第2話 悔しかったらランクを上げろ

驚くヨルマ。


「オマエ、どうして生き……」


驚いて、思わず出てしまった言葉をヨルマは途中で飲み込んだ。


しかし、後の言葉をリュージーンが継ぐ。


「どうして生きてるんだ? 足を斬ってダンジョンに置き去リニシテキタノニ……か?」


目を逸らすヨルマ。


「自分達が逃げるために、俺を捨て石に、最初からそのために、俺を連れて行ったわけか?!」


「な、何を言っテルンだ? ソンナワケナイダロウ」


死んだはずのリューが戻ってきてしまったという予想外の展開に、ヨルマは焦って誤魔化そうとして声が上ずってしまう。




― ― ― ― ― ― ―

生還したリュージーンは、故意に置き去りにされた事実をギルドマスターに訴えた。


ヨルマ達は、自分たちが逃げる時間を稼ぐため、少年の足を斬り裂き歩けないようにして、ドラゴンの前に置き去りにしたのだ。


これはれっきとした殺人である、許される事ではない。


だが、ギルドマスター・ダニエルの反応は鈍かった。


     ・

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「お前の証言だけではなぁ。証拠もないしなぁ?」


このギルドマスターは、古株の冒険者を重視し、Gランク冒険者の言うことなど信用しないという態度なのである。


「故意ではねえ、事故だ。あれは仕方がなかったんだ。魔導砲ガ壊レテシマッテナ……」


ヨルマが言い訳をするた、そんな言葉でリューが納得するわけがない。


「嘘をつくなよ、結界石と偽って“自爆石”まで渡しておいて…」


「結界石は本物だ。だいたい、自爆石だったなら、オメエはなんで生きてる?」


「使わなかったからだよ。俺は魔力がゼロだから、そもそも魔導具が起動できないんだよ」


「何……そうだった、忘れていた…」


「魔力がなくとも起動できるタイプの魔道具だったら誤魔化せただろうに、まさか、忘れられていたとはな」


「お前のような泡沫冒険者の事などいちいち憶えているわけねぇだろうが」


ヨルマをにらみつけるリューに、しかしギルドマスター・ダニエルが言う。


「…悪いが、置き去りの件は、Gランク冒険者のお前一人の主張だけでは信用できん。他に高ランクの冒険者の証言でもあれば別だがな」


リュージーンは周囲の冒険者達を見回して言う。


「……これだけ目撃者が居て、誰も証言する者は居ない。つまり、全員の総意、全員同罪ってわけだな」


その言葉に、その場に居た冒険者達が怒り出す。


「オメエ! 先輩の高ランク冒険者を嘘付き・犯罪者呼ばわりか、いい度胸だな!」


「万年Gランクのお前の言う事など誰も信用せんよ!」


「ヨルマが違うって言うなら違うんだよ。俺たちはヨルマの指示に従ってただけだしなぁ」


「……まぁ、ヨルマが腹の中で何を考えていたかまでは知らんが?」


「おい!」


その言葉に思わず突っ込むヨルマ。


「……ならば、これはどうだ?」


リュージーンは、ポケットから石を取り出した。


ヨルマはそれに見覚えがあった。確かにソレは、ヨルマが渡した、結界石の下に仕込んであった自爆石であった。どうやったのか、リュージーンはそれを取り外して持ってきたのだ。


「これが自爆石ではなく本当に結界石だったと言うなら、ここで起動してみればはっきりするだろう」


「待て! やめろ!」


石に魔力を込めるフリをしたリュージーンを慌てて止めるヨルマ。


ニヤッと笑うリュー。


「言ったろ、俺は魔力がゼロだから起動できないって。代わりに起動してみてくれないか?」


ヨルマに向かって石を差し出すリュージーン。


「どうした? できないのか?」


ダニエルが慌てて言う。


「か、仮に! それが自爆石だったとして、それがヨルマが渡したモノだという証拠もないだろう!」


「……ふん、もういい、ダニエル。ガキにホントの事を教えてやろうじゃねぇか」


ヨルマがどす黒く笑いながら言った。


「リューよ、ダンジョン内で、絶対勝てねぇような強敵に出会っちまって、誰かが犠牲にならねえとパーティが全滅するとなったら、オメエならどうする?」


「なに……?」


「高ランク冒険者が時間を稼ぎ、新人や弱い者を逃せってか? それで高ランク冒険者が犠牲になって、新人や弱い冒険者を逃したところで、新人ばかりではダンジョンを抜けられず、結局全滅になるだけじゃねえのか? 運良くダンジョンから脱出できても、高ランク冒険者が死んで、新人や低ランク冒険者しか居なくなっちまったら、街の住民が困る事になる。誰が凶悪なモンスターを退治するんだ?」


ヨルマの問いにリューは答えられない。


「全滅を防ぐため、誰かが犠牲になる必要があるなら、“無能”な者を犠牲にして、有能な人材を生き残らせるほうがいいに決まってんだろ、それが正しい判断てもんなんだよ!」


ヨルマの形勢有利と見た周囲の冒険者がまた声を挙げ始める。


「使い捨てられるのが嫌なら、さっさとランクを上げりゃいんだよ! 万年Gランクは大人しく捨て石になっとけ!」


「つまり、故意に置き去りにした事は認めるのだな?」


「いいや、認めねえ。あれはただの事故だ。やむを得ねえ “緊急避難” だよ」


ヨルマは、あくまで「故意ではない」という建前を貫く。そうでなければ殺人罪となってしまうからであろう。


「ダンジョンの中では何が起こるか分からんもんだ。冒険者がダンジョンから帰らねえなんて、よくある話だ。自分の身は自分で守る、それが冒険者だろう? 相手が魔物でも、人間でも、な」


ダニエルが続けて言う。


「そもそも、登録時に、冒険者というのは危険な仕事だと言ってあったはずだぞ? ダンジョンの中で命を落としたとて自己責任だ。それが納得できないと言うなら、冒険者など辞めたほうがいい」


「だいたい、冒険者になって三年、未だにレベル1ってどういう事だよ? 先月登録した新人だってもうレベル5くらいにはなっているってのによ?」


周囲の冒険者の一人が囃し立てるように言った。


「……リューよ、お前なりに努力してたのは知ってるが、それでもレベルは上がらなかったんだ。せっかく生き延びたのだ、悪いことは言わん、冒険者はもう諦めたほうがいい」


ダニエルは残念そうに言った。


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「……って、ちょっと待て!」


だがそこで、急にヨルマが声を上げた。


「自爆しなかったなら、ドラゴンはどうしたんだ?!」


自爆石の事を自白してしまっているが、それどころではないようだ。


通路を爆破しなかったという事は、ドラゴンが地上に出てくる可能性が高まる事になるからだ。


ダンジョンは、本来、階層ごとに生態系が決まっている。出没するモンスターの種類が階層ごとに固定されているのである。そして、それらのモンスターは別の階層には移動できない。


だが、モンスターの数が増え過ぎると、ダンジョンの安全装置が働き、階層間の移動制限が解除される。そして、階層を移動したモンスターは地上へ向かって移動し始めるのである。


魔物がダンジョンから大量に溢れ出てくる。その現象をスタンビードと呼ぶ。あの時、ダンジョンは明らかにスタンピードが起きそうな兆候を示していた。ドラゴンは階層を跨いで移動していたのである。


だが、リューが言った。


「安心するがいい、ドラゴンは全部倒した」


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「「「「「はぁ?!」」」」」


周囲の冒険者全員が呆れて声をあげた。


「オメェいい加減にしろよ?! 万年Gランクのお前がドラゴンを倒せるわけねぇだろ!」


「……ランクはギルドが勝手に認定したものだ、必ずしも強さを現しているわけではない」


とリュー。だがダニエルはもちろん信じない。


「そうかも知れないが、お前はレベルも1のままずっと成長していないじゃないか? それだけじゃない、スキルもなし、クラス(職能)もなし、加護もなし。そんなお前が一人でドラゴンを倒したなんて言われても信じられるわけがない」


「俺はもう以前とは違う」


その言葉を聞き、慌ててダニエルはリューを “鑑定” してみた。(ダニエルは「鑑定スキル」を持っているのである。)


確かに、何かのキッカケで急成長する冒険者もたまに居る。3年も努力してきたリュージーンである、突然花開いたという可能性も確かにある。


だが、結果は……


―――――――――――

リュージーン Lv:1

 年齢:16歳

 性別:雄

 クラス:なし

 スキル:なし

 加護:なし

―――――――――――


レベルは1のまま、何も変わっていなかった。


「何も変わってない、相変わらずレベルは1のままじゃないか!」


「じゃぁ鑑定で表示されるレベルも当てにならんということだろう。少なくともここに居る連中よりは、今は俺のほうが強い。信じられないというのなら、試してみるか? ここで殺してしまえば隠蔽完了となるぞ? 殺せるなら、だがな!」


そう言いながら、リュージーンから突然、強い殺気が放たれる。


今まで気弱でおどおどした態度しか見せた事のなかったリュージーンが、突然、物理的な圧力とさえ錯覚するような強い殺気を発したのである、その場に居た全員が驚き、静かになった。






……しかし、多少殺気を浴びたくらいで、最底辺と認定していた相手に舐められては冒険者稼業を続けられない。


すぐに冒険者の一人、アーサーが怒鳴り返す。


「あぁ?! おもしれぇじゃねぇか! ヘボが! 相手になってやる!」


アーサーがリューの胸ぐらを掴もうとしたが、しかしその手首は先にリュージーンに掴まれてしまう。


骨が折れそうなほど手首を強く握られ、アーサーは悲鳴を上げて動けなくなってしまった。


リューは、アーサーの手首を掴んだままギルマスに向かって言った。


「そうだ、どうせならランクアップ試験を申し込むとしよう。試験官はここに居る冒険者全員でいいぞ。そんなにランクランク言うのなら、ランクを上げれば文句ないのだろう?」


「……ふん、どうやって生きて帰ってきたかは知らんが、急に生意気な口を聞くようになったな…」


「試験内容は試験官との模擬戦だったな? 合格条件は俺が試験官に勝ったらという事で構わんぞ。今すぐやるか?」


強気な態度をとるリュージーンに、皆、戸惑っていた。話し方も変わり、ダンジョンに行く前の大人しいリュージーンとは別人のようである。


「…いいだろう、俺が試験官として相手になってやる」


ヨルマが立ち上がった。


だがそれをダニエルが止める。


「いや、待て! 分かった、いいだろう、試験をしてやろう。だが、ヨルマ達はダンジョンから戻ったばかりで疲れている。試験は明日行う事にする。いいな、リュー?」


「別に構わんが。いいのか、ドラゴンの事は? まぁ、証拠なら出せるがな」


リューが手を翳すと、突然、床の上にドラゴンの首が現れた。驚く冒険者達。


「これは……!!」


「……収納魔法?!」


冒険者の一人がヨロヨロとドラゴンの死体に近づいて確認する。


「間違いない、ドラゴンだ」


ダニエルも魔物の死体に近づき、【鑑定】してみた。結果は確かに、這竜・クロウドラゴンであった。


※名前にドラゴンとついてはいるが、トカゲリザードに近い種であり、厳密にはドラゴンではない。だが、ドラゴンの下級種に匹敵する強さを持ち、通称「這竜」と呼ばれる危険度ランクAの危険な魔物である。


リュー 「まだまだたくさんあるが、ここでは出しきれんな」


冒険者ギルドのロビーは、一体の竜の首だけでもう一杯である。リューがもう一度手を翳すと、ドラゴンの遺体は消えてしまった。


それを見てダニエルが問いただす。


「収納魔法……? いや、“マジックバッグ” でもダンジョンで手に入れたのか?」


「企業秘密だ」


ニヤリと笑うリュー。


「ドラゴンを退治した事はこれで納得したか? さて、明日の試験が楽しみだな。ドラゴンを見て尻尾を巻いて逃げ出したような連中が、どれだけやれるのかな?」


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― ― ― ― ― ― ―

ダンジョンの深層で、足を斬られ、ドラゴンの前に置き去りにされたリュージーンは、どうして生還できたのだろうか?


リューは渡された結界石を起動しようとしたができなかった。


魔道具は、魔力のないものでも使えるように魔力を込めた魔石をセットしてあるモノもあるのだが、この結界石は、使用者の魔力を使うタイプであった。そのため、魔力がゼロであるリューには起動すらできなかったのである。


足を斬られ、立ち上がることもできない。


後は、目の前に迫るドラゴンに殺されるのを待つだけという状況だった。


迫るドラゴン……





だが、


その瞬間、


時が止まった。。。


そして、封印されていた転生者としての記憶が蘇ったのであった。




前世の記憶。


転生時の女神の使者との邂逅の記憶。


女神との約束。


授けられた能力。





封印されていた全ての記憶を思い出したリュージーンは、ドラゴンを倒してダンジョンから帰還したのだ。





ヨルマ達に“奥の手”などなく、ただ単に自分達が逃げるための捨て石にされた事も理解した。


以前の気の弱いリュージーンならば泣き寝入りしていたかも知れないが、前世の記憶が蘇った今、自分を殺そうとした人間をリュージーンは許す気はなかった。


おそらくこの街の冒険者は、新人や低ランク冒険者を捨て石にする事を繰り返してきたのだろう。(そんな噂はリューも耳にした事があったが、自分はダンジョンに潜る事はないと思っていたのであまり気にしていなかったのだ。)


この街の高ランク冒険者は特権意識を持ち、弱いものは虫けらのように扱っていいと思っている。


だが、殺す者は、殺される覚悟も必要である。


それを思い知らせる必要がある。


復讐の始まりである。。。


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― ― ― ― ― ― ―


翌朝、冒険者ギルドの裏手にある訓練場にリュージーンは居た。


ダニエルが宣言する。


「これよりランクアップ試験を開始する!」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ランクアップ試験


乞うご期待!



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