第58話 ランキング上位陣のアピール

『おや、その場にとどまっている怪盗が二名おります!』


 実況が声を荒げる。

 全員が散らばったと思ったが、そうでない怪盗もいたらしい。

 見てみると、場に残った怪盗はアメジストとメギドだった。


『おお! なんとランキング1位と2位がまさかの行動に出ております!』


 しかも残っていたのは一番狙われやすい二人だ。

 いったい何を考えているのか。


「どうやら二人は最後の『人気』を視野に入れて行動しているようです」


「どういうこと?」


「普通じゃないことをすれば、周りから注目される。一種のパフォーマンスですね」


 目立って人気を集めるのが目的か。

 既に最後の人気投票を意識しているようだ。


「下位の怪盗なら無能者として罵倒される行動ですが、あの二人なら危険を冒しても『さすが』と絶賛されるわけです。人気と信用を利用した作戦ですね」


 確かに観客は皆が二人に注目していた。

 ある意味では最大のファンサービスだ。


「今から二人の『アピール』が始まります。時間があれば見ていきませんか? 決め台詞の参考になりますよ」


 人気上位二人のアピールか。

 確かに見ておきたい。


 宝石集めに関してはそこまで急いでも効率でいえば変わらないし、警察が現れたなら二人の実力も見ることができる。


 ベヒモスの位置も離れているし、今なら邪魔されない。

 そこも二人は計算済みなのだろう。


「アメジスト様ぁぁ! 最高ですぅぅ!」


「メギド様! こっちを向いてぇぇ!」


 割れんばかりの歓声。効果は絶大だ。

 これがフォトの言う人気を利用した作戦か。


『みんな、今日は来てくれてありがとう。感謝しているわ』


 アメジストが小型マイクで全体に声を届ける。

 先に彼女がアピールを始めるらしい。


「きゃああ! アメジスト様が私に感謝してくれたわっっ!」


「いいえ、私に感謝したのよ!」


 もうこれだけで感極まった観客が多数である。

 とてつもない一体感だ。


『私は我慢するのが嫌い。だから貴方たちも我慢する必要は無いわ。私のことが好きなら大声でそれを叫べばいい。私は逃げも隠れもしない。その全てを受け入れて見せる!』


 不敵な笑みで誰に向けてか指を指すアメジスト。

 その瞬間、今まで聞いたことの無い最大級の歓声が沸き上がった。


 まるで世界の全てが彼女の味方をしているかのようだ。

 アメジストがこんな表情になるのは僕と二人きりの時だけと思ったが違った。


 彼女は人を喜ばせなければならないこの場面であえて『自分』を出したのだ。

 凄まじい自信だ。


『私も我慢なんてしないわ。私は私を応援してくれる貴方たちが大好き。心から愛している。この体が動く限り、一生を掛けて貴方たちの思いに応え続けましょう!』


 さらに湧き上がる歓声。もはや留まる所を知らない。

 なんだろう。言葉にならない感動がそこにある。


 絶対に違うはずなのになぜかアメジストから『貴方もこうなれる』と言われた気がした。

 これも彼女のテクニックなのか。


 しかもこれはただのアピール。

 決め台詞の時はこれ以上の感動があるに違いない。


「ま、これが大成功の例ですね。マスターだってこんな風になれるのですよ」


「……信じられないよ」


「そうですか。なら、今はいいです。ただ、自分の味方は思ったよりも多い。そこだけ分かってください。目指すべきものが見えたのなら、それで十分です」


 ただ怖いと思っていた決め台詞。

 でも一瞬だけこの場に『憧れ』のような物を感じた。


 見られることが嬉しいと思った。

 もし、こんな風になれるというのならきっと僕も……


『はっ、くだらねえ!』


 その時、歓声をかき消すようにメギドの声が響いた。

 全員が彼に注目する。いつの間にか本当に歓声も消えていた。


『ああ、くだらねえ。本当に世界はくだらねえよ。世の中クソみたいな奴しかいない。俺は俺を舐めた奴を絶対に忘れねえ。そいつには必ず報いを与えて後悔させてやる』


 野獣のような目つき。その目を見た観客たちは少なからず息を飲む。


 え? なにこれ。本当にアピールなの?


 ただ怖いだけのような気が……


『だが俺は俺を応援した奴も絶対に忘れねえ。そいつは必ず幸せにしてみせる。それがどんな奴だろうと、だ。だから俺を1位にしろ。お前らに最高の幸せをくれてやるぞ!』


 その言葉で場が大きく盛り上がった。

 気のせいだろうか、さっきの歓声よりも大きい気がした。

 しかも、あろうことか僅かなまで僕は覚えてしまった。


「あのイキリ野郎も心得はあるようですね。生意気な男です」


 フォトも思う所があるのか、敵なのに感心した表情をメギドに向けている。


「ですがマスター。あれもいい例です。あんなイキリでも味方をしてくれる人はいるのです。世の中には変わった奴がいるものですが、だからこそマスターの味方をしてくれる人もきちんといるはずです。姫咲さんがその最初の例ではありませんか」


 確かにあんな態度のメギドにも味方がいるのというのは、ある意味では希望である。


「あなたは自分が人と違うと思っているようですが、世界にはそんなあなたが好きな人もいるのです。だから、自信を持っていいんです」


 フォトの言いたいことは分かった。

 確かに本当に参考になったよ。

 もしこの大会で優勝して、決め台詞を言う時が来たら、僕も勇気を出してみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る