第4章 雪の王子(第8話)
《第8話》
冷たくて、どこまでも澄んだ空気が
私を包み込む。
全部、終わらせよう。
苦しい事も悲しい事も。
バラバラになった身体と自我を
冷たいアスファルトの上に広げよう。
癇癪を起こした赤ん坊が崩した積み木みたいに、私というセンテンスを滅茶苦茶にしてしまおう。
だからあと少しだ。
あと少しで、私は………。
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ひまりを自認する女が
冷たい氷の上で目を覚ます。
ひまりと定義された女が
身体を起こして、辺りを見回す。
それは紛れもなく私自身だった。
ゲームの主人公に感情移入するように
私は体の感覚をひまりとチューニングする。
「ここは…。」
揺籠の女王もお城も消えて、
そこには氷の世界だけが存在していた。
私の横では王子が死んだように眠っている。
「王子、起きて。」
彼の身体を揺さぶるけれど反応がない。
王子の瞼を無理やり引っ張って開くと、
生気のない瞳がこちらを見つめていた。
もしかしたら死んでいるのだろうか。
私は近くにあった氷柱を折って、王子の心臓に突き刺さす。
ステンドグラスを取り出さないと。
早くここから出て…
それから、それから…。
胸元からどくどくと血液が流れ、
透明な氷が赤色に染まる。
心臓に手を突っ込むと
尖った何かが指に当たる。
「あった、コレだ。」
心臓から取り出したそれは
ステンドグラスではなく鏡の破片だった。
紛らわしいなぁ。
こういうの面倒臭いからやめて欲しい。
私はため息をついて、
もう一度指で心臓の中を探る。
けれど、どれだけ探しても
ステンドグラスの欠片は見つからない。
何でどこにもないの?
今までは絶対に心臓の中にあったのに。
「……ああ、そっか。」
私の考えた物語では
本物の王子は氷の女王の姿をしていたんだ。
だからコイツは王子じゃない。
手間を取らせた事への苛立ちを感じた私は
王子の体を軽く蹴飛ばした。
爪先に、ぐにっとした感触と痛みが伝わる。
私は痛かった事にまた苛立って、
さっきより強く王子の体を蹴飛ばした。
その衝撃で心臓から激しく血が流れ
どんどん王子の顔が青ざめていく。
「はぁ…つまんない。」
私は氷の女王を探す為、歩き出す。
どうせ何処かで私の前に現れるんでしょ?
さっさと出てくれば良いのに。
もったいぶるほど優れた存在でもないくせに。
下らない。
何もかも下らない。
ずっと昆虫の本能のように
同じ事を繰り返すだけ。
それが私の人生だ。
「ねぇ、聞こえてるんでしょ?
早く出てきてよ、早く殺しにきなよ。」
私は大きな声でそう叫ぶ。
「氷の女王。
早く貴方の心臓から欠片を取らせてよ。」
寒い。
心まで凍えてしまったみたいだ。
「ふふふ……。」
笑い声が聞こえる。
私の身体と人生を操作する
ひまりという女が笑っている。
「あはははは!」
凍えながら、泣きながら
私は笑う。
「死んじゃえば良いのに。
ひまりなんて死ねば良いのに。」
白い息と一緒に
自分の口からひまりを罵倒する言葉が
吐き出される。
「ひまりって女はね、
嫌な事があった時、逃げたくなった時、
いつも頭の中で首を吊った自分の姿を
思い浮かべてる。
ゆらゆらと揺れる自分の足を思い浮かべて
心の平静を保ってる。」
寒い。
身体が動かない。
「首吊り自殺をした自分を思い浮かべて
何とか今日1日生き延びてるような人間が、
生きてて何になるの?」
声が震え出す。
きっと寒いからだ。
きっと寒いからだ。
「死ねよ、死んでしまえよ。
早く…早く……。」
私は次の言葉が紡ぎ出せずに
膝から崩れ落ちる。
「早く…死んで…しまえ……。」
座り込んだまま、私は泣いていた。
分かっている。
こんな事しても意味なんてないって。
けれど、もう何もかもが限界だった。
「ひまり…早く…早くして……。」
身体も空気も凍てつくようなのに
この瞳から流れる涙だけは暖かった。
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