マージナル
霜桜 雪奈
開幕
思春期は、実に不安定な時期である。
身の丈に合わない理想、思うようにいかない現実。彼らは他人や環境の影響を受けやすく、些細な事または他人には理解を得られないようなことで思い悩んでしまう。
現実を突きつけられた彼らは、時として闇に足を踏み入れる。
この心や信念の揺らぎ、不安定さによって引き起こされる精神疾患に近い症状を「
そして、縺れた人の中から、しばしば超常的な力を手に入れる者が現れることがある。
超常的な力を得た彼らを、世界は
彷徨者には、大きな特徴が二つある。
一つは、先述の通り超常的な力を得ること。
また、彷徨者が理念を得たことによって引き起こす災害を「
その様は、まさに彷徨者の心層世界。当人の理想を形にした空間である。その規模は人によって差があるが、小規模でさえ被害は大きいものになる。それほど理念は、強大な力なのだ。
もう一つは、縺れを起こしたきっかけを解消すると力を失うこと。彼らが得た力は、縺れのきっかけと関連した内容であることが多い。
――成績に伸び悩む者には、超記憶の理念。
――自分の容姿にコンプレックスを抱く者には、変身の理念。
それぞれの理念は、全国模試で一位を獲得した、自分の容姿を褒めてもらえた、といったように、自分自身が満たされることで消失した。理念は、理想を叶えるためのライセンスであると共に、思い悩む彼らに与えられたチャンスのようなものでもあると、科学者は推測している。
現在、彷徨者たちは社会問題かつ災害のような扱いを受けている。
絶対的な力を持つ彷徨者の発生は、一種の社会問題として、様々な方面に影響を与えている。教育や政治。一番影響を受けたのは、治安維持。彷徨者による犯罪は、一般人の警察には手の施しようもない。
彼らをどのように扱うかが世界的に注目された頃に、それは起こった。
二〇一二年の日本。主犯は、ただ一人の彷徨者。
彼は、一夜にして半径百キロ圏内の土地を、緑豊かな大地に置換された。その範囲内にいた人々は鳥や鹿、トカゲや虫などの生物に変換され、人工物はただの石か大木にされた。
死者ゼロ名、行方不明者は、八百万人。被害の規模は後にも先にもこれが最大で、首都に被害が及ばなかったことのみが、唯一の幸いであった。
これは後に「
事件を起こした彷徨者の名前は
この心郷を発端に、世界各国で「
このような事件を二度と起こさないために、日本政府は協力的な彷徨者を集めた実質的な機動部隊である「特務国防省」、通称、特務省の設立に踏み切る。特務省に所属している彷徨者に与えられる任務は二つ。彷徨者による心郷の解消と、対象の理念の消失。
特務省設立と同時に、政府は新たな彷徨者を生み出さないための環境整備にも力を入れた。結果として、彷徨者の発生数は減少に転じた。
特務省には現在、三十五名の彷徨者が所属している。
「報告書、どうしますか?」
「そこに置いといて。……後で確認する」
そのうちの一人。彼は戦闘向けの理念でないのにも関わらず、数多の事案を一人で担当し、その全てを解決した。所属する彷徨者からの信頼も厚く、今では新人教育もかねた活動を任務としている。
「あ、あと珈琲入れといてくれない?」
名は
そんな、彼の理念は――
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