#25 非モテの星

 初めてだよ、追われるようにゲームセンターを後にしたの。なんだったら、店を追われるように出る経験が初だよ。

 結局、店を出てから十分くらいお姫様抱っこ解除させてくれんかったし。

 好奇の目も辛いけど、腕の疲労も辛い。腕がパンパンマンだよ。必殺技はパンパンチだよ。


「男前やねぇ」


 ベンチに座り込み、腕の疲労と体力の回復を図る俺の頭を撫でる京さん。嬉しいんだけどさ、ちょっとキレそうだよ。

 羽衣さんの実験に付き合わせているという罪悪感がなければ、苦言の一つでも呈していただろう。


「ゲームセンターはもう終わりなん? 面白そうなのいっぱいあったよぉ」


 誰のせいだと。なんならデートも終わりにしたいよ。


「本当は簡単なレースゲームとか、クレーンゲームとか、色々やりたかったんですけどね」


 ダンスゲームは予定になかったよ。なんなら存在も忘れてた。


「じゃあ落ち着いたら、そのレース? とかいうのやりにいこうねぇ」


 嘘だろ? あれだけ注目を浴びておきながら、戻れるのか?

 人目を気にするタイプじゃないことは承知済みだが、ここまでとは。


「今日はやめときませんか?」

「んー……」


 悩むな、逡巡するな、首を縦に振れ、赤べこになれ。


「じゃあ、次のデートにとっときましょうねぇ」


 次なんてないよ。その一言が言えたらどれだけ楽でしょうか。

 ニコニコしながら頭を撫でられちゃ、俺が赤べこになるしかねぇ。


「……で、なんでお姫様抱っこを?」


 蒸し返したくないが、ハッキリさせておかねばなるまい。何をって? この人が正気かどうかだよ。

 俺の至極まっとうな疑問を受け、顎に人差し指を当てて小首をかしげる。

 騙されんぞ、可愛さだけで誤魔化せると思うなよ。


「んー……ナイショ」

「わかりました」


 騙されたよ、誤魔化されたよ。可愛さだけでもっていかれたよ。


「進ちゃん? 自分で言うのもなんやけど、それでええのん?」


 あっさりと引き下がった俺に戸惑う京さん。


「京さんには京さんの事情がありますから」

「ホンマにええ子やねぇ」


 俺の頭をビリケンさんの足の裏だと思ってない? そんな頻繁に撫でられちゃ、世界で一番幸せなハゲ方しちまうよ。


「飛鳥ちゃんが羨ましいねぇ。こんな子の彼女になれて」

「なってないです」


 赤べこ系男子の俺も、首を横に振らざるをえない。

 ただでさえ商店街で誤解されてんだ、身内にまで誤解されちゃかなわん。


「ええ? でもキスしたって言っとったよ」

「シガーキスです」

「シガー……キス?」


 畜生、あのアラサーめ……。新聞記者にでもなればいいのに。偏向報道でバッシングされればいいのに。


「シガーキスってのはですね……」

「ああ、そうそう」


 何かを思い出した京さんが、俺の弁解を遮る。やめて? 考えうる限り最悪のタイミングで思い出さないで? そんな、定時前に思い出したかのように仕事を振ってくる上司みたいなムーブやめて?


「さっき〝飛鳥さん〟って呼んどったよねぇ?」


 またこの話か。羽衣さんにも追及されたけど、そんなに食いつくところか?

 アナタだって、初対面で〝進ちゃん〟呼びしてるじゃん。


「飛鳥さんと風夏さんは、下の名前で呼ぶことになったんです」

「へぇ……私は?」

「……茜さんって呼んだほうがいいですか?」

「ほうじゃねぇ……その方が嬉しいねぇ」


 普通の女性ってこんなに距離を詰めてくるもんなの?

 男友達で下の名前呼びしてるヤツいたっけ……。

 ああ、いた気もするけど、そいつは皆から下の名前で呼ばれてたっけな。間柄の問題じゃないから、実質いないよな。

 気にしても仕方ないか、別に抵抗感無くなってきたし。

 体力も戻ってきたし、そろそろ行くか。


「茜さん、少し早いですけど、何か食べに行きません?」

「ええよええよ、進ちゃんにエスコート任せるよ」


 下の名前呼びで距離が縮まったのか、ごく自然に手を握ってくる。

 脇の下を持って抱きかかえたり、お姫様抱っこをしたりと、カップルでも中々やらないであろう密着をしてきたし、これぐらいいいか。

 俺の人との距離感、一般的な感覚、それらはこうやって徐々に、ナチュラルに壊れていくんだろうな。いや、もう壊れ始めてるのか。




 おっとりした子をゲーセンに連れて行くという奇策に失敗したが、俺は引かん。後退のネジなど、とっくに外しているんだよ。


「進ちゃん進ちゃん進ちゃん」


 三回も呼ばないでくれ、パソコンを使った楽しい学習じゃないんだから。


「……頼み方がわからないんですか?」

「あらまぁ、進ちゃんったらサイコ?」

「エスパーと言いたいのですか?」

「それよそれそれ、かしこやねぇ」


 かしこは意味が違うと思う。いや、それよりサイコってなんだ、サイコって。人聞きが悪すぎるぞ。唐突に喧嘩売られたかと思ったよ。


「たしかに待ち列からメニュー見づらいですもんね」

「んー……なんでやろねぇ? 回転率下がらんかねぇ?」


 ゲーセンの次に訪れた場違いスポットは、ハンバーガー店だ。

 レジとは別に、レジの後ろにメニュー表があるので待機列から確認可能なのだが、いかんせん見づらい。


「本当かどうかは知りませんが、わざとらしいですよ」

「ええっ! なんでそんなイケずなことしよんの?」

「なるべくお得な物を買いたいでしょう? それをさせないためらしいです」


 本当にアコギな商売よ。バカらしくて、最初に聞いたときはアンチによる陰謀論の類かと思ったよ。


「あの目立つセットメニュー、あれを売りたいんですよ」

「ほぇぇ……」

「ファーストフードなんて軽い気持ちで食べますからね、大体の人は直感的に食べたいものを食べるんです。だから、売りたいものに意識を誘導すると」

「んー……許せんねぇ」


 え、そんなに? 全てを受け入れてくれそうな京……茜さんが怒り心頭?


「私の家は定食屋やからね、同じ飲食店として許せんのよ」

「ああ、そういえばそうでしたっけ」


 同業者ゆえの怒りというヤツか。今の話は小耳に挟んだ程度の話だから、真に受けないでほしいんだけど。

 そういえば……。


「この前のワサビ入りの唐揚げって、店に出してるんですか?」


 影山さんがパンチラしながら悶絶した例の凶器、アレが無事にメニュー入りを果たしたのか気になって仕方がない。俺が店主なら、鼻ほじりながら却下するよ。


「あんなの進ちゃんしか食べてくれんよ」


 聞かない方がよかったかもしれんな。

 明らかにテンションが下がってるもの。

 あと、俺も二度と食べたくないよ。牛乳と合わせる前提の唐揚げなんて。


「そんなに卑下しないでください。同じ物を他の人が作ってたら、俺だって食べられませんでしたよ」


 あたかも漢気一つで完食したような顔をしていたが、ベースの唐揚げが絶品だからこそ完食できたのだ。


「私の料理にそんな価値あるんかねぇ……」


 どうしたんだよ、今日のアンタは。


「ワサビ唐揚げはともかく、茜さんの料理なら毎日だって食べたいですよ」


 ノンアレンジ版ならな。


「進ちゃん、それって……」

「ええ、そういうことです」


 そう、アナタの料理は絶品。アレンジなんて失敗してナンボだし、落ち込む理由なんて一つもない。


「進ちゃん、その……」

「次のお客様、こちらにどうぞ」


 話し込んでいるうちに我々の番がきたらしく、茜さんの話がキャンセルされる。まあ、注文後に聞けばいいだろう。


「えっと、この期間限定のセットを……」

「…………あっ、私もそれで」


 メニューの難解さに諦めがついたのか、俺と同じ物を頼む茜さん。

 無駄話してないで、説明してあげればよかったな。こういうところがモテないんだろうな、俺って。


「……」


 俺が不甲斐ないせいで、おそらく初めてであろうファーストフードを上の空で食べている。俺がしっかりしていれば、楽しくお食事できたんだろうな。

 また失敗だよ。奇策は愚策なのだろうか。

 少し離れた席で俺らを監視してる似非小説家も、つまらなそうな顔でこっちを見てるし、俺ってヤツはどこまでダメなんだ。

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