#74 見識ギャル
すげぇ、何やってるかよくわからんけどすげぇ。説明書を一切見ずにプラモデルを組み立ててる人を見てる気分だよ。
「魚の下処理できるんだなぁ、キミ」
「逆にできんヤツおんの?」
います……ここに二人ほど。
え、義務教育の範疇なん? いや、そりゃ調理実習で一回ぐらいさばく機会あるかもしれんけど、アレはノーカンじゃん? 調理実習なんて学校生活における通過儀礼みたいなもんで、あの経験を成人後に活かしてるヤツいないだろ?
「進次郎君、キッチンペーパー」
そんな手術中にメスを貰う感覚で言われましても……。
「え? ないですけど……」
「はぁ? そんぐらい常備しとけし」
んなこと言われても、俺ら料理しないもん。っていうかキッチンペーパーっていつ使うんだよ。使うのってせいぜい揚げ物とかじゃないの? 魚さばくのに使うん?
「ってか、包丁も切れ味わりーし」
ああ、やけに険しい顔してると思ったらそういうこと? てっきり集中してるがゆえの表情だと思ってたんだけど、切りにくくて困ってたのね。
「野菜ぐらいならいいけど、魚はちゃんとした包丁使わなきゃいけないんよ」
「へー、肉と変わらなそうですけど」
「アンタねぇ……」
うわ、めっちゃ落胆されてる。いや、このご時世、一人暮らしでも料理できないヤツはごまんといるって。そもそも自炊の主目的って栄養を摂取することじゃん? 最近はコンビニだけで栄養しっかり取れるし、料理なんかできなくても……。
「自分らだけなら飯なんて適当でもいいかもしんないけどさ、そんなだと子供ができた時に困るよ? 子供時代の食生活って、影響でかいって聞くし」
返す言葉もないとはこのことか。似非ギャルだけあって、その辺のギャルママよりよほど見識が深い。この人なら、深夜の免税店に幼い子を連れて行く心配がないな。
「進次郎君、一緒に勉強しようか。とりあえず今度、栄養学の参考書を見に行くか」
基礎から攻めすぎて、逆に専門的すぎん? 自分でも何を言ってるかよくわからんけど、なんとなくわかるだろ?
下手な例えかもしれんけど、言うなれば節約のために経済学を勉強する的な?
「……大学が忙しいのでお任せしても?」
そんなものって言ったらアレだけど、栄養学とか子育てについて勉強してたせいで卒業できませんでしたとか、笑い話にもならんぜ。
「あのなぁ、忙しいのはわかるけど大事なことだし、こういうのは二人でだな」
「どうせまだ先のことじゃないですか。生まれてからしばらくは、普通の食事なんてできないんですから」
「今やらないヤツは、いざその時になってもだな」
風夏さんが黙々と料理をしている背中で、子育て討論バトルに勤しむのはいかがなものだろうか。でも仕方ないじゃん、俺らが手伝えることなんて何もないんだから。
「アンタら結婚する前提じゃん。ウケるんだけど」
振り返りもせず苦笑する。声色からしてあまりウケてない気がするんだが、気のせいだろうか。
いや、それよりもだな……。
「自分でも驚いてますよ。特に違和感がなかったというか」
もう内心では覚悟決まってんのかな。まだ恋人にすらなっていないというのに。
「風夏はいいのか? このまま私達が結婚しても」
「……そのへんのしょうもないヤツと結婚するよりはいいけど」
……けど?
「まだ出会ったばっかじゃん? 勢いに身を任せるのどーかと思うわ」
つくづく正論をかましてくるな。無理にギャルキャラを貫く必要ある?
っていうかアンタ、以前は勢いに身を任せさせようとしてなかった? 初めて飛鳥さんが泊りに来た時、据え膳がどうだの言ってなかった? 俺と飛鳥さんをくっつけようとしてなかった?
「結婚なんてわりと勢いだぞ。たまに『コイツよく結婚出来たな』ってぐらいクソみたいなヤツいるだろ? ああいうのって、世間体のために妥協してもらったとか、一時的な衝動に身を任せたとか、そういうことだぞ?」
なんという説得力。アラサーってだけで、結婚関係のトークに説得力が備わるのズルくない?
「んなの昔の話だし。今は家事も仕事もなんとかなる時代だし、無理矢理結婚させる親も減ってきてるよ。これからの時代、どんどんダメなヤツが結婚しづらくなってくるに違いねーわ」
極論というか暴論に近いが、一理あるんだよなぁ。
女性は多少問題があってもその気になれば結婚できるかもしれんけど、低スペック男子は孤独死していくんだろうな。そう考えると、一人で美女を五人も身近においてる俺は万死に値するのでは? 一人でリソースを持っていってるわけだし。
「昔ほど離婚に対するキヒ感ねーだろうし、少子化は止まらねーかな」
忌避感かぁ。そういや昔は、離婚は恥じるべき行為という価値観だったんだっけ?
……なんの話してんだ? 俺ら。
少し偏ってはいるものの、風夏さんが存外見識者だったから、話が変に弾んじまったよ。
「ほら、キッチン狭いんだから、どっか行った行った」
包丁を持っていないほうの手で、俺と飛鳥さんに対して追い払う仕草をする。魚の水気が数滴飛んだように見えたけど、見なかったことにしよう。
無力感を感じつつも、これ以上邪魔にならないよう飛鳥さんを連れて自室に戻る。
女の子に料理を任せて、自室で待機かぁ。これをSNSで呟いたら、頭のおかしいアカウントに絡まれるだろうなぁ。
「そーいや米炊いてなくね?」
「炊いてる余裕っていうか、食べる余裕ないと思いますよ。少しでも多く食材を消費しないと腐っちゃいますし」
商店街の人達さぁ、気持ちは嬉しいんだけど、量ってもんがあるじゃん? 冷凍するにしたって、一人暮らしの冷蔵庫じゃ限界があるし。
「じゃあ今日はビール三昧だな。やっぱビールだよなぁ」
アンタ……酒でやらかしたばっかりなのに、よくもまあ……。
そういや茜さんのママさんが言ってたな。飛鳥さんはストレスを抱えると、酒やタバコの摂取量が増えるって。
……相当実家からの呼び出しが嫌なんだろうな。飛鳥さんが嫌がれば嫌がるほど、俺も怖くなってくるからやめてほしい。
……大学の講義中にでも、親御さんからの質問に対するカンペを用意しようかな。ノープランで行ったら、圧迫面接で泣かされる気がするし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます