第5話 奏多、相談される

 ――すると、次の瞬間。


「きゃっ? なにっ!?」


 ダンジョン全体が大きな地響きに包まれた。


 稀にダンジョン内で起こる自然現象。

 ダンジョンの構造が変わろうとしているんだ。


「伊原さん俺に掴まって」

「はっ、はい!」


 平衡感覚が狂う程の揺れ。

 彼女が怯えているのが手の震えから伝わってくる。


「きゃぁああああああああ」


 すると、床がひび割れ重力を失う。

 俺は彼女を守るために岩石を受け止めるのだった。


◆ ◆ ◆


「すみません、奏多さん。こんなことになってしまって……」

「全然大丈夫、むしろ怪我が無くてよかったよ」


 俺は彼女にシールドを張り巡らせなんとか切り抜けた。

 周りは大きな岩で囲まれており、身動きがとれない。


「これからどうしましょう……」

「とりあえずここで様子を見よう。また地震でも起きたら危ないからね」

「そうですね……」


 俺はずっと気になっていたことを訊いてみることにした。


「それにしても、どうしてわざわざSSダンジョンに? お父さんが心配してたよ」

「それが……」


 すると、彼女はバツが悪そうな表情を浮かべた。


「あっ! 話しにくいことならミュートにするけど」

「全然大丈夫です! むしろ色んな人に聞いてもらいたいです」


 俯きながら彼女は語り出した。


「父のことは嫌いなんです。探検家になるって言ったら反対されて……だから私、自分の力を証明してやろうって思って……」

「それで一人でダンジョンへ潜ったと」

「はい。無謀なのは分かっていました。でもここで諦めるわけにはいかなかったんです。立派な探検家になるために多少無理をしてでも……」


 どうやら父親との関係が良くないのは本当らしい。彼女も彼女なりに苦労してるんだろう。


「だけど、一人でこんな危険なところへ行くのは感心しないな、もし俺が来なかったらどうなってたか」

「す、すみません……」


"芽衣ちゃんなら立派な探検家になるよ!"

"俺が親父を説得する!"

"お前が行っても解決しねーよ笑"

"芽衣ちゃんも苦労してるんだなあ"


 彼女は申し訳なさそうに続けてこう言った。


「私は父の背中を見て育ってきました。父のような立派な探検家になるのが目標になっていったんです。それでも、父は私を探検家にさせたくないみたいで……『お前は俺の大事な娘だから』『もし危険な目にあったらどうするんだ』と」


 尊敬していた父親から探検家になるなと言われればショックは大きいだろう。

 だけど、ダンジョンは常に危険が蔓延っている。生半可な気持ちで目指しちゃいけない職業なのはたしかだ。


「母親はなんて?」

「『好きなことをしなさい』って、私のこと応援してくれてます。無理をして探検家の育成学校にまで通わせてくれました」


 探検家の育成学校か、たしかいま流行ってるとニュースで見た覚えがある。

 探検家を目指す若人たちが挙って入学希望しているという学校だ。


 いま現役で活躍している探検家の8割が育成学校を卒業しているというデータもある。

 そこの卒業生だったのか。


「そうだったのか。なんか、変なこと訊いちゃったな」

「いえ! 全然大丈夫です! むしろ私がこんな自分勝手な行動をしたから奏多さんにご迷惑を……」


 俺は明るい口調でこう言った。


「でもこうして無事だった。それでいいじゃないか。それに君の打撃凄く良かったよ。よく一人で耐えきったな」


 俺は彼女の頭を撫でた。

 一人で不安だったはずなのにSランクのガーゴイルに立ち向かった。それだけでも探検家としては合格だ。


「ほ、ほんとうですか!? 奏多さんにそう言っていただけて嬉しいです!」


 芽衣は「えへへっ」と嬉しそうに微笑んだ。

 やっぱり女性は笑顔が一番だ。


「そうだっ! 奏多さん、私のこと名前で呼んでくれますか?」

「えっ、名前?」

「はいっ! そのほうが呼びやすいとおもうので! ずっと伊原だとお父さんのことか私のことか分からないし……」


 たしかに……視聴者もその方が分かりやすいか。


「分かった。それじゃあ……芽衣」

「か、奏多さん!」


 照れながらもじもじする芽衣。

 その表情はどこか嬉しそうだった。


「その前にまずはここから脱出しないとね」

「そうですね――ぐぅ~~~~」


 喋りかけたその時――。

 芽衣が空腹の鐘を鳴らした。


「あっ、いや! ご、ごめんなさい……! これは決してお腹が空いてるわけじゃ……!」


 再びプシューっと頭上から煙が吹き出す。

 いったいどういう原理なのだろう。


"芽衣ちゃん激カワ~"

"お腹の音めっちゃ配信に入ってて笑う"

"これは切り抜き不可避"

"タイトル『芽衣ちゃんのお腹の音』"

"↑通報ヨロ"


「それじゃあ、ご飯にしようか! まずは食べて英気を養おう」

「ご飯? でも、こんなところに食材なんかないですけど……」


 芽衣はあたりを見回しながら言った。


「素材ならたくさんあるじゃないか」

「でも奏多さん。周りにはモンスターしか……って、もしかして!」


 芽衣は何かに気づいたようだ。その通り。


「モンスターを食材に使うんですか!」

「あぁ、俺の料理の腕を見せてやる!」


 カナタクッキング配信の始まりだ!

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