その後

 その後、僕はダメだった。


 葬儀は親族と極少数の友人だけで行った。

 出棺前の挨拶も、2人の顔を直接見ることはできなかった。

 エンバーミングを施すとか、そういう問題ではなかった。


 数年前に亡くなった祖父のときよりも荼毘の時間は短かった。


 2人分なのに——。


 卒園式の写真はそのまま遺影になった。


 紅白幕の回りを黒リボンと鯨幕が取り囲む。

 華やかな遺影。


 僕は2人への弔辞を吐き出すのが精一杯で、瑠璃子の卒園式の手紙は開けられなかった。

 何とか、家族としての最期の役割を、喪主をしないと、とそれだけが僕を立たせた。


 その時は、それが精一杯だった。


 しばらく休職させてもらった中の49日。

 納骨の時、まだ僕は2人があの中に入っているのが信じられなかった。


 まだ、整理はつかなかった。


 その後、仕事に没頭しようかと思った。

 それもダメだった。


 事故現場に駆けつければあの時の場面がフラッシュバックする。

 家の前の交差点をわたる度、あの時の場面がフラッシュバックする。

 家に帰れば食事をする気も起きない。

 ただ倒れる。


 それだけならまだ良い。


 救護作業中、2人が助からなかったことが頭を過る。

 何故この人は救出され、治療を施され、助かるのか疑問がわく。

 助けた人が無事家族のもとに向かい、お礼を言われると、自分が失った物を思い出す。


 瞋りがわく。


 何故、皆は助かるのに。

 何故、自分は失ったのに。

 何故、自分は助けている——。

 何故、皆は嬉しそうにしている——。


 何故——?

 何故——?

 何故——?


 命懸けで自分が失った物を他人のために救うのが馬鹿らしくなっていた。


 心臓マッサージ中、僕は被救護者を殴打しそうになっていた。

 被救護者とその家族の笑顔に怒鳴り出しそうになっていた。


 救護作業が失敗に終わったとき、喜んでいた——。


 危ないと思い、最初は辞表を提出した。


 しかし、署長に考え直すよう説得され、医者を紹介されるとともに1年間の休職に入った。


 その間、同僚が連絡や訪問をしてくれた。

 その全てを断り、無視した。

 手紙をくれたのもいたようだけど、そのまま古紙の上に乗せた。


 僕にとって営業やスパムと変わりはなかった。

 家も家族も家庭も、みんな持ってる奴が何を言うのか。

 そんな言葉、何になる。

 いや、むしろ辛辣なだけだ。


 何より、妻も子供も失った父親なんて、なんの意味があるのか——。

 2人がいない世界を生きるなんて、なんの意味があるのか——。


 床に倒れ込む。

 回りのゴミが目に入る。


 ああ、ゴミだな。

 僕みたいだ。

 いや、僕がゴミなのか。


 寝返りを打つ。


 ふと、仏前の遺影に目が行く。

 卒園式のときのあの写真。

 2人が着飾り嬉しそうに笑っている。


 僕が失った光。


 何もしてないのに涙が出る。


 友加子——。

 瑠璃子——。


 パパはもうダメなんだ——。

 いや、2人はもういないんだから、パパじゃないのか——。

 友加子が愛してくれた救急隊員じゃなくなった僕は、もうパパ失格か。

 瑠璃子が応援してくれた、みんなを助ける人じゃなくなったから、もうパパ失格か。

 そもそも、人が死んで喜んでる自分は、人としても失格か。


 終わってる——。


 もう終わってるのに——。

 自分で終わらせたらダメなんだよね——?

 君達のところに行けなくなるんだよね——?


 でも、今のままでも行けないのか——。

 今のままでも2人には会えないのか——。


 僕は、どうしたらいいんだ——。


 放っておいた涙が乾き、目の回りを引きつらせると、僕の視界はまた2人の遺影に戻った。


 そこには、瑠璃子からの手紙が置いてあった。

 あの日からずっと開けられなかった手紙。

 赤い手作りの封筒に入った手紙。


 もう、何も分らないんだ——。

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