#35 行かず後家VS男性不信VSネカマ
「男のくせに長いわよ」
影山さんに続き、シャワーを終えた俺に開口一番文句を垂れる影山さん。
仕方ないだろ、考えごとをしてたら長くもなるわ。アンタだぞ、考えごとの対象。
「じゃあ私も借りようかな。覗くなよ」
もはや何回目かわからない定型文と共に風呂場に向かう飛鳥さん。
最初の頃は「覗きませんよ」と返していたが、最近はシカトしてる。何回シカトされてもやめない精神のタフさは、見習うところがあるな。
「アンタさ、飛鳥さんとはどこまでいってんの?」
飛鳥さんがいなくなるのを見計らっていたであろう質問がくる。
「一緒に商店街手伝ったりとか、勝手に泊まりにきたりとか……それぐらいです」
「でも、ど、同衾する仲だって飛鳥さんが」
「今日が初めてですよ」
「したことに変わりないじゃない!」
だから大きな声出さないでくれ。女性の大きな声イコール俺のDVだって、周りに思われてんだから。あのC級小説家のせいで。
「精神的にきてたんですよ……貴女に嫌われたと思って……」
「なんでそう思ったのか知らないけど、別にいいじゃない。私に嫌われたって」
「……仲良くしたいんですよ」
この人は否定するだろうけど、俺は友達だと思ってる。
面倒くさい五人だけど、誰一人縁を切りたくない。不思議だよな、当初は縁を切りたくて仕方がなかったのに。
早朝に呼び出されようが、街まで連れて行かれようが、ワサビ入り唐揚げ食べさせられようが、商店街の手伝いに駆り出されようが、DV疑惑を浮上させられようが、大事な友達だと思ってるんだよ。最後のは、この先何があっても許せないけど。
「心が読めるわけじゃありませんが、急に腕を掴まれて不快だったことぐらいわかります」
「別に不快とは思ってないけど……」
「でも……」
「でもも、だってもない。勝手に私の気持ちを代弁しないで」
厳しい言い方だが、どこか優しさを感じる。
怒られそうというか気持ち悪がられそうだから言わんけど、この人ってツンデレなのだろうか。
「腹立つけど男らしかったわよ、腹立つけど」
どこが男らしいのかも、どこが腹立たしいのかもわからない。だが、彼女なりの称賛だということは、なんとなくわかる。
「ありがとうございます」
適切かわからないが、とりあえず礼を述べておいた。
「俺からも質問いいですか?」
「なによ?」
「あの、そもそも……あっ、初対面の頃の話なんですけど、なんで俺なんかを特定したんですか?」
貢がされた被害者達ならまだしも、この五人は俺がネカマだと最初から看破していた。暴露するわけでもなければ、ゆするわけでもない。なぜか友達として接してくれている。友達以上の関係になろうとしてる人もいる気がするけど。
「初めに言わなかった? 奴隷になってほしいって」
「それについても聞きたかったんです。なんかその……奴隷感ないというか、想像と全然違う扱いというか」
てっきりミツグ君にされるもんだと思ってたよ。場合によってはストレス発散のサンドバッグにされたりとか。
手口が鮮やかすぎて、反社会的なことをさせられるんじゃないかっていう懸念もあったよ。
「それにキャラも違いません? 茜さん以外」
全員ヤンキー上がりというか、タチの悪いチンピラ感があったような。
俺思ったもん。「こいつら荒事に慣れてやがる。暴力で生計立ててる」って。
実際はWIN5で生計を立ててたみたいだけど。ああ、羨ましい。
「……怖かったのよ」
「怖かった?」
怖かったのは俺のほうだよ、誰がどう考えても。
「成人男性が相手だし、強気の態度でいかないと危ないって判断したのよ」
まあ、たしかにそれはそう。女性の格闘家五人ならまだしも、全員一般人でそのうち三人は小柄な女性だもんな。俺は無理な気がするけど、一般男性なら本気出せば勝てるだろう。
「痛い目に遭う覚悟をしてるってのはマジの話だったのよ。相手が暴れた場合、覚悟決めて全員で組み伏せないと被害が大きくなるもの」
実際そうかもな。撤退する時が一番被害が大きくなるみたいなこと、戦争シミュレーションゲームで学んだ気がするし。
「風夏なんて、完全に覚悟決まってたわ」
「覚悟……ですか?」
「私達の中じゃ一番体格がいいからね。殴られ続ける覚悟で組ついて、股間を掴み続ける気でいたわ」
一番被害が大きくなるポジションじゃん。最悪の場合、殺されるだろうし。
タイマンならまだしも、五人がかりでそれをされたらヤバイわ。
「耳元で大声だしたりとか、目玉を人質にしたりとか、喉仏の下のくぼみを全力で指圧したりとか、色々なプランがあったわ」
アンタら蛮族なのか? それはもう、殺人鬼に追いかけられて逃げ場を失った時の策だろう。
抵抗しなくてよかったと心の底から思う。
普通は一人殴り倒したら蜘蛛の子を散らすように逃げるだろうけど、事前にそこまで取り決めしてるヤツらだと話が変わってくる。
「当然、アンタが弱そうじゃなかったら声をかけてないわ。見た目と体格、態度を吟味した上で家に上がりこんだのよ」
「……いや、なんでそこまでして?」
そもそもネカマなんてほっときゃよくない?
気に入らなきゃ暴露すればいいじゃん。個人情報云々の問題はあるけど、家に上がりこんで取っ組み合いする方がよっぽど問題だし。
「色々よ、色々。引越しの手伝いとかナンパ対策とか、男手あって困ることないし」
「……リスクと手間に見合いますかね?」
ナンパ対策とかレンタル彼氏でよくない? 成金ボーイッシュがいるんだし。
男の知り合いがほしいなら、他に色々あると思うんだけどな。
「自分達が上に立てるような男が欲しかったのよ」
「……それは支配欲ですか?」
「バカ、臆病なだけよ。普通に知り合った男なんて、いつ牙を剥くかわからないし」
んー……いまいち納得できんな。いや、わからんでもないんだけどさ。
「私が早朝から呼び出すのも、男と一対一でも平気だっていう虚勢よ」
さらに納得できんな。いくらブラフ張っても、フォーカードで降りるやつはいないんだよ。俺がヤバいヤツだったら、事件になってたぞ。
「色々と手慣れてる感出してましたけど、全部ブラフってことですか?」
「そういうこと。後輩に優しくしてたら後輩全員からナメられました。なんてよくある話でしょ?」
それはわかる。凄くわかる。
優しさを弱さと解釈してくるんだよな、バカなヤツって。めっちゃわかる。
怒らないと怒れないの区別がつかなかったりとかさ。
「スジは通ってるんですけどね、いまいち動機が釈然としないというか」
男を警戒するってのはわかるし、大事なことなんだろうけどさ。そこまでして男友達を作る必要あるのか?
クラスの気になる男子とか著名人ならまだしも、初対面のネカマだぞ?
「男のアンタにはわかんないわよ。絶対に襲ってこないって保証がほしいのよ」
「私は襲われたいんだがな」
シャワーを済ませた飛鳥さんが、髪を拭きながら話に割り込む。
発言内容については聞き逃したことにしよう。
「髪拭いてくれよ。はーやーくー」
あぐらをかく俺の上に座り込み、甘えてくるアラサー。歳の離れた弟か妹みたいで可愛く見えてくるが、一応アラサーなんだよな。片手じゃギリ収まらない年の差なんだよな。可愛いことに変わりはないけど。
「あ、飛鳥さん」
飛鳥さんを指差して、厳密に言えば、飛鳥さんの下半身を指差して狼狽える影山さん。そうだよな、当惑するよな。俺も最初の頃はしたよ。
「ハイビスカスだな。良い趣味してるよ」
「柄はどうでも……いや、なんですか! その恰好!」
本当になんなんだろうな。
替えの下着あるくせに、毎回俺のトランクスを履くんだよな。そのまま履いて帰るから、飛鳥さんの下着が一枚増えて、俺の下着が一枚減るんだよ。
「楽だぞ? 美羽も履いてみろ」
他人の下着を他人に奨めないでくれ。最悪の又貸しだよ。〝また〟の意味が違う意味に聞こえてくるわ。
「嫌ですよ! なんでこんなヤツと間接性器しなきゃいけないんですか」
生々しいからやめろ、その表現。トイレを間接ケツって呼ぶタイプか、アンタ。
「直接は私だけの権利だからな、間接ぐらい遠慮するな」
アルコールのせいだよな? 素面で言ってるんだったら、帰ってほしい。
昼間は帰らないでくれと情けなく懇願したけど、今はもう帰ってほしい。
「気持ち悪いこと言わないでください。それより、男の前で下着姿なんて……」
「トランクスだからいいだろ!」
「そ、それは……」
え? なんで論破されてんの? 相手が堂々としてるからって流されないでくれ。
でも人生ってそういうもんだよな。小学生四年生の頃だったか、自由研究をサボった田中君が先生に『僕は無を研究しました!』って堂々と言い放って、それが通ってたし。
当時は羨ましかったけど、今にして思えば見放されてたんだろうな。こんなヤツ相手にしても仕方ないって。
「ほら、手が止まってるぞ。進ちゃん」
「やめっ……シャツが……ぬれっ……」
濡れた頭をグリグリと押し付けてくる。
可愛いけど、乾いてからにしてほしい。っていうか、短髪なんだからドライヤーしてこいよ。すぐ乾くだろ。
「ほらほら、もっと勢いよく拭いてくれよ」
「……傷みません?」
「いいからいいから。キミにワシャワシャされるのが好きなんだよ」
価値観が違いすぎて全くわからんが、乱雑に扱うのがご所望なら従うまでよ。
濡れた犬を拭いてるみたいで和むなぁ、疲れるけど。
「あの、目の前でイチャイチャしないでもらっていいですか?」
「美羽も頼めばよかったろー」
よくないろー。
アンタと違って、普通の女性は髪を大事にしてんだよ。
小学生の頃、女子の髪にゴミがついてるから取ってあげたら大泣きされて、先生にコブできる勢いでぶん殴られたよ。
……俺、よく捻くれなかったな。いや、ネカマの時点で捻くれてるか。
「大体、密着しすぎですよ。っていうかズボン履いてくださいよ」
「後は寝るだけなんだからいいだろ。美羽もスカート脱いだらどうだ」
脱ぐわけねえだろ。セクハラオヤジムーブやめろ。
「そりゃ寝るときは脱ぎますけど……」
脱ぐのかよ! 俺どうすればいいんだよ、ワンルームだぞ。
「ジャージ貸しましょうか?」
「嫌よ、なんでアンタのジャージなんか……」
パンティのまま寝るほうが嫌じゃないか? 乙女心難しすぎるんだけど。
「そうだ、進次郎君も脱げばウインウインじゃないか?」
ルーズルーズだよ。誰も幸せにならないし、皆が少しずつ不幸になるんだよ。
「キミは男のくせにガードが固いんだよ。男なら風呂上りは全裸だろ普通」
普通って人それぞれなんだなって、嫌なタイミングで学んでしまったよ。
「男女問わず、来客時にそれするヤツいないでしょう」
「私に遠慮してどうするんだ」
俺のなんなんだよ、アンタは。親兄弟相手でも嫌だよ、俺は。
「ほら、麻雀再開しましょ、麻雀」
俺らのイチャつき、もとい飛鳥さんの一方的なアプローチに腹が立ったのか、卓についてビールとツマミを開封する。
まだやんの? まだ飲むの? ダイエットはどうした?
「二人麻雀でいいか? 進次郎君の膝の上に座っていたいんだ」
「ダメです」
「後で座らせてやるから、一分だけ」
「結構です。早く席に着いてください」
「もっと素直になれよぉ」
「貴女が欲望に忠実すぎるんですよ」
「欲望を抑え込んだ結果が、男性遍歴白紙五人衆だろ」
「そんなヤツに落とされるぐらいなら白紙でいいです」
なんだろ、自分の家なのに帰りたいって思ってしまったよ。心の底から。
スナックのママさんと飛鳥さんがバチバチにやりあっていた時も思ったけど、女性同士の闘いって胃が痛くなってくる。自分が火種だと、痛みもひとしおだよ。
「言うようになったな、美羽。よし、麻雀でケリつけようじゃないか」
「深夜ですから、負けても泣かないでくださいよ」
俺はどうすればいいんだよ。打ちづれぇよ、
女のプライドという、ある種、金よりも重い物を賭けた対局が今始まる。俺というNPCを巻き添えにして。
時間とともに口数が目に見えて減っていき、「誰かやめるって言え」と各々が思いながら打っていた。いや、他の二人が実際にどう思ってたかは知らんけど、なんとなくシンパシーを感じた。
結局、飛鳥さんが寝落ちするまでサイレント麻雀は続いた。酒がなければ、もう一時間は打っていただろうな。
「ほら、もっと奥まで詰めてよ」
「限界です」
「圧縮しなさいよ、男でしょ」
「別の生物だと思ってます?」
シングルベッドで三人寝るのは中々無茶があり、俺と飛鳥さんは密着した状態で壁際まで追いやられた。物理的に寝返りをうてないのは辛いが、寝返りを打てば落下する影山さんよりは恵まれているだろう。
それにしても、間に飛鳥さんを挟んでいるとはいえ、男と同じベッドで平気なのだろうか。
(一ヶ月前の俺に言っても信じねえだろうなぁ……大学の友達とかもしかり)
飛鳥さんの体型のせいで親子のような絵面になってしまったが、それを口にする勇気はないし、それよりも影山さんの恰好が気になって仕方がない。
あのタオルケットをめくれば、パンティなんだよな? 今朝、縁が切れたと思っていた女性が、下着姿で同じベッドにいると思うと奇妙だ。
この日、スケベな夢を見たことは言うまでもないだろう。夢精しなくて本当によかった。本格的に人権を失うところだった。
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