#4 やりがい搾取系女子 人情派
開店準備が済み、お待ちかねの休憩タイムが訪れる。おそらく最初で最後の休憩タイムになるだろう。
「本屋って思ったより大変なんですね」
時給が低いイメージがあるし、簡単な仕事だと思っていた。なんなら、開店準備なんてほとんど無いと思っていたよ。
「まだマシなほうだと思うよ。大きいところに比べたら」
これでマシな方なのか。まあ、老夫婦だけでまわしていけるくらいだしな。
「なぜ正規のバイトを雇わないんです?」
まさかとは思うが、どこぞのお節介アラサーが、定期的にボランティアしてるせいじゃないだろうな?
「金の問題じゃない? 利益率が低いらしいし」
確かに印税やらなんやら考えると、実は本って相当安いんだろうな。消費者視点で見ると、そこまで安くないというのが世知辛い。
「利益率が低いから万引きが致命傷らしいんだ」
やっぱ低いんだ。そう考えると、業界的に古本屋は、万死に値する世紀の大悪党なのかもな。
「ああ、どっかで聞いたことがありますね。万引き分を取り返すにはかなりの量を売らなきゃいけないって」
なぜ本なんか万引きするのだろうか。ハードカバーならまだしも、盗めるサイズの小さな本なんか、大した値段じゃないはずだ。リスクと見合ってないんじゃないか?
ああ、そうか。万引きするようなヤツがリスクとリターンなんて比較せんか。
「老夫婦だからってのもあってな、悪ガキが万引きしていくんだよ」
それはそうだろうな。見たところ監視カメラなんかどこにもないし、死角になってるところも多い。絶対、近辺の中高生に情報出回ってるだろ。
「漫画とかラノベはレジに近いところに置いたらいいんじゃないですか? あんなところに新刊置いとくのは自殺行為ですよ」
雑な提案をしながら絶好の万引きポイントを指差す。万引きなど、これまでもこれからも経験することはないので、本当に絶好のポイントなのかは知らないが。
「なるほど、盲点だったよ」
盲点というか節穴というか。万引きする年齢層まで特定できてるなら、容易に辿りつける解決策だろ。
「そんで、安物のダミーカメラをいたるところに設置しておくんですよ。適当な張り紙もセットで」
張り紙にどこまで効果があるかは知らないが、無いよりはマシだろう。万引きに気付いているというのを前面に出さないと、エスカレートする一方だぞ。
「ダミーカメラなんてどこで買えるんだ?」
「通販とかでいいんじゃないです?」
大手の通販サイトでダミーカメラを検索し、天馬さんに見せる。オススメ商品にダミーカメラが出てきても困るから、あんまり検索したくないんだけど。
「え? これ本物か? 二千円前後って偽物じゃない?」
何を言ってんだ? こいつは。
「ダミーだからそりゃ偽物でしょう」
「いや、偽物のダミーカメラじゃないか?」
やめろ、純真無垢な顔で面白いことを言うな。偽物のダミーカメラは本物だろ。
「あとは万引きしてる風の写真を撮って、店の前に貼りだしたりとか」
「すんげぇな、キミ」
やめてくれ、こんな三秒で考えた思い付きを持ち上げるな。アラサー女子からの羨望の眼差しは、むずがゆいのだ。
「私も閃いた。万引き小僧を捕まえて、ここで働かせるのはどうだ? 人手不足も解決するし」
アホかこいつは。脳みそ家出中か? 体の成長が止まるのに伴い脳みそも……いかんいかん。心の中とはいえ、越えちゃいけない一線はある。
「んなことしたら、こっちが加害者ですよ」
罪人には何をしてもいいわけじゃないからな。ネカマにやりがい搾取の刑を与えてるヤツらに言っても仕方ないけどさ。
「じゃあ近所の交番の人に、定期パトロールしてもらうとか」
ストーカーの被害届出しても中々動かんのに、こんなので動いてくれるわけねーだろ。こういうヤツが、くだらないことで救急車を呼んで人手不足を起こすんだよ。
「パトロールは無理でしょうけど『警察官立寄所』の申請はアリですね。さすが天馬さん」
俺の手柄な気もするが、ここはアラサーを持ち上げておく。
「キミは頭の回転早いな」
流行りの素人小説の主人公みたいな持ち上げ方はやめてくれ。アレで気持ちよくなるのは、世間からの高評価に飢えた承認欲求モンスターだけだ。真っ当に生きてる人間は、冷めた目で見てるぞ。
「じゃあ今日のところは普通に人力で監視してくれ。不動明王像のような顔で漫画コーナーに立っててくれればいい」
考えうる限り最悪の指示を出して、作業に戻る。人間的には好かれてるが、仕事は全然できないタイプの上司だな。こういう人間に限って出世するから困る。社会人経験ないから、実際のところはわからんけど。
「ところで、店の主人達はどこにいるんです?」
今の今まで気にも留めていなかったが、顔すら知らないヤツらのボランティアさせられるってどうなん? お互い嫌だろ。
「温泉旅行に行ってるよ」
さすがに嘘だろ? 未来ある若者の時間と体力を浪費させておいて、暇を持て余した自分達は旅行って、どんな神経しとんねん。どうしても行きたいってなら、息子とか孫に頼め。もしくは店を閉めろ、別に誰も困らん。強いて言えば、悪ガキが困るぐらいだ。
「んで、店番を押し付けられたんですか?」
「馬鹿を言うな。私が買って出たんだよ」
アラサーなのに暇なのか? 平日だぞ。
「本が好きなんですか?」
聞くまでもないことだろう。よほどの本好きか、物好きでもない限り、こんなこと買って出ない。
世話になった過去があるとしても、せっかくの休みを使ってまでボランティアせんだろ。
「いや、活字は苦手だよ。マイコンと同じくらい苦手」
なんだこのアラサーは。機械と活字が苦手なアラサーってのもどうかと思うし、マイコンってアンタ……。
「マイコンって言い方、アラフォーでも使わなくないです?」
「進次郎君、キミは年下以外は傷つけていいと、そんな風に思ってるのか? 言っておくが、マイコン呼びはジョークだぞ?」
人を歪み切ったロリコンみたいな言い方するな。そこまで尖った思想は抱いてねえよ。あと、そのジョークはつまらないです。
「私のこと嫌いでもいいから、仕事だけはやりきってくれよ」
どこのアイドルだよ。今の子に伝わらんって。さすがアラサー。
「嫌ってませんって」
「年上なのに?」
おかしいな。俺は『どっちかといえば年下派』って言った気がするんだが。人の噂話とか伝承って、こんな感じで徐々に歪んでいくんだろうな。一人目で歪むのは、悪意以外の何物でもない気がするけど。
「年上とか年下とか、そんなのどうでもいいじゃないですか」
「でもチビだぞ。スタイルも悪いし」
「それこそ、どうでもいいです」
好みじゃないイコール嫌いってのは極端すぎる。
「でもキミ、
風夏……ああ、夢咲さん……牛丼シャークトレードギャルのことね。
胸ばっかり見てたって、初対面の時の話だろう。そりゃ見るさ、あの状況なら。宗教上の理由で禁止されてても見るぞ。
「そりゃ見るでしょ、普通」
「普通……ねえ」
そういってシャツの裾で汗を拭う動作をする。エアコンが利いているし、軽作業なので汗はとっくにひいているはずだが。
「これが風夏達なら、大興奮だろ? なあ?」
え? さっきから度々やってるその動作、アピールだったのか? いい歳こいて、なんでハンカチを持ち歩かないんだよって思ってはいたが、つまりそういうことだったのか?
「女子更衣室に入るのを止められたり、居酒屋で毎回年齢確認されたり、もうウンザリなんだよ」
声色だけでわかる。容姿のせいで、数えきれないほど不利益を被ってきたのだと。
「スカートめくりなんて、されたことないんだぞ」
「それは良い事では?」
「痴漢なんて無縁なんだぞ」
「それも良い事では?」
トラウマを抱えたり、男性恐怖症になったりと、人生狂う可能性あるんだから、被害に遭わないに越したことはないと思うのだが。
小一時間は愚痴が続くだろうと覚悟を決めていたが、来客により中断される。バイト的には、客が来ると腹が立つらしいけど、この時ばかりはありがたいと思ったね。
とりあえず、漫画コーナーの付近で掃除するフリをする。件の万引き対策だ。不動明王像のような顔はしないが。
(バッグの口は閉まっている。服装的にも万引きは無理だろう)
客が少ないとはいえ、全員を同時に監視は不可能。万引きできる出で立ちか否かをチェックし、可能な者の挙動を確認。我ながら効率的だ。
それにしても酷いな、この書店。ポップとかも一切ないし、本もバラバラに置いているから、お目当ての物を探すのも一苦労だろ。素人の俺でも、老夫婦とやらが経営下手だとわかる。
「あの、天馬さん。何を書いているんです?」
「ん? あんまり難しいことはわからんけど、なんか売れた本とかの管理だよ」
何一つわからない説明だが、在庫管理だろうか? だとしてもなぜ、小汚いノートなのだろうか? ここだけ時が止まっているのか?
「そういうのって、普通はパソコンでやりません?」
「仕方ないだろ、老夫婦なんだから」
仕方がないことなのだろうか。のんびりと余生を楽しむ老夫婦ならまだしも、自営業を営んでるんだろ? 簡単なパソコン操作ぐらい覚えろよ。
「それにパソコンって高いだろ? 私のも五十万くらいしたぞ」
「それはゲーミング用だからでは? っていうか大分いいヤツ使ってますね」
機械に弱いくせに、そんな高い物を買って大丈夫かこいつ? オーバースペックのヤツを掴まされてないか? っていうか、そんなに金を持ってるようには見えないんだが。
「なんにせよ無理だよ。経営難だし」
「中古のノートパソコンぐらいなら買えるでしょう?」
多分そこまでのスペックはいらないだろう、この程度のデータ入力なら。
「でもネット回線とかの問題もあるし、おじいちゃん、おばあちゃんにパソコンは厳しいって」
厳しかろうがなんだろうが、頑張らないと先がないのではないだろうか。息子さん達が手伝ってくれないと嘆く前に、努力しろと言いたい。
「システムとかも組まなきゃいけないだろ?」
まあ、それは確かにハードルが高いかもしれない。けど、そこまで自分らでやってる人の方が珍しいんじゃないか?
「外注すれば……ああ、金ないんでしたね」
「未智に作ってくれって頼んだんだけどな、断られたよ」
意外と冷たいんだな、あの不思議っ子。っていうか、そういうの開発できるんだな。頭良さそうだなとは思ってたけど。
「お年寄りでも使えるようなツールを無料で開発してくれって頼んだんだけど」
そりゃ断られるわ。ごめん、羽衣さん。アンタ冷たくなかったわ。
「なんで無料でいけると思ったんです?」
「付き合い長いんだよ、あいつとは」
だからなんだろうか。
「それとこれとは別でしょう? 友達でも金は払わないと」
「昼飯奢るって言ったんだけどな」
技術を買いたたくのはやめろ。日本のIT技術が海外に差を付けられたのって、そういうのが原因なんだぞ。多分。
「頑張ってる老夫婦見せたら考え変わるかなって思ったんだけど、手伝いすら来てくれなかったよ」
そりゃ来ないって、俺も来たくなかったし。やりがい搾取やめてください。
「良いヤツなんだけどな、仁義に欠けるんだよ」
いや、報酬を踏み倒そうとする方が仁義に欠けるのでは。払う余裕がなくても、お礼をするってのが仁義だろ?
「ただ働きなんてしませんって、普通は」
俺みたいに奴隷扱いされてなきゃな。
「困った時はお互い様だろ?」
「それは助ける側の台詞ですよ」
お客様は神様と同じだ。無理な要求を通すための、魔法の言葉じゃないんだよ。
「それはそうかもしれないけどな、それにしたって冷たいんだよ」
まあ確かに、あの不思議っ子はクールなイメージがあるけども。それ以上に天馬さんが熱いというか、厚かましいというか。
「後でいくらでも聞きますから、お客さんいない内に売り場作っちゃいましょ」
面倒なので、仕事を理由に話を打ち切る。というか単純に、商才の欠片もないこの店が気にくわん。缶切りの使い方がわからない若者を見てるような、そんなもどかしさがある。
「本のジャンルとか出版社とかバラバラですし、ある程度揃えましょうか」
なんで自己啓発本と児童文学が入り乱れてるんだよ、ふざけてんのか。そして、小学生向けの漫画をわざわざ棚の最上段に入れるな。無理に取ろうとして怪我したらどうすんだ。
「なんでこんな古い漫画が新刊コーナーに置いてんだ? ここは時の流れがおかしいのか?」
無駄に埃被るだろ、さっさと棚に……どこだよ、どこに既刊があるんだよ! 出版社毎にわけろ!
「くそ、開店前か閉店後にミッチリと時間取らんと終わらんか?」
今日の夜は夢咲さん達と飲みに行かなきゃいけないってのに。そういや明日はラーメン屋と焼肉とか言ってたな。それを理由にして、手伝いに来てもらうか? 天馬さんから声をかけてもらえばいけるか? アラサーだもんな。
「私も負けてられないな」
何か聞こえた気がするが、独り言はほっといてあげるのが紳士だろう。というか単純に忙しい。
ああ、筋肉痛の足音が聞こえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます