第二章 【コラボ】配信者と博識

第一節 平穏の一幕

「おう、柳ぃ。この前の心郷、『夢と現実を混合する力』だったんだって? お疲れ様だったな」


 特務省にある自室で報告書を作っていると、同じ特務省所属の彷徨者である牧彰まきあきらが部屋に入ってくる。


 制服を着崩し、少し粗雑さが目立つ高三。


 たしか、推しの記念グッズである指輪だかを買い逃したがためだけに縺れて「何もかもを指輪として収集する」理念を手に入れた、ただのオタク。

 心郷名は、「心象環離しんしょうかんり」だ。


 彼はずかずかと部屋に入り込むと、壁際に置かれたソファに腰掛ける。


「軽度の彷徨者を相手にしていた君にはわからないだろうね、彰」


 僕が「夢言水郷」の任務にあたっている間、彰は縺れたものの心郷を引き起こすには至らなかった彷徨者の対処にあたっていた。


 縺れた時の理想の規模によっては、心郷が起こらない場合がある。


 例えば、人間不信から縺れた者は「人の心をよむ力」を手に入れるだろう。その場合、理念の対象は「人」のみであるため、心郷は発生しない。逆に、縺れた時の理由が「事象や世界規模」であった場合、夢言水郷のような心郷を発生させる。


 「それに、僕は何もしてない。実際に対処したのは、彷徨者の親友さ」


 彼女がいなければ、僕は心郷の解消を真の意味で果たすことはできなかった。僕だけでは、心郷のみを解消することしかできなかっただろう。


「まぁ、流石の他力本願シャーデンフロイデだな。もっとも、お前は他者の不幸を望んでいるわけではないんだろうけど」


「何を言っているんだい、彰? 僕の理念は、『意図的に縺れさせて理念を付与する力』。言ってしまえば『他者を不幸にする力』だ。ましてや、理想へのライセンスこと理念を奪う立場にいるんだから、その呼び名は妥当だよ」


「確かに……でも悲観的だ。推奨できたもんじゃねぇ」


 彰が、ソファから立ち上がる。


「そういえば、そろそろお前んとこに新しい任務がくるぜ」


「なんだ、また未来予知かい?」


「ん? あぁ、そうだ」


 彼は両手の指すべてに、収集した理念の指輪をしている。彼の収集した指輪は、身に着けることでその理念を行使することができる。


 彼の身に着けている理念は、未来予知や記憶改変、魔法行使などの十種。十種全ては覚えていないが、僕の完全上位互換だ。


「まぁ、今すぐじゃなねぇから。なんかあったら、俺を呼べよ」


 彰がそういうと、ちょうど伊藤が部屋に入ってくる。


「あ、彰さん、いらっしゃったんですか。」


「あぁ、でも、もう帰るさ。じゃあな、柳」


 彰は、そういって部屋を去っていく。本当に、彼は嵐のような人だと思う。ただそれ故か、人を惹きつける才がある。


「それで、どうしたんだい?」


「あぁ、いえ。報告書を受け取りに来ただけです」


「そうか、少しだけ待ってくれ」


 報告書の最後の一文を書き終え、伊藤に渡す。伊藤は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取り、書いてある内容に軽く目を通す。


「そういえば、そろそろ新人を雇っても良いと思うんだけど」


「そうしたい気持ちは山々ですが、なかなか適任がいないんですよ」


「それもそうか」


 ふと、この前の二人のことを思い出す。


「流石に、あの二人は無理かなぁ」


「不可能ではないですが……難しいかと」


 伊藤は、僕の言いたいことを理解したようで、僕の呟きに答えてくれる。


 創立当初は、心郷の対応を二人一組で行っていたそうだが、近年では人手不足のため、実力のあるとされる僕や彰のような彷徨者は単独での対応を強いられている。


「ですが、心境を起こした人物が特務省に所属することになるのは、実際にある話ですよ」


 彼ら特務省によれば、僕もその一例らしい。


 広大な平原の真ん中に、僕が倒れていた。僕の記憶は、そこから始まっている。それ以前の記憶は、何一つ残っていなかった。


 だが、心当たりとしては残っている。これは食べたことがある、あれを見たことがある、といったような程度の心当たりではあるが。


「私はこの辺りで失礼します。報告書を上に出さなくてはいけませんので」


「あぁ、お疲れ様」


 伊藤が、部屋を去っていく。


 特務省の彷徨者は、任務などがなければ基本暇だ。カウンセリングの業務があるにはあるのだが、今日は僕の当番ではない。


 本格的に暇なので、小鳥遊のところにでも行くとしよう。彰の言う仕事は、まだ来ないだろうから。

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