第5話 遠投 視点 [第3クォーター]
ハイレンに渡した妖魔笛の音が聴こえる。
アンデットが来るのを知らせてやったし、強制徴募から脱走するチャンスだったはずだ。
しかし、ハイレンは、それを潔しとはしなかった。
不器用な女だ。
だが、そんな所がハイレンらしい。
最悪の場合ハイレンを攫って逃げ出すとしよう。
トロールに攫われたなら喰われると普通思うはずだ。
俺は跳ぶ様に走ると、スケルトンやゾンビを蹴散らし、ハイレンの元に辿り着いた。
下級のアンデットなど、俺の敵ではない。
「[呼んだかハイレン]」
「[ごめんなさい、第3クォーター]」
いつものモーニングスターでスケルトンを粉砕しながら、ハイレンが言う。
「[私のエゴで面倒に巻き込んでしまった。]」
相棒の言葉に俺は笑ったが、トロールが顔だけ笑っても気づかれないかも知れない。
「今だ!退却せよ!」
馬に乗ったデブ女が短い日本刀を振り回しながら指示を出す。
「死んでもらうよ。司祭達。」
フワリと、人間の頭の姿のアンデットが近づいてくる。
魔術を使われると面倒だ。
俺は素早く近づくと片手でアンデットを掴んだ。
そしてボールの様に、思いっきり投げる。
何故か知らないが、あのアンデットがジャック・オー・ランタンで、[通常攻撃無効]と瞬時に理解出来た。
頭に何かインストールでもされているかの様だ。
そして遠投だが、前世の時とは肉体がまるで違う。
300メートル以上、ジャック・オー・ランタンは飛び、木に激突した。
ダメージは与えられてないが魔術は届かないだろう。
それに浮遊する速度は早くない。
「[ハイレン、こっちだ]」
退却する部隊について行こうとしている、お人好しな相棒に声をかけ、反対方向に逃げる様に誘導した。
何故か弓を持った女もついてくる。
しばらく走り、その後一刻程歩いて俺達は小休止した。
「[第3クォーター、ありがとう。そろそろ灯りを点けても大丈夫?]」
そういえば、俺はハッキリ見えているので気にならなかったが、2人は僅かな月明かりだけで歩いていたのだ。
悪い事をした。
「[大丈夫だ、近くにはゴブリン一匹居ない。]」
ハイレンは頷くと火打ち石で器用に種火を点け、ランタンを灯す。
俺は前世では直接火を使わない生活をしていたので、マッチさえ使えるか怪しい。
風呂にしろボタン1つだったし、たまに自炊するコンロも電気だった。
「ハイレン司祭。このトロールは……」
弓を持った女がハイレンに質問している。
「私の旅の相棒の[第3クォーター]、ついて来ていたトロールは彼。」
弓使いは驚いた顔をしている。
「エルフ語が喋れるなら直接話せるけど……」
弓を持った女は首を振った。
俺も人間共通語は理解できるが、上手く話せない。
人間共通語は酷く発音がしづらいのだ。
その点ハイレンはエルフ語も流暢だし、理知的で物語り好き、良い話相手だ。
俺が人間に転生していたなら、付き合ってくれと告白していただろう。
「その……危険はないのですか?」
「大丈夫。こちらから攻撃したりしない限り。」
「[よろしくな]」
俺は一応挨拶する。
ハイレンが通訳すると、クララと名乗った。
確かに必要ないなら、人間と戦いたいとは思わないし、前世の記憶があるから人間を食べる気にはならない。
ただ、ゴブリンやイノシシなどを生で食べるのに抵抗がないのはトロールの本能と上手く融合しているのだろう。
「[朝まで休んだらソート村方面に向かいます。村を掠めて進めば南国街道に合流出来るはずです。クララは何処かの駐屯地まで連れてゆけば大丈夫なはずです。]」
「[国の規則や地理は全く分からない。ハイレンに任せる]」
2人で話をしていると、クララが自分も仲間に加えてくれと、言い出した。
「今回の夜襲で実力不足を実感しました。このままでは軍に戻っても遠からず戦死します。私はあの村長に報復するまでは生き延びたいのです!」
俺とハイレンは顔を見合わせた。
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設定解説
[第3クォーター]はトロールで転生者です。
名前の由来等は本編の、「兎達の戦い」の章を御一読下さればと……。
「[宣伝と言うやつだな。前世でもあった。]」
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