幼馴染は■■■■

金平糖二式

幼馴染は■■■■

 郊外にある、結婚式場。

 所々、赤黒く変色したものがぶちまけられており、彼方此方に、頭や腹が吹き飛び、既に絶命した人間の死体で埋め尽くされたそこには……


 生きている人間は、目の前にいる此奴一人を除いてはもう誰もいない。


 ああ……俺は、もう違う。

 人間を――超えたのだ。

 体の底からから満ち溢れる、信じられないほどの活力エネルギー

 無手で容易に紙屑の様に人体を引きちぎり、手足を小枝のようにへし折り、頭部を西瓜のように握り砕ける……この『力』。

 

 まさに、生まれ変わったような気分だ。


 ほんの一日前まで、拘っていた……しがみついていた道徳モノが、酷く馬鹿馬鹿しく思えてくる程に。


『さあ、お前に選択の機会をやるよ。

 不様に負け犬としてこのままこじんまりと生きていくか、力を手にして人間を超えるか。

 ――二つに、一つだ』


 ほんの数日前――出会った、あいつの言っていた事は嘘ではなかった。

 恐らくは、奴には奴なりの魂胆があるのだろうが、今はいい。


 仮に自らの力だけで報復ケジメをつけようとしたところで、ここまで爽快な気分にはなれなかっただろう。

 何なら、失敗していた可能性もある。

 いやはやまったく――我ながら、何をあれほど躊躇っていたのやら。

 つくづく、狭い世界で生きていたものだと自省するばかりだ。


「……―――――――――!?」


 おっと、幼馴染最後の汚物の事を忘れていたな。

 

 ……さて。そろそろ、本日の締めメインディッシュに入るとしようか。


「―――よう、随分と時化た面してるじゃないか。

 今日はめでたい日、なんだろう?

 ほら……笑えよ、■■■■?」


 目の前の女を前にしても、然したる感慨も、湧いてこない。

 不様に年老いた、女の姿。

 物心ついたころからの付き合いだったし、何より大事だと思っていた時も、まあ、あったのだが。

 今となっては塵芥にすら劣る、生ゴミにしか映らない。

 

 こいつを最後に残したのは何故かと問われれば――

 強いて言うなら、それこそが報復ケジメだから、だろうか。


「―――――――――!」


 醜悪に顔を歪め、半狂乱で喚き散らすそれに……

 たっぷりと憐れみと侮蔑を込めて、答えてやる。


「お前の男の不様さには負けるよ。

 片手を引きちぎられたぐらいで無様に泣きわめいて、小便と糞を漏らして命乞いとは全く笑わせてくれる。

 数か月前には、上から目線で舐めた事抜かしてた癖に……あの様とはねえ」


 知らぬところで、■■■■こいつと密通を繰り返していた――金しか取り柄のない、下劣な蛆虫。

 予定では、もう少し時間をかけて嬲ってやるつもりだったのだが、予想以上に脆かった。

 心が折れるのが早すぎて――却って、こちらの方が白けてしまったものだ。


「最後にはお前と塵虫托卵された娘を返すだとかなんとか……

 馬鹿みたいに繰り返し喚いてたが――要る訳ねえだろ。

 ま、お前にはお似合いのゴミ屑だったなあ?」


 いやまったく、あの蛆虫は何がしたかったのだろうか?

 最後には痛みと恐怖で半狂乱になり、殺さないでくださいと惨めに這いつくばり、地面に擦り付けていた頭を、踏みつぶして戯言を黙らせてやった。


 が、得られたものは溜まっていたゴミを処分した時のような僅かな爽快感だけ。

 まあ報復ケジメとして潰しておく必要はあったのだが……あまりに小物過ぎてさしたる達成感もない。


 罪悪感など覚える筈もないが、もう少し何かあるかと思ったものだが。


 とはいえ……他の連中も、すべて処分してしまった。


 俺の血を引いていなかった、手塩にかけて育てた――と思っていた、蛆虫の種で孕んだ、塵虫も。

 そんな女を伴侶として選んだ、間抜けも。

  

 あるいは、その全てを知りながら……そいつらが番う結婚式ことを祝うためにのこのことやってきた阿呆どもも。


 ―――全てこの手で駆除してやったのだ。


 どいつもこいつも歯ごたえがまるでなかったが、死に様だけは、とびきり不様で嗤いを嚙み殺すのに随分と苦労した。


「―――、―――――?」


 散々見せつけてやった、こちらの『力』に、恐怖を押し殺しつつも、続けて此方に戯言をぶつける女にも、噴き出してしまいそうになる。


 あまりにも幼稚、あまりにも身勝手。

 ……これが、人間と言うやつなのか。

 そこから抜け出し、俯瞰して観る事ができるようになると……

 あまりにも醜い生き物だと、改めて実感する。


「ああ、何故あの子まで、だと?

 ずっと育てて来たのに、情は無いのか……だぁ?

 ……おいおいおいおい、正気しらふで言ってるのか。

 稼ぎの悪い俺より、あの蛆虫の方がいいとか抜かした塵虫にかける情なんてあるわけねえだろ。

 ま、親娘揃って無様な命乞いをしてきたのは笑えたがねえ」


 強いて言えば、俺に頭を砕かれる直前――

 最後の瞬間、呆然とあれが呟いた、おとうさん、という言葉だが……

 それにもさして俺の心は動かなかった。


 所詮は汚物にも劣る塵虫。

 払って、潰して、それで終わる程度の……俺の人生を蝕んでいた害虫だ。


「お前、頭の中にちゃんと脳味噌詰まってるのか?

 スーパーで売ってる特売品の味噌にでも、詰め替えたほうがマシな働きをしてくれると思うぜ」


 そうして、血色を失い、言葉を詰まらせた■■■■それに最後に告げる。


「ま、無駄話はここまででいいだろ―――そろそろお前も、死ぬか?

 一応、なが~~い付き合いだったしなあ。

 最後に言い残す事があるなら、聞いておいてやるよ」


 開き直った罵声か。

 命乞いで媚びるか。

 現実逃避で狂うか。


 どれであっても、やることは変わりはしないが。

 もう少しくらいは、無様でみっともない姿を見せてくれるかもしれない。


 僅かな時間の間を開けて、それが口にした言葉は……


「……ご■■、な■い、■■■ちゃん」


 ……は?


 一瞬、理解が追い付かなかった。


 吐いた言葉は、然程意外なものでもなかった。

 過去の出来事を持ち出して媚びてくるくらいのことは、十二分に予想がついたからだ。


 ただ、驚いたのは―――■■■■の表情かおだ。


 憎しみを滾らせたそれでもなく。

 媚を含んだ、情に訴えかけるようなものでもない。


 年老いた顔に、遠い昔の見た覚えのある、澄んだ表情で……ただ、全てを諦めたように、一言俺に詫びた。

 先刻までの、濁り切った醜悪なそれではない……

 遠い昔の、想い出の中の仕草のまま、■■■■は、覚悟はできているとでもいうように、目を閉じた。


「―――ぷっ。く、くくく……ぁ……は……ははははは!

 く、ひぃ……ひひひひ……!

 はは、何だそれは、今更、何なんだそれは?」


 ■■■■の―――その、予想を超えたあまりの不様さに、げらげらと腹を抱え――ただ嗤ってしまう。

 死の間際で今更改心した、と言うわけでもあるまい。

 ただ、もう自分が絶対に助からない、と言うことぐらいは理解はできている筈だ。


 それで、最後の最後で自己憐憫に浸り悲劇のヒロインぶって――

 自分の醜悪さと向き合う事にさえ、逃げを決め込んだ、ということか。

 現実逃避の一種なのだろうが、何とも御粗末なモノだ。


 しかし……少しでもそれでやらかした事が誤魔化せると思っているのであれば、つくづく心底おめでたい頭としか言いようがない。

 

 『力』をくれたあいつが、三文芝居にも劣る茶番、と嗤っていたのも……いまなら理解できる気がする。

 陳腐な台詞ではあるが、こう言いたくもなるものだ。


 ―――人間と言うやつは、つくづく愚かだ、と。

  

「くく……ひぃ……ぷっ……ははは……!

 いや、久しぶりに笑った笑った。

 最後の最後で楽しませてくれた礼だ。

 この『力』の練習も兼ねて――綺麗さっぱり消し飛ばしてやるよ!」


 まあ――少しは嗤えたので、その返礼をくれてやることにしよう。


 未だ試していなかった『最大出力』で目の前の汚物を消し飛ばすべく、力を充填チャージしていく。

 身体の奥底から湧き上がり、満ち溢れる『力』に歓喜する。

 そうだ―――これが、『力』だ。

 俺が唯一信じられる物。人間を超えた証。


 しみったれた情など、今更湧いてくるはずもない。

 この残った最後のしがらみを断ち切る事で――全ては終わり、ここから始まるのだから。


 脳裏に一瞬だけ、『力』を寄越した時の、あいつの言葉が蘇る。


『もし全てが終わり、やる事が無かったら――

 暇潰しにでも、俺の事も手伝ってくれると助かるねぇ。

 ま、強制はしないが……頭の片隅にでも置いておいてくれ』


 ……ああ、そうさせてもらおう。

 まあ、多少は嗤えたが……思ったよりはあっけなかった、この茶番とは違い――そっちのほうは、随分と面白そうだ。

 

 限界まで力を充填チャージを終えた俺は、目の前の汚物に向け……駆け、跳んだ。

 どうせならば景気よくいこう。

 予告の通り死体の欠片さえ残さず――消してやる。


 ≪■■■■ ■■■■■■!≫


 全身に満ち溢れる活力エネルギーと、力ある言葉と共に、あの汚物へと俺の渾身の蹴りが突き刺さる。


「■■■――ちゃ」


 最後に■■■■幼馴染だった汚物が浮かべた表情は……まあ、見れたものではなかったが。

 何かを呟きかけたようだが、それもどうでもいい。


 俺が最大限まで蓄えた『力』の籠もった一撃に、■■■■幼馴染だった汚物では当然、耐えきれるはずもなく――刹那さえ持たず、注がれた力の奔流に爆散。

 ……文字通り、塵と消えて、綺麗さっぱり跡形もなくなったのだから。


 結果だけを見れば、明らかな過剰戦力オーバーキルだ。

 しかし、■■■■幼馴染だった汚物への手切れ金の代わりと思えば、悪くはない。


 ついでに餞別として、正真正銘、最後の一言をくれてやる。


「お前には過ぎた死に様だが……

 ま、冥途の土産ってやつだ。

 地獄で閻魔様によろしくな。

 先に不様におっんだ連中と仲良くやってくれや」


 まあ――地獄と言うものが、実在すればの話だが……

 案外、こんな『力』があるのだし、在ったとしても可笑しくないのかもしれない。


 ふいに浮かんできた思考に、何とも愉快なものだ、とこみ上げて来た衝動のまま――

 ただ、最後の■■■■幼馴染だった汚物の死に様を思い出し、思い切り、嗤ってやった。 


「―――く、くくく……あははははははははははは!」 


 唐突に―――遠い昔の事を、思い出した。

 それを呼び起こしたのは、俺に残った人の心の一欠片ひとかけら、と言うやつなのかもしれない。


 ■■■■とまだ子供ガキだったころに交わした約束があった事を思い出したが、何だったか。


『■■■ちゃん。

 私ね、きっと■■■■■■■■■――――』

 

 どうでもいい、今となってはシニカルな嘲りしか感じない、下らない記憶。

 ただ記憶それを切欠に……あるいは何処かで、俺が与り知らぬ事情が起きていたのかもしれない、とも……少し、思ったが。


 まあ、それも今の爽快な気分と比べればどうでもいいものだ。

 ■■■■が、俺を裏切っていたのは、揺らぐ事のない事実なのだから。


 ……故に。


 只々、げらげらと――誰もいない結婚式場で、俺は一人、嗤い続けた。



 

 

 そうして、ひとしきり、込み上げるものが収まるまで笑った後、俺は――その場を後にする事にした。

 もう、ここには用は無い。

 ようやく報復ケジメを終わらせることができた俺は――自由だ。


 恐らくは―――これからもっともっと、面白い出来事が、俺を待っているのだろうから。

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