#34 情報過多

 なんだろ、今すっげぇ大学生っぽいことしてる気がする。いや、実際に大学生なんだけどさ、今ってもう友達の家に行かなくても遊べる時代じゃん? パソコン一つあればさ。


「それです」

「は? なんで抜きドラでロンできるのよ」

「今ってできるのが主流じゃないですか? ネトマ(ネット麻雀)じゃ採用されてますよ」

「へぇ、サンマ(三人麻雀)打たないから知らなかったな」


 平日の夜中にピザとビールをつまみながら麻雀なんて、大学生としては最高の生き方だよな。しかも相手は女性二人って、本来ならありえなかった世界線だろ。


「納得いかないわ、調べるから待ってなさい」


 影山さんは俺の和了に納得がいかないらしく、寝転がってスマホを弄りだす。

 いや、ノーレートのお遊びだぜ? 大人しく点棒出してくれよ。


「しかしアレだな、進次郎君。アパートの麻雀は気を遣うからしんどいな」

「ごもっともです」


 ナマケモノの如く緩慢な動作で洗牌シーパイ(牌をまぜること)しながらぼやく飛鳥さんに同意する。

 そうなんだよ、麻雀って音がうるさいから気を遣うんだよ。

 俺の場合は特にそうだよ。壁が薄い上に、あの不思議っ子のせいで周りからマークされてんだから。

 この前なんか『虐待に気付いたらすぐに通報してください』みたいな回覧板回ってきたし。当てつけか?


「美羽、早く点棒出せよぉ」

「でもぉ」

「それと、男の前で無防備すぎるぞ」


 どの口が言ってんだ、この人は。

 普段から下着姿晒してるだろ、アンタ。下着姿って言っても、トランクスだからありがたみゼロなんだけどさ。

 男物の下着なら恥ずかしくないって理論が、いまいちわからないんだよ。ボクサーパンツとかならまだしも、トランクスは見えちゃいけないものが見えかねないだろ。


「しょうがないわね……ところで中岡君」

「ん?」


 ようやく観念して点棒を出しながら、俺に話しかけてきた。千六百点の和了あがりに対して一万点棒を出すという嫌がらせをするあたり、納得はしてないんだろうな。


「風夏からどこまで聞いたの?」

「どこまで……?」

「だからその……私のことをどこまで聞いたのかって聞いてるのよ」


 なんだいきなり。どこも聞いてないよ。基本的に話題にあがらないし、街デート以降ろくに連絡とってないよ。


「私の学生時代の話とか聞いたんでしょ?」

「喧嘩した男子に卑劣な報復をしてたってことぐらいしか聞いてないですよ」

「卑劣じゃないわよ!」

「美羽、声が大きい。あと、間違いなく卑劣だぞ」


 どこからが卑劣なんだろう。喧嘩のことを忘れた頃に背後から急所攻撃が卑劣じゃないなら、大概のことは許される気がするんだけど。


「他に何を聞いたのよ」

「何も聞いてませんって。それより山を積んでくださいよ」


 極力音を立てないように山を積みながら、影山さんに催促する。


「信用できないわ」


 なんでだよ、友達なんだろ? それぐらい信じろよ。


「逆に風夏の過去は聞いてないの?」

「何かあるんですか?」


 なんだろう、興味ある気もするけど聞きたくない気もする。

 彼女でもない女性に対して何を言ってんだって思うかもしれないけど、過去に男遊びしてたとか、そういう話は聞きたくない。男心ってヤツ?


「アイツはファッションギャルなのよ?」

(ギャルファッションじゃなくて、ファッションギャル?)


 ファッションねぇ。

 ニュアンスとしては、形だけってことでいいのか? 髪染めてるし、露出高いし、根っからのギャルに見えるけど。


「元は私より根暗だったわよ」

「ははは、またまた御冗談を」


 別に影山さんが根暗だとは思わんけど、風夏さんがそれ以上の根暗だなんて、想像できないっての。


「根暗な女性が男の手を太ももに挟んだり、胸押し付けたりしませんって」


 電車での出来事を思い返しながら、理牌リーパイ(手牌を見やすいように並び替えること)する。ネトマに慣れた今となっては面倒だけど、なんか好きなんだよな、この動作。


「おい? 進次郎君? なんつった今」


 飛鳥さんが、缶ビールを握りつぶしながら問いかけてくる。バカ野郎、人の家で危ないことをすんじゃねえ。

 中身がほとんどなくてよかったよ。あったら出禁だぞ。


「何か言いましたっけ? 街までデートに行った時の話してたんですけど」

「詳しく聞かせてもらおうか」


 強打(牌を強く打つこと。マナー違反。国で禁止すべき)しながら、説明を求める飛鳥さん。アパートだから音立てんなって言ってんだろ。


「お出かけに誘われただけですって。ただのショッピングです」

「ただのショッピングでおっぱい揉むのか? キミは」

「揉んでないです」


 パイよりも牌に集中してくれんか、アンタら。ネトマの初心者卓並に番が回ってこないんだけど。


「アンタ本当に女性経験ないの? 疑わしいんだけど」


 いいから牌を切ってくれ。メンチ切ってないでさぁ。


「母親以外の女とろくに話したことなかったですよ」

「小学生の時ならあるだろ? 女の子と話したことぐらい」

「プライベートな会話をした記憶はないです」


 全くないってこともないんだろうけどな、俺から話した記憶はないな。

 そうか……小学生なら普通は性別関係なく喋ったりするのか……。泣けてくるぜ。


「そういうヤツは面と向かって可愛いなんて言わないのよ」

「本音を言ってるだけなんですけどねぇ」


 そもそも誘導尋問してないか?

 自虐されたらフォローするだろ、普通。


「なんかないのかい? 女子とのエピソード」

「……隣の女子が教科書を見せてくれませんでした……あと、落とした消しゴム拾ったら『いらないからあげる』って言われました……」

「ごめんよ、変なこと聞いて」


 謝るな。そして哀れむな。あと早く牌を切れ。

 数あるエピソードのうち、比較的軽めのものをチョイスしたんだが、なんだこの反応は。逆に傷つくんだけど?


「誰彼構わず可愛いって言うから嫌われるのよ」

「言ってません」


 会話さえできないのに言えるかっての。挨拶すらまともにしたことないわ。


「でも私なんかに言ってるじゃない」

「事実ですもの」

「アンタねぇ……」

「おい、私にも言えよ。一晩中ささやけよ」


 嫌だよ。アンタも辛いだろ、それ。誰も幸せにならねえよ。


「そういう嘘が腹立つのよ。ブスと言われたことはあるけど、可愛いなんて言われたことないわ」

「男子ってそういうもんでしょう」

「意味わかんないんだけど」


 俺もわからんけど……多分そういうもんだろ。


「構ってほしいって、素直に言えないんですよ。だから、悪口言ったり髪を引っ張ったりするんです」

「理解できない……こともないけど……」


 ああ、そこは理解を示すんだ。

 てっきり全男子を代表して罵倒されると思ったんだけど。


「思い当たる節でもあるのかい?」


 飛鳥さんは凄いな。友達とはいえ、よく踏み込めるな。


「それは……どうでもいいじゃないですか。それより風夏の話よ」


 バツが悪いのか、強引に話を戻す。

 なんだっけ、元々根暗なんだっけ。


「昔は黒髪だったのよ」


 そりゃまあ……よっぽど校則ゆるくないと金髪なんて無理だろうし。


「夏でも長袖長ズボンよ。あんな胸元ゆるい服なんて、当時じゃ考えられないわ」

「それは……想像できませんね」


 あの人が肌を出さないなんて、考えられんな。

 別に露出狂呼ばわりする気はないけど、自分の魅力を隠そうとしないタイプだし、校則のギリギリ攻めそうなもんだが。


「大学デビューってヤツだな。可愛いもんだ」

「私達に相談してきたんだけど、面白かったわよ」

「そうそう。髪染めるかどうか滅茶苦茶悩んでたんだよな」


 そうか、大学デビューなのか。ギャル歴が浅いようには見えないけどな。

 きっかけとか、当時の話とか、色々気になるけど……それよりも。


「飛鳥さん」

「なんだ? 私の過去も気になるか?」

「いや、今の貴女が気になるんですよ」

「おいおいおい、美羽もいるのに口説かないでくれよ」


 軽口を叩きながらも赤面している飛鳥さんは、愛おしい。

 見た目が中学生でも、初心な年上というのは惹かれるものがある。でもな、違うんだよ。


「ピザ食べた手で打ってるでしょ、今」


 しっかり見てたからな。ピザ食べた後に、そのまま牌に触るところを。

 なんのためのウェットティッシュだよ、わざわざ買いに行かせたくせに。


「油でガン牌(牌に傷などの目印をつけること。国で禁止すべき)しようかなって、ははは」


 粗相を見られて恥ずかしいのか、クッソしょうもない冗談で誤魔化す飛鳥さん。

 故意だろうが過失だろうが、いずれにしてもやめてほしい。人の麻雀牌だと思って汚さないでくれ。

 まあ、このピザとビールは飛鳥さんの奢りだし、多少のことは目をつぶるけどさ。


「追加でもう二枚頼んでやるから、そう怒るな。チキンナゲットもついでに……」

「いやいや、そんな食べられませんって」


 現時点でも多いのに、これ以上は吐くわ。

 何より、配達員の人に申し訳ない。一度に頼めよってな。


「若いんだから食べなきゃダメだ。チラシとってくれ」


 田舎のおばあちゃんかよ。茜さんとキャラ被りしてるぞ。


「飛鳥さん、私もカロリーが……」

「若いんだから大丈夫だ」


 若さってそこまで万能なものなんだろうか。爆発寸前かってぐらい恰幅な学生をよく見かけるんだが。

 というか飛鳥さんも若者の部類では?


「風夏の話もっと聞きたいだろ? だったらピザを食べるんだ」


 なんだよその交換条件。人の過去をなんだと思ってんだ。


「せっかくだし未智も呼ぶか? アイツなら来るだろ」

「俺の家ってそこまでのキャパないんですよ」


 三人でもキツいんだよ。初対面の時に五人押しかけて来たけど、正直迷惑だった。

 仮にもう一人呼ぶとしても、茜さんがいい。未智さんは最近情緒不安定だし。


「器が小さいと部屋も小さいのね」


 張り倒すぞ。お前だって器と胸が……いかんいかん。平成のノリを引きずってちゃダメだ。こういうのってふとした時に出ちゃうからさ。


「奢りなんだからさぁ、ピザ追加させてくれよぉ」

「……そんなに食べたいんですか?」

「食べさせたいんだよ。ちなみに私は現時点で八分目だ」


 食べさせたいのはわかるけど、なんでその満腹度で追加を提案できるんだよ。育ち悪い親子連れのバイキングかよ。


「……というか、お金大丈夫なんですか?」


 今回の奢りに限らず、この人ってやたらと食べ物を持ち込むんだよ。

 大量の飲み物とお菓子が備蓄されてんだけど、九割以上飛鳥さんの持ち込みだし。

 定職についてるように見えないし、お金どうしてんだ?


「キミと住むためのマンション購入を検討するぐらいには余裕がある」


 素面……ではないけど、真顔で笑えない冗談言うのはやめてくれよ。

 本当にやりかねないから怖いんだよ、アンタは。


「そんな金があったら紐槻町なんて住まんでしょ」


 ろくな仕事もなけりゃ娯楽もない。俺みたいに都会適正がない陰キャでも、住み続けるのはごめんだっての。


「え? アンタ知らないの? 飛鳥さんって、貯金億越えよ」

「ふぇ?」

「チョンボだぞ、進次郎君」


 影山さんの与太話に動揺して山を崩してしまう。よかった、ノーレートで。

 いやいや、億越えってアンタ。二十七歳だろ? 何歳から働いてるか知らんけど、億なんて届くはずないだろ。


「小学生じゃないんですから、もうちょっとリアリティある数字出しましょうよ」

「リアルだぞ?」


 そう言って、スマホの画面を俺に見せる。なんだ? スクショ?


「え……これって……」

「WIN5だよ」


 それはわかるよ、俺もたまに買ってるから。

 特定の五レースの一着を予想して的中者で総取りするっていう、宝くじ感覚で買う馬券だ。当たると思って購入したことは一度たりともない。

 え? コラ画像だよな?

 的中者一人ってお前……それ……。


「税金でがっつりもっていかれたけどな、それでも二億以上残ったよ」


 当時を思い出したのか、上機嫌で三本目のビールに手をつける飛鳥さん。

 その小さな体で、よくロン缶をグビグビ飲めるな。いや、んなこたどうでもいい。

 WIN5で一人勝ち? 配当金四億越え? その歳でアーリーリタイア?

 俺が抱いているのは嫉妬なのか、驚愕なのか。あるいは両方だろうか。

 この衝撃の前じゃ、風夏さんの過去なんてもはやどうでもいい。なんだっけ? ささくれができた話だっけ?

 ここから三十分間の記憶が曖昧だ。気付いた時にはハコ(点棒を全て失うこと)になっていた。


「じゃあシャワー借りるわね」

「え……」


 どうやら影山さんが泊まる流れになってるみたいだが、全く記憶にない。

 飛鳥さんが言うには、家主の俺は了承していたらしい。全然覚えてないけど。

 待ってくれよ、情報の整理が追い付かねぇよ。風夏さんがファッションギャルで、飛鳥さんが成金の行かず後家で、影山さんがなぜかお泊りを要請して……。

 前向きに考えよう。茫然自失としてる間に、結婚の約束を取り付けられなかっただけマシだと。


「デートのプランはキミに任せるからな」


 ダメだわ。デートの約束が取り付けられてるわ。謀られたわ。

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