逆になるんだよな。


「…………」

「…………」


 客人も世帯主も、一切口を開かねえんだけど? パーティどころの騒ぎじゃねえんだけど? なんで若者が六人いて、閑古鳥が鳴いてんのよ。コミュ障のオフ会かよ。

 せっかく引っ越しやらご近所回りやら、面倒なことを済ませたってのに、なんでお通夜よ。一仕事終えた後はパーティだろ? 違うのか? せっかくの一軒家だぞ?


「備え付けのエアコン、ちょっと古めだけど暑くないかい?」


 飛鳥さんがそう言いながら、背伸びしてエアコンの製造年数を確認する。こうして見ると本当に小さいな、この人。


「おいおい、返事ぐらいしろよ」

「……涼しーよ」


 声のトーン低っ! 今のは本当に風夏さんの声なのか? 幻の陰キャ時代に戻ってないか?


「どうしたんだよ、今日はヤケに静かだな?」

「だってさぁ……」

「だって?」

「……」


 何かを言いかけて、そのまま黙りこくる。おかしいな、いつもなら人一倍ズケズケ喋るのに。俺の鳩尾に蹴りを入れた時並みに暗いぞ。

 そういやあの時の少女、あれは一体何者だったんだろう。あの子のしたことって明らかに犯罪だと思うんだけど、通報したほうがよかったのではないだろうか。

 などとどうでもいいことを考えていたら、影山さんがおずおずと口を開いた。


「あの、飛鳥さん」

「ん?」

「その……中岡君が借りた家に居候してるとかじゃなくて……その……」

「ああ、正式な同棲だよ。届け出を出してるから強制退去の心配はないさ」


 あっ、そういうことか。こいつらが押し黙っていたのって、そういう理由かよ。自分で言うのも気恥ずかしいっていうか自惚れっぽくてアレだけど、飛鳥さんが抜け駆けしたことに対して憤ってるのか。

 相手が俺ってことは一旦置いておくとして、確かに怒るよな。だって究極の抜け駆けじゃん、これって。現実世界をベースにしたハーレム系の漫画で、ヒロイン一人だけ主人公と同棲ってまずいだろ? 親戚だとか、侵略してきた宇宙人だとか、そういう背景があるならまだわかるけどさ。

 ああ、言えば言うだけ恥ずかしくなってくるな。オタサーの姫を取り合うのはわかるけど、姫サーのオタだぞ? 人類の九十九パーセントが女性だったらワンチャンあるかもしれんけど、ほぼ五分五分だろ?


「それってその、本格的なカップルというか……」

「まあ、そう見えるよな。今んところ、前と変わらないけど」


 そりゃ変わらんよ、初日だもん。速攻で皆を呼んだから、変な空気になる時間さえなかったし。強いて言うなら役場に行った時、少しだけ変な空気になったかな。婚姻届でも出すのかってくらいソワソワしたよ。


「どーせ飛鳥さんから言い出したんでしょ? そーゆー外堀の埋め方ズルくね?」

「姑息。婚期を焦る気持ちはわかるけど、最低限のモラルぐらいは死守してほしい」


 あっ、まずい。争いが起こる予感がする。強引にでもこの流れを断たねば。


「ま、まあまあまあ。それよりもっと家を見てってくださいよ、良い家でしょう?」

「後でじっくり見る。今はそれどころじゃない」


 いや、そんなに急を要することかよ、この話題。

 もっとテンションあげようぜ? せっかくの一軒家なんだよ? ちょっとぐらい大声出してもいいんだから、騒ごうよ。


「居候の時点で三歩ぐらいリードしてるのに、同棲は欲張りすぎ」


 まあ、リードっていうか本来ならばゴール手前よね。俺の家に飛鳥さんがいるのが当たり前になりすぎて逆に意識してなかったけど、どう考えても友達関係を超えてるわ。これでキスすらしてないってマジ?


「あのよぉ、前々から言いたかったんだが……」


 大層な前置きをした後に、ため息をついて間を置く。よほど言いづらいことなのだろうか? 言いたいことをその場で全て吐露するタイプの飛鳥さんが、胸の内に秘めていたこととは一体?


「私は進次郎君に対して明確に好意を示してんだけど、キミらはどうなんだ?」


 あっ、それは俺もちょっと思ってた。俺が誰と何をしてようと、皆さんはあれこれ言える立場じゃないよなって。


「……そもそも別に好意なんか持ってない」


 未智さんは、バツが悪そうにそっぽを向いた。ちょっと無理ないか? 体の関係という意味では一番進んでるのに。

 小説を書くための資料集めとか、言い訳としてはそろそろ苦しいだろ。


「じゃあ未智は今後、何も言うなよ? 私と進次郎君が何をしようと……」

「友達として咎めてるだけ」


 食い気味に反論する。出任せにしては結構スジが通ってるのがタチ悪い。


「友達なら応援してくれよ」


 飛鳥さんがさらに正論で返す。そうだよな、よほどの相手じゃない限りは、口を挟むようなことでもないよな。親族でギリ許されるかどうかだよ。


「イイ男なら応援するけど、こんなのはダメ。不幸になる」


 あんまりな言い方だが、否定できないのが辛い。ちょっとブラックバイトに引っかかっただけで心折れる男だもんなぁ。女の子でも泣きながら続けてるっていうのに。


「ハッキリ言って余計なお世話だ。もう二度と進次郎君にキスするなよ」


 あの時は大人の対応してたのに、めっちゃ根に持ってるじゃん。俺的にはアレをキスにカウントしたくないんだが? 未智さん的にも事故らしいし。

 いや、それよりも……。


「その話、詳しく聞かせてもらえんかねぇ?」


 茜さんの前でこういう話はまずいって、嫉妬深いんだからさ。十歳にも満たない少女相手に嫉妬するような人だぞ?


「私がタバコを吸ってむせたのをバカにされたから、キスするハメになった」


 ハショりすぎでは? それで点と点が繋がるヤツは、名探偵を通り越してエスパーだろうよ。


「なるほどねぇ、煙を口移しして進ちゃんをむせさせたんやねぇ」


 エスパーお婆ちゃん!


「どーゆーこと? わけわからんし」


 ノーマルギャル!


「普通そんなしょうもないことでキスする?」

「美羽はわかってない。こんな男にバカにされたら、さしもの私も腹が立つ」


 〝こんな男〟呼ばわりされる筋合いはないんだけどな。これでも未智さんに尽くしてるほうだと思うんだけど。


「とにかくアレはノーカウント。キスするつもりなんて毛頭なかったし、あんなのは気にも留めてない」


 本当にそうだろうか? かなり動揺していたように見えたし、なんなら『責任を取れ』とか言ってた気がするんだが、記憶違いだろうか?

 赤面しながら、抱き枕カバーみたいなポーズしてたと思うんだけど、本当に記憶違いなのか? だとしたら俺の脳みそ、相当気持ち悪いんだけど。


「へぇ、じゃあ未智ちゃんは、進ちゃんと金輪際スキンシップしないんやね?」

「そうだな、それがスジってもんだよな」


 いかん、こいつら手を組みだしたぞ。ライバル減らしに余念が無さすぎる。

 子供体型でアラサーの飛鳥さんはまだしも、他の四人が俺を取り合う理由なんてないはずなんだけどな。確か茜さん以外の三人は大学通ってんだから、サークルにでも入れば一瞬で彼氏できるだろ。


「今後の変化の余地はある」


 ……? 話噛み合ってなくない?


「友達付き合いが恋愛感情に変わる可能性があるって言いたいんやね?」


 このお婆ちゃん、さっきから読解力高くない? 俺全然わからなかったんだけど。


「でもよぉ、異性の友達と密着したりキスしたりしねえだろ? これからは一定の距離を保つってことでいいんだな?」

「……私がどういう距離感で接しようと自由」


 お互いに一歩も引かねえな。ただ、潰そうとしているようには見えないんだよな。

 茜さんは知らんけど飛鳥さんは、未智さんをスタートラインに立たせようとしてる感があるんだよ。どうしても禍根を残したくないのか、それとも絶対に勝てるという確信があるのか。……両方だろうなぁ。


「じゃあ他の男にも同じような距離感で接するんだな?」

「……それも含めて私の自由。いい加減しつこい」

「キミこそ頑固すぎるぞ。そろそろ認めたらどうだ? 自分の気持ちに素直になれ」


 うーん、そのやりとりは俺のいないところでやってほしいんだが、それってワガママなんかね? 当事者なんだけど、このやりとりに関しては部外者でいるべきだと思うんだけど。

 いや、本当に恥ずかしいんだよ。明らかにランクが上の女の子達が、俺なんかを取り合うっていうシチュエーションがさ。

 おかしい。俺はその辺のラブコメ主人公みたいにフラフラしてないはずなんだが。

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