第146話 イライラは魔法職が嫌い?
「いやいやいや、待って待って、イライラ? 研修はまずは体力測定と基礎体力の増強訓練からだと昨日約束したじゃないか?」
「経験者が居るんだ、まずは実力を測る必要があるだろう」
「経験者も特別扱いしない、新人とまったく同じに扱うと自分で言ってたじゃないか? いきなり自分の言葉を違えるのはどうかと思うけど?」
「む……まぁいい。じゃぁ基礎体力からだ。まずは研修場百周だ」
「げ」という顔をした。
「おいおい、昨日までは多くてもせいぜい二十周だっただろ……」
この研修場はかなり広い。どこの冒険者ギルドも訓練場は用意しているが、せいぜい小さめの体育館程度のものだ。だが、この研修場はサッカーの試合場が何面もとれそうなサイズがあり、外周にそって様々な障害物が用意されている。
先輩研修生達が既に走り出しているが、どうやらその障害物をすべてクリアしながら行かなければならないらしい。
「さっさと行け! 言っとくがこんなものはただのウォーミングアップだぞ。ビリの奴はさらに百周追加だ!」
慌てて出遅れていた研修生も全員走り出す。
リュー達新人六名は最後尾について走りだした。
リューには【加速】の魔法がある、その気になれば誰も追いつけない記録も出せるが、それでは意味がないだろう。リューは、今回、改めて冒険者を始めるに当たって、特に時空間系魔法等のチート能力はなるべく使わない事にに決めていた。できるだけ地の身体能力(地力)を鍛えておく事の必要性を感じていたのだ。
とは言え、魔法を使わない素の体力だけでも、竜人の身体能力である、普通の人間では誰も敵わないのであるが。
しかし……
どうもリューはイライラに睨まれているようである、それは好ましくない。あまりに成績が悪いのもまずいが、あまり突出した成績を出して目立つのも余計怒りを買いそうな気がしたので、リューは研修生の中で中くらいの位置で走っている者に合わせて走る事にした。
だが、そんなリューの様子を見ていたイライラがさらに不機嫌そうな
・
・
・
4~5時間後、トップの研修生が百周を走り終えるが、休む間もなく素振り用の異様に重い模擬剣による1万本の素振りを命じられた。
「ただのウォーミングアップ程度」だと言うイライラに、元Sランク冒険者だったらしいので、そのレベルを基準にされても新人達は困るであろうにとリューは思ったが、口には出さずに黙って従う。
ちなみに、体力がない研修生は、百周を一日かけても走り終える事ができなかった。地球のマラソンと違うのは、足を痛めても治癒魔法やポーションで治してしまう事ができる事。とはいえ、怪我は治っても体力・走力がアップするわけではないので、走るのが遅い、体力がない者はやはり遅いのであった。しかも、ビリグループはさらに百周追加である。つまり、一日中走っているだけで研修が終わってしまう。
戦士タイプの
しかし、イライラは絶対に同じ様に走れるようになるまで次の段階に進む事を許さないのであった。
理不尽な話である。これでは魔法系や回復系の職種の人間は誰も合格できないだろう。事実、この街の冒険者は極端に肉体派に偏っており、魔法や回復職が少ないらしい。
それはおかしいと多方面からの抗議を受けているイライラであるが、まったく改めようとせず。また何故かそれをギルマスも許しているのだとか。
イライラにも、言い分、信念があるらしい。それは―――
魔法使いだって魔力が切れたら魔法が使えない。そうなった時に魔物に襲われたらどうするのか? いざという時のために、魔法職や回復職の人間であっても最低限の体力と近接戦闘能力を身につけておく必要がある。(回復はポーションがあれば十分、その分、戦闘職の人間をパーティに増やしたほうが生き残れる可能性が高い。)
―――と言う事だそうだ。
それは理解できるが、ものには限度がある。仮に体力面の課題をクリアできても、次の段階では戦士や剣士と同等の近接戦闘力を要求されるのだ。
結局、魔法職や回復職でその要求レベルをクリアできる者は多くはない。
だが、いくら周りの者が言ってもイライラは聞き入れないのであった。
結局、
他の街で冒険者になり、経験を積んで戻ってきてくれれば良いのだが、嫌がらせのような研修を受けさせたこの街の冒険者ギルドに良い印象など持っているわけもなく、誰も戻ってはこないらしい。
・
・
・
中堅グループとともに走り終えたリューも素振りに入る。
素振用の重金属で作られた剣は、剣というよりはトロールが持っていたら似合いそうな棍棒である。これもリューの膂力では楽勝であるが、非力な者では持ち上げるだけで難儀であるだろう。
ただ、これはリューに向いている武器なのではないかとヒントをもらった。
竜人の筋肉は人間の筋肉の30倍程度の出力があるようだ。(鍛えている竜人であればさら出力効率が上がっていく。)と言う事は、30倍の重量の武器だって人間と同じ様に扱えるわけである。
武器に重量があれば、それだけで破壊力が増して有利になる。剣の重量を増やすというのは難しいだろうが、棍棒のようなものであれば重量が重いものも作れるかもしれない。極端な話、この素振り用の棍棒をそのままリューが武器として振り回せば恐ろしい事になるだろう。なるほど、そのような武器は案外自分には向いているかも知れないとリューは思ったのであった。
そんな事を考えながら、調子にのってブンブンと全力で模擬剣を振ってしまったリュー。
それをイライラはじっと見ていた。視線を感じたリューは慌てて少し手を抜き、全力で振らないようにしたのだが、遅かったかも知れない。
だが、いつの間にかイライラは居なくなっていた。
・
・
・
「ウォーミングアップ」が課され、その日は終了した。リュー以外にクリアできた研修生は4人だけであった。
おそらくこれを余裕でこなせるレベルは、最低でもDランク以上であろう。Dランクと言えば、冒険者として一人前と認められるレベルである。それをGランクの新人に課すのはやはりおかしい。
(ちなみにクリアした四人はいずれも新人ではなく他の街から鍛錬のために参加させられている騎士や冒険者であった。)
だが、これをクリアして卒業を認められてもやっとFランク認定なのである。確かに不満が出るのも分かる。
そもそも、内容が体力に偏り過ぎている。イライラは魔法職や回復職が嫌いな理由でもあるのだろうか?
ギルドの酒場で晩飯を食っている時、他の冒険者達の噂話が聞こえてきた。それによると、イライラは昔、魔法使いとパーティを組んでいて裏切られた事があるとか。いやそうじゃない、魔法使いが足手まといだった、いやいや、昔魔法使いを庇うために怪我して引退に追いやられたんだ、など、他にも色々な話が出ていて、結局真相はよく分からないのであった。
まぁ人の噂など鵜呑みにはできない、ましてや酒が入ってる場である。リューはその情報は真に受けない事にしたのであった。
リューと一緒に研修に入った新人は五人。最初はマラソンもきつそうであったが、三人は一週間も続けるうちに基礎体力トレーニングにはなんとかついていけるようになった。限界まで体力を使い切り、ポーションで回復する。そのため、地球に比べるとこの世界は体力アップもかなり早いのである。
だが、残り二人は
「ウォーミングアップ」をクリアできない限り、次のステップには進ませないと言い出した。
ついていけない者はさっさと脱落させればよい。残った人間が全員クリアしたら次に進んで良いと言う。
新人の女性二人も、もう辞めると申し出るつもりであったが、リューは諦めてしまう前にまだ試せる事があると、少し助言する事にしたのであった。
― ― ― ― ― ― ―
次回予告
お前、ミムルでは“無能”と呼ばれてたそうじゃないか?
乞うご期待!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます