第60話 後悔するビンチ

「こ、これほどとは……」


ようやく自分たちが転移させられた事に気付いたビンチは、初めて体験した転移魔法に驚きを隠せないでいたが、それでも強気の発言を続ける。


「ふん、だがな、ずっと結界を張っておくわけにも行くまい? お前の居ないところで部下にガキどもを襲わせる方法はいくらでもあるんだぞ?」


「……やはり害虫は根絶してしまうしかないようだな」


リューが殺気を放つ。


慌てて剣を抜くビンチと部下たち。


だが次の瞬間には、ビンチの部下たちは全員その場に崩れ落ちた。


「こ、これは……?」


「脳への血流を断った。全員まもなく死ぬだろう」


「……それも転移魔法の応用か?」


血流を断ったのは転移魔法ではないが、同じ系統(時空間を操作する魔法)であることには違いない。


「なるほど、凄い能力だな。だが、俺には通用せんぞ……」


ビンチが自分の体に強化魔法を掛けた。魔法防御の能力があるようだ。


「そうか?」


その瞬間、ビンチの剣を握っていた腕が切り離されて地面に落ちる。リューが次元斬で斬ったのである。


「次元斬」は時空魔法を応用した技である。対象の存在する空間を、一部、別の次元に切り離してしまう事で切断する。対象が自身の存在を依存している空間ごと断裂してしまうため、次元を超えて存在できる存在でない限り、対象は切断を免れない。時空間を操る能力の無い者に防ぐ手立てはないのだ。


「うお、バカな! くそ、ヒール!!」


慌てて腕を拾い、治癒魔法を使ったビンチ。すると腕は元通りくっついた。


スラムの犯罪者に、魔法を使える者は少ない。そんな技能があるなら稼ぐ方法がいくらでもあるからである。


だが、中には、騎士や冒険者をしていて、犯罪者になってスラムに流れて来たような者も居る。というか、そういう者達が、スラムで力を使って組織を作り、幹部となっていくのだ。


ビンチもおそらく、元は外の世界で活躍していた経歴があるのだろう。切断した肉体を接合する治癒魔法は、かなりの高等魔法である。表の世界ではそれなりに活躍していた人物なのかも知れない。何か問題を起こして落ちぶれて裏の世界に流れてきたのだろうか?


腕を元通りにしたビンチは、すぐにリューに向かって手を翳した。攻撃魔法を放つつもりである。


当然、リューはそれもすべて読んでいる。だが、あえてリューは何もせず、ビンチが魔法を放つのを待った。


ビンチが魔法を放つ。風属性の攻撃魔法、ウィンドカッターである。だが、その風の刃ウィンドカッターは、リューが開いた亜空間に吸い込まれ、そのまま収納されて消えてしまうのだった。


リューは時空魔法以外は、大きな魔法は何も使えない(ごく簡単な生活魔法は使える)が、誰かが放った魔法を亜空間に収納して保存しておけば、後でそれを取り出して使うことができるので便利なのである。そのためなるべく自分に向けて放たれた魔法は収納するようにしていたのだ。


驚愕した顔で何度も風の刃ウィンドカッターを放つビンチだったが、そのすべてをリューはありがたく収納させてもらうだけであった。


魔法攻撃が効果がないのを見て、ビンチが攻撃をやめた。それを見て、再びリューが次元斬を使う。


ビンチの手首が切断され、地面に落ちる。手首を抑えて呻くビンチ。だが、リューはそれ以上は攻撃してこない。


「どうした、治療しないのか? 待っててやるぞ?」


慌てて自分の手首を拾い上げ、断面を合わせて治癒魔法を発動するビンチ。


無事、手首が継りほっとしたビンチだったが、次の瞬間、今度は腕が肘の手前で切断された。


「……!!」


青い顔でリューの顔を見るビンチ。


「どうした? 治療しないのか?」


再び腕をつなぎ合わせるビンチ。だが、次の瞬間には上腕部で腕が切断される。


「ま、待て。 分かった! 悪かった!! もう孤児院には手を出さない!」


ビンチは慌てて謝罪し始めるが、その瞬間にも今度はビンチの足首が切断された。


倒れるビンチ。


「やめてくれぇ!! 二度とお前にも関わらない! 約束する!」


いくら魔法で繋ぎ合わせられると言っても、繰り返し体を切断され続けるのははやり恐怖であった。


「約束? 信用できないな。そう言いながら、また隙あらば子供達に手を出すんだろう?」


子供達に手を出されて、リューは激怒モードである。簡単に死なせる気はないのであった。


今度は膝上で脚が切断された。


「うをっ……! 本当だ、誓う! 絶対に約束は守る!」


その言葉が効果を発揮したのか、リューの攻撃がしばらく止まった。その隙に斬られた手足を修復するビンチ。


だが、切断してしまった手足を接合するような治癒魔法には、非常に多くの魔力を必要とする。繰り返しの切断の治療で、もうビンチの魔力は底を突きかけていた。


リューの攻撃を防ぐ手段がまったく見いだせない以上、これ以上攻撃されれば、魔力が尽きて最悪の結果しか残っていないだろう。


「約束は破るためにある、などと思っていないか?」


図星であった。ビンチは常々そんな事を部下によく言っていたのだ。


「それに、お前が誓ったところで、他の幹部がまたちょっかい出してくるんだろう? あの、ロンディとか言う奴が言ってたぞ?」


ビンチは、リューが自分を殺すつもりである事を感じとっていた。助かりたい一心で必死で叫ぶ。


「他の奴にも手を出さないように俺が言っておく! 本当だ!」


「そうか? だが、ここを切り抜けさえすれば、なんとかなると思っていないか?」


図星である。なんとか嘘八百を並べてでもここを切り抜け、後で復讐するつもりであったのだ。


「後で教会の子供達を殺して思い知らせてやる、とか思っていないか?」


リューの目が金色に輝いている。そう、すべて、ビンチの心の中はお見通しなのであった。


自分達がやったとバレなければいい。後で人を雇って、家族を殺して、嘲笑ってやる。

どうしても言うことを聞かない奴には、いつもそうしてきたのだ。今度もそうして後悔させてやる。


ビンチが腹の底でそう考えているのは、リューにはお見通しだった。


このような極悪人は、駆除するしか方法がない。生かしておけば、いずれ必ず子供達に被害が及ぶ事になるだろう。


次の瞬間、ビンチの両手両足が寸刻みで切断されていく。


悶絶するビンチ。


もはや治癒魔法を使う魔力も残っていない。


出血多量で薄れゆく意識の中、ロンディの言う通り、手を出してはいけない相手だったと後悔するビンチであった。



― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


犯罪組織のアジトに乗り込んだリュー

リューは、そして組織はどうなる?


乞うご期待!



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