第6話 文化祭(1)

 花壇でアイと話をしてから、疑問やわだかまりのようなものは消えていた。だけど、少しだけ距離感のようなものが生まれていた。


 元々、特に話し込むような共通の話題も無い。だから、日によっては挨拶以外、ほとんど話さない日もあった。もちろん話しかければ、普通に会話はするので、仲が悪くなったわけでは無い。


 アイがあまり話しかけてこないのは、ぼくがクラスメートにやっかまれないよう、気を遣ってのことだろう。本人に確かめたわけではないが、たぶん間違いなかった。繰り返しになるが、話しかければ普通に会話はするのだ。


 そう言えば、黒田たちはあの河川敷での一件以来、絡んでくることは無かった。これも、アイのおかげなはずだったが、何がどうなったのかは、今でもよく分かっていない。あのとき、アイが何かをしてあれ以上の暴力を止めたことは間違いないのだが、うまく説得したのか、少し荒唐無稽だが、催眠術みたいなものを使ったのか……。


 もちろんそんなことはあり得ないわけだが、実はアイが宇宙人や異世界人だったみたいな話もあり得ないわけで、持病の貧血があると聞いた時点で、ぼく自身が全て納得する気持ちになってしまっていた。だから、もういいじゃんというのが結論なのだ。あの日は、あんなに気になっていたのに、今ではすっかりどうでもいい気持ちになっている。何でだか、花壇で話した時、アイの説明がスッと胸に落ちたのだった。


 それに、当の黒田たちも、どうもあの日のことを覚えていない感じがするのだ。それくらいに以前どおり、達也のことはスルーしていた。目が合っても、すぐに逸らすし、何か難癖を付けてくることも無かった。


 まあ、そのおかげもあって、いつも通り、孤独で平和な学園生活が戻ってきたわけなのだった。とりあえず、今はこれでいい、と、ぼくは本当にそう思っていた。


 そんなある日のこと――

 クラスでは、文化祭の出し物についての話し合いが行われていた。


 委員長の中田が前に立ち、前もって募集をしていたいくつかの案を黒板に書き出していく。

 それぞれの案について、案を出した者たちの意見を言わせ、みんなからも意見を募る。話し合い自体はあまり盛り上がらなかったが、ぽつぽつと出る意見を、中田がうまく冷静にまとめていった。


 ぼくは、自分には関係ないことだと思いつつ、話し合いの行く末を見ていたが、気がつくと、1-Bはお化け屋敷をやることに決まっていた。


「じゃあさ、この教室をお化け屋敷に作り替えるってこと?」

「そういうことです。窓をカーテンと紙で目張りして、中を通路に沿って動くよう作って、途中にお化け役の人がスタンバイするって感じですかね」

 麻奈実まなみの質問に、委員長の中田がメガネを指で直しながら素っ気なく答えた。

 

「ふうん。でもさ、それだとここにずっといなきゃなんないじゃん。それ、つまんないよね。他のクラスの出し物とかも見てみたいしさ」

 黒田が手も挙げずにそう言うと、

「確かに」「うん。なんか、めんどくせえな」

 と言う声が、ざわざわと聞こえてきた。


「決まってからそういうことを言われてもね。じゃあ、黒田くんには他に対案はあるのかい?」

 中田が冷静な態度を崩さずに訊ねると、黒田は不機嫌そうな顔で黙った。


 しばらく誰も何も言わなかったが、黒田が手を挙げた。

「黒田くん、何かあるんだね?」

「ああ。対案じゃなくて、こういうふうに役割を決めたらどうかって案なんだけど、いいか?」


「どうぞ」

「教室をお化け屋敷に作り替えるのは、みんなでやるとしてさ……。お化けの役はやりたい奴をまず募って、その上で足りない分をくじ引きで決めればいいんじゃね? これなら、恨みっこなしじゃん」


「おお……」

 黒田の案にみんながどよめいた。黒田が調子に乗って両手を挙げてみんなを見回し、どよめきを制するようなジェスチャーをする。

「それで、いいじゃん」

 誰かが声を上げ、みんなが拍手する。


「何だかいつの間にかそういう方向になっちゃったけど、いいかな? みんな異論は無い?」

 中田が言うと、

「無い、無い!」

 と誰かが声を上げ、また拍手が鳴った。


「ふう……」と中田が息を吐き、

「それじゃ。そういうことで話を続けましょう。まず、お化けをやりたい人いますか?」

 中田が訊いた。予想通り誰も手を挙げなかったが、ぼくはおずおずと手を挙げた。


「藍沢くん。いいのかい?」

「はい。ぼくは構いません」


「一時間交替で割り振ろうと思うんだけど、どこの時間帯がいいか希望はあるかな?」

「いえ。あの……ぼくは、ずっとやってもいいです」

 ちいさな声でそう答える。


「文化祭の間中ずっとですか?」

「はい」


 どうせ、自由時間が合っても持て余すだけだし、誰かと一緒に回ったりするわけでもない。その方がいいくらいなんですよ。と、思いながら中田に頷いて見せた。


「何だか、申し訳ないけど、本人の希望だから、いいのかな……」

 中田はそう言いながら黒板に、「お化け役 藍沢 一日」と書いた。


 頭を掻きながら、中田がみんなを見回す。

「他に希望の方はいませんか……?」

 当たり前のようにぼく以外に手は挙がらない。


「では、残りはくじ引きで決めましょう。教室の中のお化けは五人で回すことにして、四人を1時間交替でやりましょうか」

 中田はそう言って、あみだくじを作り出した。


 みんなが前に言って、それぞれ選択肢を選んでいく。しばらくして、悲喜こもごもの中、次々にお化け役が決まっていった。時間ごとにお化け役が決まり、黒板にそれぞれ書き出されていく。


 お化け役が決まると、その後、中田は手早く話を進めていった。お化け屋敷に作り替えるのに必要な物のリストアップ。それらを買い出しに行く係。作り替えるための設計をする係など、次々に決まっていく。


「じゃあ。そういうことで。一週間後の文化祭の前日までに買い出しの人らは必要な物を買ってきておいてね。前日はみんなで準備をしましょう」

 中田はそう言うと、手を叩いて話し合いを締めた。


「よっしゃ。じゃあ、がんばんべ! 1-Bの団結を示すときだぜ!」

 黒田が冗談めかして言うと、クラス中に笑い声が響いた。

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