第83話 貴族の命令ですよ?さっさと連れてきなさい!

話は少し前に遡る。


とある日の冒険者ギルド。


リューは受付嬢のレイラから手紙を渡された。


レイラからのラブレター…?


……と言う事はなく。


知らない貴族からの呼び出し状が三通。


二通は、今度、暇ができたら自分の屋敷・領地に遊びに来てくれという丁寧な招待状であったが、最期の一通は、『雇ってやるから直ちに出頭せよ』という、短い居丈高な内容であった。


レイラが言うには、有望な冒険者の名が広まると、その冒険者を専属で囲い込んでしまいたいという貴族のスカウトが寄ってくるのはよくある事なのだそうだ。


(ただFランクの冒険者にスカウトが来るというのは珍しい事らしいが。)


そもそもこれらの手紙は商業ギルドに渡され、そこから冒険者ギルドに回ってきた。


どうやら、商業ギルドが大量に売ったドラゴンの素材が話題となり、その入手経路を調べ上げ、一人の冒険者がそれを納品した事が知れ、ドラゴンを倒せるような冒険者がいまだ低ランクに留まっている事で、もしかしたら好条件を提示すれば引き抜けるのではないか?と思われたのだろうとの事であった。


だが、リューは商業ギルドにも登録してあるので、本来なら商業ギルドから直接リューに連絡があってしかるべきなのだが、どうやら面倒を嫌って冒険者ギルドに回したということのようだ。


商業ギルドは、貴族相手にも商売をしている都合上、貴族の無理難題、横暴な要求にもできる限り応える姿勢である。それゆえ、所属している冒険者を貴族階級から守るというような事は得意ではない。


対して冒険者ギルドは、国を超えた独立組織としての体を(建前上にせよ)貫いてきた長い歴史があり、貴族王族に対しても(支援は受けているため限度はあるが)ある程度は強く出られる立場なのだとか。


だが、冒険者ギルドとしても、冒険者がギルドを脱退して個人的に貴族と契約したいと言うならば、それを止める権限はない。


ただし、その場合は、すべて自己責任となる。契約先と何かトラブルがあったり騙されたりと言う事があっても、冒険者ギルドとしては関知しないという事になってしまうのだ。


冒険者はあまり頭が良くない者が多い。


否、頭が悪ければ生き残れないのだが、きちんとした教育を受けていない者が多く、教養は高いとは言えないのだ。


それ故に、狡猾な詐欺師などに遭遇すると騙されてしまう者も多いのである。(冒険者は魔物相手には強いが、人間相手はあまり得意ではない。)


詐欺師とまでは言わないが、相手の無知をいい事に不当な契約を交わす貴族は多いのである。(しょせん、貴族にとっては平民の冒険者など奴隷と同じ程度にしか見ていない。)


一度痛い目を見た経験がある者や、自分が頭が悪いと自覚している者は、冒険者ギルドに所属して守ってもらう事を選択する者が多いのであった。


そもそもリューは―――商売相手として関わる事までは否定しないが―――専属として貴族や王族に仕える気はないので、これらの招待状は無視してしまう事にした。


最初の二通は、内容的に見ても、単なるお誘いでしかないので無視して良いだろうとレイラも言った。冒険者というのは基本旅人である事が多い。一定期間経つと、ふらっと別の街に活動拠点を移してしまう者も多いのだ。そういう時、自分の領地を思い出して来てくれたらラッキーというアピールと言う事らしい。


ただ、三通目のような強引な文面の相手には注意したほうがいいと言うレイラ。貴族からの招待は実質“命令”であると考えている貴族も多いのだ。それを無視するとやっかいな事になる事が多いらしい。


「まぁ、仮に何か言ってきても、自分で対処するから大丈夫だ。冒険者ギルドには迷惑はかけないよ」


「むしろ迷惑をかけて欲しいんですけどね、冒険者を守るのが冒険者ギルドの役目だと、リューさんも言ってたじゃないですか」


その後、ソフィ王女がやってきての騒ぎが起き、そんな手紙の事はすっかり忘れられてしまったのだったが。。。




   *  *  *  *




若い女性の失踪事件について、銀狼のゾーンに事情を聞きに行ったリュー達であったが、ゾーンに遭うことができず無駄足となってしまった。


仕方なく引き返す事にしたリュー達であったが、ちょうどその頃、冒険者ギルドの前に一台の馬車が停まっていた。


中から出てきた身なりの良い男と、馬車とは別に馬に乗って来た、おそらく護衛と思われる騎士がギルドの中に入ってきた。


「ふん、冒険者ギルドなどというところは、いつ来ても薄汚いところですね」


男は受付に向かい、受付嬢に訪ねた。


「ここにリュージーンという冒険者が居ると聞きましたが、間違いないですか?」


「冒険者ギルドへようこそ。私は受付嬢のレイラと申します。失礼ですが……?」


「私はトッポ男爵である。ギット子爵家の家令(執事)を任されておる。リュージーンという冒険者を呼んできなさい」


「リュージーンにどのようなご用件でしょうか? ご依頼であれば冒険者ギルドが承りますが?」


トッポ男爵は不機嫌そうな顔をした。


「おまえなどに言う必要はない。用件はリュージーンに直接話します」


トッポ男爵の態度にレイラも少し苛つくが、荒くれ者の多い冒険者達を相手にしている受付嬢である、その程度の事では態度に現れる事はない。


「申し訳ありません、リュージーンは今ここには居ません、どこに居るかも分かりませんので、呼んでくる事も難しいかと。冒険者ギルドにリュージーンが顔を出した時に伝言を伝えるように手配いたしますか?」


「貴族の命令ですよ? いいから大至急、連れ戻して私の前に連れてきなさい」


「現在リュージーンは別の貴族からの依頼を受けて出掛けていますので、どこに居るかは分からないのです」


「他の貴族からの依頼ですと? どこの貴族です、それは?!」


「依頼内容についてはお答え致しかねます」


一応、今リューが受けている仕事は領主からの依頼である。ミムルの領主の爵位は伯爵。身分で言えば子爵よりはかなり上である。それを言えば目の前にいる貴族を引き下がらせる事もできるかも知れないが、依頼内容については守秘義務があるため、それを明かす事はできないレイラであった。


「生意気ですね。いいからそんな依頼は中止して呼び戻しなさい。どうせ大した仕事ではないのでしょう? リュージーンはギット子爵家の専属となりました。依頼があるなら子爵に依頼するように、その貴族に伝えなさい」


「は? 失礼ですが…それはリュージーンが了承した事ですか?」


「もちろんです、ギット子爵が雇って下さると言ってるのですから、断る理由などないはずですから」


顔には出さないが、ダメだこりゃと思うレイラであった。



― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


たかがギルドの受付嬢程度が貴族に対してそんな態度、許されると思うのですか?


乞うご期待!



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