#72 ネットのおもちゃデビュー

 顔から火が出るほど恥ずかしいという比喩表現をよく耳にするが、その感覚を身をもって理解することができた。今の俺と飛鳥さんの顔に生卵を落とせば、半熟ぐらいには焼けるんじゃないだろうか。


「あのね、お兄さん。若いからそういうこともあると思うけど、本当に危ないよ?」

「返す言葉もございません……」


 申し訳なさと羞恥心で顔を上げることができない。一刻も早くシャワーを浴びたいところだが、それ以上に消え去りたいという気持ちが大きい。なんで人生にはスキップ機能が実装されていないのだろうか? アプデ早くしてくれ。


「女性も一緒にいるんだからさ、しっかりしないと。お兄さんは守ってあげる立場だろう?」

「え、ええ。もしもの時は身を挺してでも……」

「もしもの時が来そうになってたんだよ、お兄さん」


 ね、ねちっこいなこの人。アンタの仕事は住民の安全を守ることだろ? 俺を責め立てることになんの意味があるんだ? いや、別に決して逆ギレをしてるわけじゃなくてだな。


「あの、おまわりさんや。その辺で勘弁してやってくれないか?」


 俺と共にうつむいていた飛鳥さんが、俺に救いの船を出す。でもな、アンタがそういうこと言える立場じゃないんだよ。


「お姉さんも同じだよ? もう二十七歳だろう? 若い子を導いてあげないと」


 ほら、ただただ説教が長引くだけなんだよ。ヘイトを引き受けてくれたのはありがたいけどさ。


「二十七は若いだろ!」


 言いたいことはわかるけど、食ってかかるなって。面倒なことになりかねんから。


「そうよ、そうよ! セクハラよ!」

「時代の流れについていけー!」

「男社会反対!」


 うわっ、予想とは全然違う方向で面倒なことになってきたぞ。

 職質を受けている俺らを好奇の目で見てた野次馬達、主にオバ……マダムが飛鳥さん側につきだしたんだが?

 正直言って別に嬉しくないっていうか、なんかズレてない? 確かにこのおまわりさんの発言にも問題があるっちゃあるけど、そこってそんなに重要なのか?


「と、とにかく! ただ酔っぱらってただけでいいんだね? キミ達」


 空気感に耐えられなくなったのか、事情聴取を打ち切ろうとするおまわりさん。なんていうか、重ね重ねすみません、本当に。俺らバカコンビのせいで早朝から駆り出された上に、住民から糾弾されて……。


「はい、それで間違いありません」

「そうかそうか、これからは気を付けてください。では私はこれで!」


 逃げ帰るように立ち去る警察官。大丈夫かな? 野次馬の中には若い人もいるし、SNSに動画上げたりされんよな? 俺らのためにも、警察官のためにもそれだけはやめてほしい。一応後で検索かけてみるか……。どうやってエゴサすればいいのか、イマイチわからんけど。


「進次郎君、災難だったな」

「どっちかといえばおまわりさん側のセリフかと」

「迷惑かけちまったのは事実だけど、向こうにも非があるぜ? 一言二言注意すれば済む話なのに、衆目環視の中でネチネチと……」


 うーむ……。ごもっともな意見に聞こえるけど、それでもやっぱり俺ら二人が悪いよなぁ。公園の砂場で重なり合って爆睡だもん。そりゃ通報されるよ、事件性があるもん。なんなら事件性しかないもん。

 なんでよりによって砂場なんだろうな。最近建立されたであろう立派な砂山が横にあるけど、まさか砂遊びに夢中になってそのまま……?


「っていうかここはどこなんだい?」

「……団地の公園ですよ。俺らがこっち方面に来ることないから、飛鳥さんが知らないのも無理はありません」


 なーんでよりによって自分の住んでるアパートの公園で寝落ちするかねぇ。未智さんのせいで他の住民からマークされてるし、目立つことはしたくなかったんだが。


「そりゃよかった、じゃあすぐにシャワーを浴びに帰れるってことじゃないか」


 メンタルお化けかよ。俺は、砂まみれで歩き回ることになろうと、遠くの公園で寝落ちしたかったよ。

 ……まあいっか。財布とスマホは取られてないし、何より飛鳥さんが無事だし。

 未だに残っている暇な野次馬共の視線を背に受けながら、自分達が住んでいる棟に向かった。もう二度とここに来ることはあるまい。




 二度寝できそうにないし、かといって大学に行く気力も出ない。せっかくなので、飛鳥さんとゲームをして過ごすことにした。

 よほど先ほどの一件を忘れたいのか、いつも以上に熱中している。アパート強制退去リーチがかかっているにも関わらず、普段より大きな声が出てしまう。


「ん? メッセージ着てるぞ」

「あっ、ホントだ。ありがとうございます」

「隙ありっ!」


 スマホに視線誘導された俺の隙を見逃さず、成功率の低い大技を決める。恥を知れ、恥を。


「汚っ! 大人げないですよ!」

「誰が年増だ!」


 飛鳥さんの卑劣な技で試合が終わったので、休憩も兼ねてメッセージをチェックする。げっ、未智さんからだ。


「誰から?」

「未智さんですけど……なんかスクショが……」


 なんだろう、エッチな自撮りだったら嬉しいんだけど。うげっ……。


「どした? 見たくないものを見たって顔してっけど」

「お察しのとおりです」


 未智さんには悪いが、メッセージとスクショを無断で見せる。ここ最近は変なやりとりをしていないから、見られても大丈夫なはずだ。最初のほうに遡れば、例の実験やらなんやらのやりとりが出てきちまうけど。


「SNSの投稿か? あ? なんだこれ? 私達か?」

「百二十パーセントそうですね」


 晒されてるよ……砂まみれで警官に説教されてるところを。しかもバッチリ顔とか風景映ってるし。寝ているところを撮影されなかったのが不幸中の幸いだろうか。

 ホントね、モラルってもんがないよね。俺らが偉そうに言えた義理じゃないけど。


「今気付いたんですけど、親から不在着信が……。後、友達とか、風夏さんとかその辺からも……」

「奇遇だな、私もだよ。キミを連れて実家に来いっていうメッセージ付きでな」


 ……いつかはご挨拶しないといけないって思ってたけど、この流れで? 考えうる限り最悪のタイミングなんだけど。

 ……二、三発は殴られる覚悟はしておこう。

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